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『死人探偵 羽鳥翔一の記録』

『死人探偵と未返却の遺体たち』──それでも、誰かの“死”だった。

作者: 月白ふゆ
掲載日:2025/07/17

前作『死んだはずの名探偵、異世界でまた人を死なせる』をお読みいただいた皆さま、

そして、感想・レビュー・評価をくださった方々、本当にありがとうございました。


◇前作はこちら → https://ncode.syosetu.com/n6445kr/




予想を超える反響に背中を押され、

“死人探偵”羽鳥翔一が再び登場する続編的短編を書きました。


本作はシリーズ初見でも読める独立型となっていますが、

前作を読んでいただいた方には、より深く楽しんでいただけるかもしれません。


では、今作の事件──

「誰のものとも言えない遺体」と、

それを“返してほしい”と願う者たちの話、始めます。



【第1章】身寄りなき男、五人の遺族


2031年6月12日(木)

死人管理局・中央倉庫 第三区管理フロア


 


 今朝もまた、死者がひとり返ってこなかった。


「これで、今月五体目ですね」

「返却拒否、三件。申請ミス、一件。今回のは……重複主張、ですね」


 死者管理局・中央倉庫。

 そこでは、身元が確認された死者の遺体が仮置きされ、適切な手続きを経て家族へ“返却”される。

 本来ならば、葬儀や納骨へと移るための最後の段階である。

 だが今、この“死の出口”で、事件が起きていた。


「まさか五人も来るとはな……」

 主任係官のマルヴェは、腕組みしながら仮面越しに深いため息をついた。

「身寄りがないって、記録にはっきりあるんですよ?」

 隣で書類をめくる副官のルビーナが、呆れたように言う。


 遺体番号:SG-1219-B

 氏名:該当者なし(仮名割り当て:ヨハネ=L)

 死因:外傷性ショック死(不審点あり)

 家族登録:該当なし

 返却申請者:五名(同時申請)


「この“ヨハネL”……名前からして怪しいわよ」

「仮名割り当てですからな。該当記録がない者には“近似波長名”が割り当てられる」

「でもそれで、五人が“私の家族です”って主張? 笑えないわね」


 異世界に存在する死者管理制度において、“誰かの遺体”とは、同時に“誰かの権利”でもあった。

 葬儀、遺留品、供養認定、そして時に、補償金の受け取り──

 だからこそ、管理局はその“返却”に慎重を極めるのだ。


 ――そして、

 その“五人”がすべて別人であり、

 しかもそれぞれが**“確かな証拠”**を持っていたとしたら?


「羽鳥翔一、呼びました」

 ルビーナが端末を操作しながら言った。

「死者籍調査官──というより、例の“死人探偵”」


「……おいおい、あいつを呼ぶのか」

「“死人のほうが喋ってくれるから助かる”って言ってたじゃない。なら、ちょうどいいでしょう?」


 主任マルヴェは再びため息をついた。

「面倒くさい奴が来るぞ……」


 


***


 


 羽鳥翔一が中央倉庫の面談室に現れたのは、午後一番だった。


 黒のスーツに、死者籍調査官の証明書を胸に提げ、髪は寝ぐせのまま。

 その姿は相変わらず「死人と話すにはちょうどいい」くらいに陰気だった。


「今回の遺体、身元不明の男に対して、五人の“家族”が名乗り出てるそうですね」

「ええ。誰かが嘘をついてる、あるいは、全員が嘘をついている。でなければ……」

 羽鳥は応接椅子に腰を下ろし、書類を一瞥して言った。


「この男が、“五つの人生”を持ってたってことになりますね」


 


 死体は沈黙する。だが沈黙しているとは限らない。


「まず、遺体の状態からいきましょうか」

 羽鳥翔一は、仮設の面談資料を取り出した。

 遺体番号SG-1219-B──ヨハネLとされた男は、死後三日経ってなお腐敗が進んでいない。血液が抜かれ、死後硬直も解除済み。肌には不審な注射痕が三箇所あり、胸部には旧式の認証チップが残されていた。


「妙ですね。現行制度なら、生体IDは解消されてるはず。なぜ旧式を?」

「古い民間医療記録と一致したわ。地下都市での不法診療。チップはその名残ね」

 ルビーナが端末を叩きながら答える。


 羽鳥は頷くと、さらにページをめくった。


「さて。問題の“五人”ですが」


 死体の返却申請者は、以下のとおりだった。


――

申請者①:エリナ=バルクス(52)/故人の「妻」を主張

申請者②:ギデオン=ローレンス(41)/故人の「弟」

申請者③:サミュエル=グレイン(68)/故人の「父親」

申請者④:リーリエ=マークハート(23)/故人の「婚約者」

申請者⑤:ティオ=ベルガ(13)/故人の「保護者」

――


「年齢も主張もバラバラ、繋がりが見えないわ」

「むしろ見せないようにしてるんでしょう」

 羽鳥は皮肉な笑みを浮かべた。


「興味深いのは、“全員が正式な遺体返還申請書と、それに必要な家族証明書類を提出している”という点です」

「どれかが偽造?」

「……いいえ、五つとも“正規の認証印”がある」


 その場にいた全員が、しばし沈黙した。

 認証印とは、死者籍管理局の中枢が発行する“本物”の証明。

 それが同一遺体に対して五通、しかも別の家族関係で出ているとなれば──


「……局内のミス? あるいは、改ざん?」

「いや、それよりも――」羽鳥は資料から目を離し、天井を仰いだ。


「この遺体、“五人の証明を通してくれるほどの存在”だったってことですよ」


 


 言葉の意味を誰も理解できなかった。

 羽鳥自身、まだそれが“何”を指しているのかはわからなかった。


 だが一つ、確信していることがある。


 


 この男、ヨハネ=Lは。

 少なくとも“ただの死体”ではない。


 


***


 


「……どうする、羽鳥調査官?」

 マルヴェ主任が渋面で訊ねる。

「面談は全員今日中に設定できるが、優先順位は?」


 羽鳥は立ち上がり、書類を鞄に戻しながら答えた。


「子どもからいきましょうか。ティオ=ベルガ、十三歳。故人の“保護者”を名乗った少年」

「保護者……って、逆じゃないの?」

「その矛盾こそ、探偵の入口です」


 


 死人探偵は、死者の声なき声を聴く。

 嘘をつくのはいつも、生きている人間のほうだ。


 

【第2章】遺体管理局と、その倉庫


 


 死人が生きている世界には、それを管理する部署がある。

 その名も、「死人管理局」。


 国ではない。警察でもない。

 だが誰よりも“死”を扱い、“死者”を登録し、“死体”を保管する。


 羽鳥翔一が目指したのは、中央倉庫内に設けられた遺族面談室──

 だがその前に、彼は少しだけ、倉庫の裏手に立ち寄った。


 


 そこには、ひとつの“壁”があった。

 正確には、壁一面に設けられた無数の遺体スロットである。


 ステンレスと強化硝子で密閉されたユニットが、縦に、横に、幾重にも積み上げられている。

 その数、ざっと一千。


 中央倉庫・第三保管区。

 ここは、“身元不明”または“返却保留中”の死体が一時的に収められる“灰色地帯”だった。


 羽鳥はその一角、SG-1219-Bのスロット前に立つと、内部を一瞥した。


 保存状態は良好。だが不自然な点もある。


 ──胸に縫合痕。

 ──左右の腕に点滴痕。

 ──足首には“搬送タグ”のほかに、なぜか“装飾用の布紐”が結ばれていた。


「……誰かが、“祈った”跡だな」

 羽鳥はそう呟いた。


 


「見つけました。羽鳥調査官」

 背後から声をかけたのは、管理官補のシリルだった。細身の青年で、羽鳥とは旧知の仲だ。


「今回の件、局内でも話題になってますよ」

「身元不明の死体を、五人が“本気”で取り合ってるって話か」

「いえ、それだけじゃないんです」

 シリルは声をひそめた。


「五人のうち、三人は“過去に同様の申請歴”があると判明しました」

「……!」


 羽鳥はその場で立ち止まった。

「つまり、“死者に家族を名乗って遺体を受け取る”という行為を、繰り返していると?」


「ええ。しかも、それぞれ違う遺体、違う主張で」

「目的は?」

「調査中です。ですが──」


 そこでシリルは言葉を濁し、やがて静かに続けた。


「“死体を所有する”ことには、想像以上に多くの特権が伴うんです。

 葬儀費補助、弔慰金、供養認定、自治区の“死者加算”──それに、“故人の遺留品相続権”まで」


「つまり、“死者の皮を被った詐欺”か」

「皮を被るどころか、“死体そのもの”を得ることで得られる利益です」


 


 羽鳥は、スロット越しに見える“ヨハネL”の顔を、もう一度見つめた。


「だが、こいつは違う。

 ……この死体だけは、“どこかがズレてる”」


「何が、ですか?」

「“死者らしくなさすぎる”んだよ。死体のくせに、五人の人生を引き寄せてる」


 


 羽鳥翔一にとって、“異様”はいつも、真実の入り口だった。


 


***


 


 面談室。

 ガラス一枚隔てた向こうに、少年が座っていた。


 ティオ=ベルガ。十三歳。

 背は小さく、服は粗末で、靴は片方だけ布を巻いていた。

 だが、その表情はどこか達観していた。まるで「自分が主役じゃない」と理解しているような。


「君が、ヨハネ=Lの保護者を名乗ってるんだね」

 羽鳥が端的に切り出す。


「うん」

 少年は頷いた。無駄に怯えもせず、かといって虚勢も張らず。

 事実をただ、口にするように。


「その男と、どういう関係だった?」

「昔、おれが住んでた通りの、隣の部屋にいた。

 親はいなかったし、あの人もひとりだった。……何回か、パンをくれたよ」

「それだけで“保護者”に?」


 ティオは羽鳥を見つめ返す。

 その目には、説明よりも“肯定”が浮かんでいた。


「家族って、血で決まるの?」

「それは……」

「じゃあ、たぶん、あの人は“おれの家族”だった」


 


 少年の口調に、嘘はなかった。

 だが、それだけでは決して足りない。


 羽鳥翔一が本当に知りたいのは、“なぜこの死体だけが、五人に“所有”されようとしているのか”──

 その異常な磁力だった。


 

【第3章】女たちは、皆「妻」だった


 


 “死者の取り合い”という言葉は、滑稽にも聞こえる。

 だが、滑稽なのは制度ではなく、むしろ人間のほうだった。


「次は、エリナ=バルクス(五十二)。“妻”と名乗った女性です」

 ルビーナが資料を読み上げた。


「三年前に婚姻申請履歴あり。ただし、その相手は“ヨハネL”ではなく、別人」

「……じゃあ、なぜ今回“妻”と?」

「“再婚済みで書類未提出だった”と主張してるわ。だが裏が取れない」

 ルビーナは肩をすくめる。


「ちなみに、リーリエ=マークハート(婚約者を名乗る女性)も、別の調査官が面談中」

「ふむ。なら──並べて話を聞きましょう」


 


***


 


 羽鳥は面談室に二人の女性を呼び出した。


 ひとりは落ち着いた物腰の中年女、もうひとりは眼鏡をかけた二十代前半の細身の女性。

 二人の顔は、はっきりと“敵意”を含んでいた。


「お互いが“ヨハネ=Lの妻”だと主張しているわけですが──」

「違うわ、あの子は“婚約者”よ。あんな年増と一緒にしないで」

「何ですって!? あなたみたいな小娘に、ヨハネが目を向けるわけないでしょう!」


「“目を向けた”のは、彼じゃない。私よ」

「……あのねぇ」


 羽鳥はメモを取りながら、会話を止めない。


「ではお聞きします。“ヨハネ=L”という男が、あなたにとってどういう存在だったのか」

「私にとって、最も“心の拠り所”だった」

「私にとって、“ここにいてもいいと思えた”理由だった」


 言葉は違えど、意味は似ていた。

 だが証言を照らし合わせると、ふたりとも“同じ時期”に彼と関係を持っていたとは思えない。


「おふたりの関係、重複していた可能性も?」

「いいえ。彼が亡くなったと知って、私は初めて知ったんです。もうひとりの“妻”がいたと」

「……同じです」


 


 羽鳥は、眉間に皺を寄せた。

 どちらも“嘘をついていない”。


 つまり──


「ヨハネ=L、という名前が示していたのは、“ある男”の個人ではなく──

 ある“仮面”だった可能性がある」


 羽鳥は声に出すことで、自分の中の違和感を確かめる。


 


 ふたりの女性は、それを肯定も否定もせず、ただ黙って聞いていた。


 ──もしかして、彼女たちは気づいていたのかもしれない。

 自分たちが“同じ人間”ではなく、“同じ役割”を愛していたことに。


 


「死人ってのは便利だな」

 羽鳥は机の書類を閉じた。


「死んでしまえば、誰にとっても“都合のいい記憶”になる」


 女たちは、何も言わなかった。

 ただ、静かに立ち上がり、部屋を出ていった。


 


 死人にとって、過去は美しい。

 だが、生き残った者にとっては、醜くもある。


 



【第4章】かつて“父親”だった男


 


 羽鳥翔一が次に面談したのは、アレフ=ノルトン(六十五)──自称・“父親”である。


 灰色の上着に、古びた靴。

 だが、背筋はまっすぐに伸び、目に力があった。


「私が、あの子を拾ったのは……そうだな、もう四十年近く前になる」

「拾った?」

「駅の構内でな。ボロ布をまとって倒れていた。

 名前も、年齢も、国籍すらわからなかった。だが、あの目だけは──覚えている」


「その“拾った子”と、“ヨハネ=L”が同一人物であると、どうして判断されたんですか?」

「指の傷だよ」

 アレフは、迷いなく言った。


「左の中指。第二関節の内側に、小さな切り傷があるはずだ」

「……確かに」

 羽鳥は既に遺体確認の段階でその傷を見ていた。


「昔、硝子片を踏んで、それを庇ったときにできた傷だ。私が手当てした」

「それが、本人を証明するものだと?」

「ほかに証拠など要らんさ。私には、それが“あの子”だったとわかる」


 


 証言は、感情的だが筋は通っていた。

 だが、羽鳥は質問を変えた。


「その子が、家を出て行った理由は?」

「……」

 アレフは目を伏せた。


「私が、“父親”であろうとしすぎたんだと思う。

 あの子には、自分で世界を選ぶ自由が欲しかったんだろう」


「その後、会っていない?」

「手紙が、年に一通。差出人の名はいつも違っていた。だが、内容は同じだった」

 そう言って、アレフは懐から一枚の紙を取り出した。


『お元気ですか。父さん。

 今、わたしはまだ途中です。でも、どこかで、“よかった”と思えるようにします。

 また来年』


 


 羽鳥は、それを受け取らずに、ただ目で追った。

 確かに、こうした絆は“父子”としか言いようがない。


「なぜ、今になって“所有”を申請されたのですか?」

「誰かが、あの子のことを“欲しがってる”と聞いて、黙っていられなくなった。

 “死んでも、わたしの子どもだ”──そう言ってやりたかっただけだ」


 


 面談は、十数分で終わった。

 だが、羽鳥の心に残ったのは、あの“年に一通”という手紙の話だった。


(名前を変えて、でも、書き続けた)


 きっと彼──“ヨハネL”は、自分という存在をひとつに定めることを恐れていたのだ。

 過去も、現在も、そして“死”すらも。


 

【第5章】そして、誰も知らなかった


 


「……最後の面談、ティオ=ベルガ。十三歳。申請書類では“保護者”と記載されている」


 羽鳥は、資料を閉じた。

 ここまでの証言で、「ヨハネ=L」という男が多重の存在、あるいは“仮面の集合”だった可能性は高まっている。


 だがこの少年の申請だけは、まるで正反対の意味を持っていた。


 


 面談室に入ってきた少年は、髪を短く刈り込んだ快活そうな少年だった。

 しかしその表情には、緊張と警戒が色濃く滲んでいた。


「座っていいよ」

「……はい」


 羽鳥は、まず名乗ることから始めた。

 するとティオは、意外にも素直に口を開いた。


「ぼく、ヨハネって人に育ててもらったんです。五年前──路地裏で凍えてたときに、声をかけられて」

「“拾われた”?」

「……そうですね、たぶん。でもあの人は“父親”だとか、“先生”だとか、そういう言葉を嫌がってました」

「なんて呼んでたの?」

「“オジさん”です」

 羽鳥は笑いかけた。


「保護記録も何もなかった。どうやって生活してたの?」

「その人、“死者籍”だったんです。合法じゃない。でも──ぼくにとっては、“ちゃんと生きてた人”でした」


 


 羽鳥は、その言葉に目を伏せた。

 死者籍とは、既に死亡が公的に記録され、戸籍や財産から外された者。

 存在は法的に“無い”ものとして扱われる。


「でも、オジさん、言ってました」

『人は、誰かの“記憶”の中でだけ、生きられる』

「だから、“死んだこと”より、“忘れられること”のほうが怖いって」


 


 その言葉に、羽鳥はなぜか胸が詰まった。


「……ティオ君。君にとって、ヨハネ=Lとは何だった?」


「“ぼくが、生きていていいって思えた理由”です」

 迷いのない言葉だった。


 


***


 


 面談が終わり、羽鳥はふたたび遺体保管室に戻った。

 静かに横たわる“それ”を見つめながら、口を開く。


「君は、五人に“本当のこと”を見せなかった。だが、五人とも君を“本気で信じてた”」

「……いや、六人か」


 羽鳥は静かに呟く。


 ティオ少年が語った言葉。

 それは、ただの思い出ではなかった。

 この世界の“死”がいかに形式的でも、人と人の間にある絆だけは、どうしても消えない。


 


 死体は、もう語らない。

 それでも、誰かの“死”だった。


 


【第6章】死人の名は返却されない


 


 遺体管理局の判定会議は、非公開で行われた。

 申請者は五名──どの主張にも一定の妥当性があり、明確な優先順位はつけがたかった。


 だが、羽鳥は提出した報告書にこう記していた。


 


――この遺体に、名を与えてはならない。

 誰かの息子でも、恋人でも、弟子でも、父親でもない。

 彼は、誰にも返却されない死人である。


 


「ふざけているのか?」

 管理官のひとりが声を荒げた。だが羽鳥は、怯まない。


「死人とは、“生きた痕跡の総体”です。誰かに“回収”されることで、それが一部の記憶だけに収まってしまうのは──」

「それは君の感傷だろう」


「……そうかもしれません。でも、“名前”というのは、いつだって誰かの都合で貼られるものです」

 羽鳥は静かに言った。


「今回の事例に限っては、“無名”のまま残すことが、彼にとって最も正確な証明となると判断します」


 


 数秒の沈黙ののち、会議室は賛成多数で静かに承認した。

 “ヨハネ=L”という仮名は、公式記録からも削除された。


 


***


 


 それから一週間後。

 羽鳥はティオ少年を、遺体安置所の裏庭に呼び出した。


 そこには、小さな木の苗が植えられていた。


「……これが?」

「あの人のために残された、“場所”だ」

「でも、名前がない」

「あの人が望んだのは、“記録”じゃなくて、“記憶”だったからな」


 


 ティオは、苗の前にしゃがみこんだ。

 小さな手で、土を少しだけ撫でる。


「“また来年”って、言いに来てもいいですか?」

「ああ、好きなだけ」


 


 風が吹いて、葉が揺れる。


 彼の名は記録されなかった。

 だが、ここに彼がいたということは、誰かの中に“残り続ける”。


 


 それが、死人探偵にとっての──解決だった。


 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


前作『死んだはずの名探偵、異世界でまた人を死なせる』の世界観を引き継ぎつつ、

今回はより“静かな死”と“名前”をテーマにした短編となりました。


死人探偵・羽鳥翔一の調査記録は、少しずつ“死”の形を更新していくものになる予定です。

本作が、どこかの記憶に小さく残ってくれたなら、作者としてそれ以上のことはありません。


また次の事件で、お会いしましょう。


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死者管理局というユニークな設定と身元不明のヨハネ」を巡る五人の家族たちの主張が非常に興味深く、一気に物語に引き込まれました。羽鳥翔一がそれぞれの証言からヨハネLの多面的な人生を紐解いていく過程は、まる…
2025/07/18 00:52 退会済み
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