終わりにしなきゃ。
連絡が返ってこなくなって、もう1ヶ月が過ぎていた。
私から送ったLINEは既読にならず、通知も鳴らなかった。
忙しいのかな、スマホ壊れたのかな、
そんな言い訳を心の中で並べてみるけど、
だんだんとそれも無理やりになってきた。
夜、スマホの明かりだけがぼんやり光る中、
私は何度もトーク画面を開いては、閉じた。
夏が終わる、今年の夏は彼に会っていない。
そう思うと、どうしようもなく寂しくて、
やっぱり私は、彼のことが好きなんだと思い知らされた。
そんなとき、突然彼からメッセージが来た。
「今夜、空いてる?」
そのたった一文で、全身が熱くなった。
嬉しさと、戸惑いと、ざわつく不安がいっぺんに押し寄せて、
指が震えながらも「うん、空いてる」とだけ返した。
──
夜。
彼が来る前に部屋を片付けて、香水をほんの少しだけつけた。
何を話せばいいのかわからなかったけど、
それでも、会えるのが嬉しかった。
チャイムが鳴る。
ドアを開けると、そこには変わらない彼の姿があった。
けれど、どこか表情が遠くて、疲れているようにも見えた。
「……久しぶり」
「うん……ひさしぶり」
その言葉がやっとで、声が掠れてしまった。
彼はいつもどおり中に入って、
気まずい空気を消すみたいに「ゲームでもする?」なんて言って、笑った。
だけど私がそっと首を横に振ると、彼は少しだけ黙って、
静かにソファに腰を下ろした。
私はその隣に座って、何か言いたいのに言えなかった。
彼も黙っていた。でも、ただ黙ってるだけなのに、
そばにいてくれるのが嬉しかった。
「……どうして連絡くれなかったの?」
絞り出すように、私が言った。
彼はすぐに答えなかった。少しの沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「…自分でも、どうすればいいか、分からなくなってた」
その横顔は、どこか自分を責めるようで。
彼なりに、悩んでいたことが伝わってきた。
「……私、寂しかったよ」
そう言った瞬間、堪えていた涙が一粒、頬を伝った。
「……大丈夫?」
そう言って、彼が覗き込んできた。
その声に、触れた瞬間、抑えていた感情が一気に溢れ出した。
「だいじょばない……っ」
声にならないほど、泣いてしまった。
情けなくて、恥ずかしくて、でも止められなかった。
彼は私の頬に手を伸ばして、そっと涙を拭った。
「……泣かせたくて来たわけじゃないのに」
そう言いながら、彼は少しだけ眉を下げて、
そして、そっと唇を重ねてきた。
驚くほど優しいキスだった。
触れるだけの、何かを確かめるようなキス。
その瞬間、私はすべてが崩れそうだった。
温度、匂い、吐息、全部が彼で、
好きで、好きで、たまらなかった。
「……だめだよ、こんなの」
そう言いながらも、彼の背中に腕を回していた。
彼も、私をそっと抱きしめた。
そのまま、ベッドへと移動した。
部屋の灯りは消えたけど、カーテンの隙間から月の明かりがこぼれていた。
彼の手が私の髪を撫で、
唇が額に、まぶたに、頬に触れた。
静かな、やさしいキスの連なり。
互いの服を脱がせ合う動作も、どこかゆっくりで、
急かすことなく、ただ大切に確かめるようだった。
彼の手の温もりが、私の肌をそっと撫でて、
指先から愛しさが伝わってくるようで。
体を重ねるたび、心が震えた。
こんなに大切にされることが、嬉しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
「……ごめん、泣かないで」
彼は何度もそう言って、私の髪を撫でたけれど、
私はずっと泣いていた。
だってわかっていた。
これが“最後”だって、きっとお互いにわかってた。
好きだった。
言葉にできないほど、愛しくて、大切だった。
けれどこの夜は、終わるための夜だった。
彼は何も言わず、私を抱きしめて、眠るまでそばにいてくれた。
つづく
*****
ずっとお互いに守ってきた線を、越えてしまった。
付き合いたいとかじゃない、ただ、一緒に居たかっただけなのに。
だったら今夜だけは流れに任せて素敵な思い出に…
これで諦めがつくから。
最後まで優しい彼は本当にずるい人。
私をうざがって嫌いになってくれた方がまだマシだった。