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そして二人は旅立つ

 黒い雷が、唸りを上げて迫る。


「くっ――!」


 エルは即座にリゼを庇いながら、横へ跳んだ。

 地面に炸裂した雷が土を巻き上げ、焼け焦げた熱気が頬をかすめる。


「当たれば即死ってやつかよ……!」


 ヴェルグルの攻撃は、単なる魔法じゃない。

 放たれるたびに空間が歪み、地そのものが軋む。


 そのうえ、やつの動きは読みにくい。

 上下左右へ跳ね、地を這い、まるで虫のような奇怪な軌道で近づいてくる。


「どしたァ!? さっきの威勢はァ!? ほらほらァ!」


 笑いながら接近してくるヴェルグルの顔が、突然目の前にあった。


「――!」


 避けきれず、エルの頬を爪がかすめる。鋭く、熱を持った傷が走った。


「エル!」


「下がれリゼ、こいつ――本気で殺す気だ!」


 後退しながら再び銃を構えるが、ヴェルグルは視界の外へ跳ぶ。


 ――まずい、見失った!


「こっちィ!!」


 頭上から、声が響いた。振り返るより先に、魔力が迸る。


 視界が白に染まる一瞬。

 咄嗟に双銃を構えて防御姿勢を取るが、衝撃が体ごと吹き飛ばした。


「が……あっ!」


 転がる。土を巻き上げて地面を滑り、肩を打つ。

 胸の奥まで熱が走る。息が乱れ、視界が揺れる。


「エルッ!!」


 リゼが駆け寄ろうとするのを見て、エルは必死に叫んだ。


「来るな!! お前まで巻き込まれる――!」


 だがヴェルグルは、そこへ向かって笑いながら飛んでくる。


「ヒヒヒヒ! おいで、おいでェ、器ちゃァん!」


 地面を跳ね、魔力を収束させた腕を振り上げ――


「やめてええええええっ!!」


 その瞬間だった。


 リゼの叫びと同時に、空気が爆ぜた。


 祈りにも似た魔力の波が周囲を一気に満たし、双銃の銃身が震え、光を放った。


 エルの手の中に戻った双銃が、轟音とともに――目覚めた。


空気が――変わった。


 祈りのようなリゼの叫びと共に、彼女の魔力が一気にあふれ出す。

 その力は迷いなく、まっすぐにエルのもとへと流れた。


 双銃が、それに応えた。


 銃身に刻まれた紋が鮮やかに輝き、黒と白――《カルマ》《ソルヴ》が二重に共鳴する。


「っ……こいつは――」


 立ち上がる。

 体中が軋むが、意識ははっきりしていた。


 ヴェルグルが、面白そうに舌を鳴らす。


「ヒヒ……さっきの一撃で、まだ動けるんだァ? いいねェ、それでこそ“狩る”楽しみがあるってもんだ――」


「狩る? 違ぇよ」


 エルは静かに構えた。


 両手に、黒と白の銃。

 その銃口は、狂気に染まった異形の刺客を、真っすぐに捉えていた。


「狩られる側は、お前だ。……俺は狩人だ」


 その言葉と共に――引き金が、落ちた。


 《カルマ》が唸り、《ソルヴ》が吼える。

 双銃から放たれた魔力弾は夜の空を裂き、ヴェルグルの身体を一気に貫いた。


「がっ……ァァァッ!?」


 爆風と閃光。

 地を這う魔力が逆流し、彼の術式を暴走させる。


 ヴェルグルは笑いながら、苦痛に悶えながら、膝をついた。


「ア……アハ……ハ……なんだよォ……おまえ、さっきまで……ちが……っ」


 地に崩れ、息を荒げる。


 エルは一歩、また一歩と歩み寄り――双銃の銃口を下げなかった。


「次にお前が笑えるのは、地の底に落ちたあとだ」


「っ――ヒヒ……」


 かすれた笑いと共に、ヴェルグルの身体が魔力に包まれ、煙のように姿を消した。

 撤退。だが、完全には倒せていない。まだ生きている。


「逃げたか……」


 エルは銃をゆっくりと下ろし、肩で息をした。


「エル……!」


 駆け寄ってくるリゼ。瞳に涙を浮かべて、膝をつくエルの顔を覗き込む。


「大丈夫!? ケガは!? あの人、もう――」


「……無事だ。お前も、よくやった」


 リゼの手が、震えていた。

 けれど、それでも彼女は――エルのそばに立っていた。


「……ここには、もう戻れないかもな」


 夜風が吹く。

 その風の中に、焦げた村の匂いと、まだ冷めきらない戦いの残り香があった。




戦いの翌朝。

 村は、静かだった。


 炎に焼かれた納屋と、一部崩れた柵。けれど、家々は無事で、誰ひとり命を落とさずに済んでいた。


 村の人々が、黙々と後片づけをしている。

 その中に、エルとリゼの姿があった。


 リゼはうつむき、何も言えずにいた。

 その肩を、エルがそっと押す。


「……行こう。けじめは、ちゃんとつける」


 リゼは小さく頷いた。


 村の中央。火除けの像の前に、長老の老婆がいた。

 その周囲に、村人たちが集まっている。


 エルが一歩進み、深く頭を下げた。


「俺が……あいつを村に連れてきた。村を巻き込んじまった。すまなかった」


 短い言葉。それでも、その声に込めた決意は、誰の耳にも届いていた。


 リゼも頭を下げた。声が震えていた。


「わたしのせいで……皆さんを危険に巻き込んで……ごめんなさい……っ」


 沈黙が落ちる。


 けれど――


「……ほんとに、そう思ってるなら」


 老婆がぽつりと言った。


「無事でよかった。それだけで、十分だよ」


 リゼが顔を上げると、老婆は優しく笑っていた。


「火は消せる。家も直せる。だけど、人の命は戻ってこない。お前たちが、命を懸けて守ったもんは……ちゃんと、届いてるさ」


 その言葉に、リゼの瞳に涙が浮かんだ。


 他の村人たちも、誰ひとり責めることはなかった。


「帰ってくる時は、ちゃんと顔見せなよ」

「今度は土産でも持ってな!」

「……たまには手紙でも出しなよ、エル」


「……めんどくせぇけど、考えとく」


 肩をすくめるエルの声に、いくつかの笑い声が混じった。


 村を出る直前、振り返ったリゼの瞳はまだ潤んでいた。


「……ねぇ、エル」


「ん?」


「絶対、帰ってこようね。……ふたりで」


「ああ。あいつらに、ちゃんと土産話くらい持ってな」

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