ホウジャクネコ騒動
道は、ゆるやかな森の縁をなぞるように続いていた。
朝の光が葉の隙間からこぼれ、鳥の声が響いている。
旅に慣れてきたリゼは、鼻歌まじりに歩いていた。
「……今日はいい天気だねー。これなら洗濯しても乾きそう」
「昨日の夜雨降ったんだぞ。地面の水たまり、踏むなよ」
「わかってるってばー。もう、エルってば心配性」
エルは、やや前方の茂みの揺れに気づいて足を止めた。
「……待て」
「ん?」
木陰の先、何かが倒れていた。
旅の途中ではよく見る“獣の死骸”……ではなさそうだ。人影だ。
「誰か倒れてる……!?」
「慎重になれ。魔物が“餌”を使うこともある」
「えっ、そんなの聞いてない!」
エルはゆっくり近づき、手を銃にかけたまま声をかける。
「おい、アンタ。生きてるか?」
ぐぅぅぅ……と何かが鳴った。
「う、うーん……助けて……パンを……干し肉を……あと、梅干しを……」
若い男だった。肩を抱えて寝転がっており、そばには壊れた荷車と散らばった荷物。
「……ただの行き倒れだな」
「おーい! 大丈夫ですか!? パン……パンは後で! まずはお水飲んでください!」
リゼが慌てて水筒を取り出し、口元に近づける。男はごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
「あああああ……命の水……ふたりは天使ですか……?」
「違うよ、ただの旅の途中の――」
「まさか……金と銀の髪……伝説の芸人コンビ……金さん銀さん!?」
「なにそれ初耳なんだけど!?」
「おい、ふざけてる場合か。何があった? 魔物にやられたか?」
「そ、そうです! 木の上から飛んできた魔物に襲われて! 荷車がひっくり返って――」
バサッ!
空気が揺れる。
木の枝がざわつき、頭上から何かが――
「来るぞ!」
エルがリゼを引き寄せて、飛びかかってきた魔物の攻撃をギリギリで避けた。
ぴょんっ、と地面に着地したそれは――
猫のような、鳥のような、ふわふわした何かだった。
「なにあれ!? 可愛い……けど目がコワい!」
「“ホウジャクネコ”。見た目に反して凶暴。集団で行動する習性がある」
「つまり、まだいるってことだよね……」
「上だ!」
木の上から、四、五匹のホウジャクネコたちが、目を光らせてこちらを狙っていた。
「旅商人さん、下がってて! っていうか隠れてて!」
「ほわぁ……ま、また来た……たすけてぇ……」
ホウジャクネコたちが、一斉に跳び降りてきた――!
「エルっ、あの数は多くない!?」
「見ればわかる!」
頭上から次々と飛び降りるホウジャクネコたち。
小柄な体に反して、爪は鋭く、動きも素早い。
「《カルマ》、右――照準固定」
エルが銃を構える。黒の銃身が淡く光り、狙いを定める。
「せぇのっ!」
シュウウウウ――!
光を収束させ、魔力弾が発射される。
炸裂。
空中のホウジャクネコが、ひとたまりもなく吹き飛んだ。
「ぴゃああああ!?」
「一匹撃破。リゼ、左から来るの抑えろ!」
「う、うんっ! ……《地よ、泥をもって足をとらえよ――スロウマッド!》」
リゼの魔法が地面を滑らせ、足元にぬるりとした泥を生み出す。
突進してきたネコが足を取られ、スライディングのように地面を滑っていく。
「にゃあああ!?!?」
「無力化っと!」
エルは滑っていくネコを一瞥して、残りの個体に集中。
「《ソルヴ》、左。牽制射撃」
白の銃から連続して放たれる閃光弾が、他のホウジャクネコたちの進路を断つ。
「っし、いけるな――リゼ、魔力大丈夫か?」
「ちょっときついけど……まだいける! それよりあの木の上、あと二匹!」
「見えてる。行くぞ――!」
エルが地面を蹴り、跳躍。
枝の上にいたホウジャクネコと、至近距離で目が合う。
「ぴィッ!?」
「いや、怖がるのそっち!?」
エルは跳びながら、ホウジャクネコの前脚を撃ち抜いた。
ふわっと羽ばたくように落下し、そのまま最後の一体にも狙いを定める。
「とどめだ――!」
シュッと音を立てて、魔力弾が命中。
最後の一体が地面に転がり、きゅぅ……と気絶したように動かなくなった。
「……片付いたな」
「ぜ、ぜぇぇ……全力出したぁ……」
リゼがどさっと腰を下ろして、草の上に倒れこむ。
「ちゃんと動けてたぞ。ありがとな」
「えへへ、やっぱわたしってばやればできる系の天才――」
ボフッ。
リゼの顔の横に、ぬるっとした泥の塊が落ちてきた。
「……んもう、調子乗るとこれだよ……」
「うわぁぁん! 命の恩人たちいいいい!」
泣きながら抱きつこうとする旅商人を、エルが銃で牽制。
「近づくな。泥つくぞ」
「ヒドイ!?」
「荷車は直せるか?」
「た、多分! でも、積荷が……半分くらい散らばっちゃって……」
「拾える範囲で拾っとけ。お前が襲われたこと、次の街でちゃんと報告しとけよ」
「はいっ、感謝感謝でございます!」
リゼがやれやれと笑って、荷物を手伝い始める。
「こういう旅も、悪くないね」
「疲れるけどな」
「でも、誰かに“ありがとう”って言われるのって、ちょっといい気分じゃない?」
「……まあな」
ふたりは再び街道へと戻り、またゆっくりと歩き出す。
太陽は高く、風は少し涼しくて――
道はまだまだ、続いている。