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森の攻防と、銃の狩人

 村を発って二日目。

 街道沿いの森を抜ける途中、ふたりは小さな川辺の野営地で一晩を過ごすことにした。




「今日はいい天気だったし、こういう場所で焚き火ってちょっと旅っぽくて好きかも」


「虫がいなけりゃな」


「言わないの。雰囲気が壊れる」




 薪を組んで火を起こし、エルは簡単な乾燥肉の煮込みを仕上げる。

 リゼはといえば、火の側でスープをふーふーと冷ましながら、ぼんやり空を見上げていた。




「ねぇエル、わたしたちってさ」


「なんだ」


「旅人にしては、やけに事件に巻き込まれてない?」




「……それ、今さら言う?」




「いやほら、振り返ってみると“音”だの“封印”だの“神の器”だの……

 でも今このスープはちょっとしょっぱいだけの普通のスープじゃん。そういうの、落差すごくない?」




「味のことなら、お前が塩を入れた量を考えろ」


「ぬぐぐ……!」




 そんな緩いやり取りが続いた夜半、ふたりが交代で見張りながら眠っていたときだった。




 空気が、変わった。




 焚き火の火がふっと揺れ、エルがすっと目を開けた。




「……気配。四、いや五。風下から来てる」


「またぁ? もう、せっかく塩の反省してたのに!」




 茂みの向こうから、低い囁き声と足音。

 完全に囲まれている――ふたりはそれぞれ武器に手をかけた。




「旅人にしちゃ、反応いいじゃねえか」




 木の陰から現れたのは、ボロ布を巻いた軽装の男。

 その背後には、同じような格好の者たちが並んでいた。短剣、棍棒、弓、雑多な武器を携えている。




「賊か」


「うーん、やっぱり森と焚き火と盗賊ってセットなの?」


「財布と命、どっちか置いてけ。できりゃ両方が理想だがな」




 エルが小さく息を吐き、リゼが荷袋をわざと放り投げる。




「なるほどねー……じゃあ、先に一つ聞いていい?」


「なんだ?」


「今日、運が悪かったと思う瞬間って――

 たとえば、“わたしとエルを選んじゃったこと”だったりしない?」


「……あ?」




 その瞬間、リゼが動いた。

 拾った木の枝を焚き火に突っ込んで火の粉を舞い上げ、目くらまし代わりに蹴り飛ばす。




「今ッ!」




 エルが双銃のひとつを引き抜き、火花の隙間から狙撃。

 狙いは正確。棍棒を持った賊が地面に沈む。




「ちっ、やる気かよ!」


「だから言ったでしょ? 運が悪かったって――!」




 ふたりの旅人、反撃開始。



 火の粉が弾け、煙が舞う。

 その一瞬の混乱を突いて、エルの一撃が盗賊の一人を沈めた。




「ちっ、撃ってきやがった! 距離を詰めろ!」




 残る四人の賊が叫び、弓と刃を手に森の中へ散る。




「エル、右側から来る!」


「視界が悪いな……風、頼めるか」


「任されました!」




 リゼが小さく詠唱すると、周囲の空気がざわりと揺れた。

 手のひらを払うように振ると、風が茂みを裂き、隠れていた賊の姿を露わにする。




「見えた!」




 エルの銃弾が、そのまま突っ込んできた棍棒の男の足元を撃ち抜く。

 バランスを崩した男を、倒木を利用して蹴り飛ばす。




「まだ三人……リゼ、弓兵!」


「こっちも見えてる! 風よ、軌道を逸らして!」




 次に放たれた矢が、リゼの魔法で曲げられ、木の幹に突き刺さった。




「なっ、なんだと!?」


「そっちの武器、風には弱いって知らなかった?」




 リゼの手元に魔法陣が浮かび、小さな火花が灯る。

 彼女の周囲を風が回り始め、それが火を包む。




「じゃ、火種も追加して――焼き払え、“舞い風”!」




 風の渦に乗せた火球が放たれ、弓兵の足元に着弾。

 爆ぜた火が一瞬視界を奪い、後方へと吹き飛ばした。




「うわっ!? 熱っ……ぐっ!」




「残り二人」




 エルが銃を持ち替え、刃を振りかざして接近してきた賊を狙う。




 しかしもう一人は――リゼの背後を取っていた。




「へへっ、女魔法使いなんざ無防備だぜ!」




「誰が無防備よ」




 リゼが、振り向かずに足元を蹴りつけた。

 地面に落ちていた枝が舞い上がり、その男の顔に直撃。




「ぐはっ!」




 その隙に、リゼが再び風の魔法で相手の武器を吹き飛ばす。

 そして背後から来たエルの一撃で、とどめが刺された。




「逃げたな。最後の一人、もう姿が見えない」


「よし……っ、ふぅ。意外と動けた気がする」


「魔法、冴えてたな。銃より向いてる」


「銃は、撃つ前に“あ、これ無理!”って察したの」




 ふたりは息を整えながら、倒れた盗賊の荷を調べる。




「文書、あった。これ……ルオトの地図?」


「“南門裏、月夜の手”って記されてる。やっぱり繋がってるのか」




 思わぬ戦闘の裏で、教団の痕跡がまたひとつ浮かび上がる。




 夜が明ける頃、ふたりは倒れた盗賊たちを縄で縛り、街道脇の樹にくくりつけていた。

 エルは淡々と、最後の一人の武器を確認している。




「大きな組織ではないな。装備も安物ばかりだ」


「でもこの文書、ルオトの地図と……“月夜の手”? って名前」




 リゼは拾った封筒を手に、眉をひそめた。

 質素な紙に書かれた暗号めいた言葉――だがその中に、はっきりと“器”という単語が含まれている。




「やっぱり教団絡みかな」


「ああ。原初の律の手先……とは限らないが、動きは繋がってる」




 リゼは静かに立ち上がり、手のひらに風を集めるようにして呟いた。




「“器をルオトへ導け”……これ、わたしに向けて書かれた言葉だったら、ちょっと気持ち悪いね」


「狙われてる自覚、いまさらか?」


「あるけど! こういうのは“文面で突きつけられる”と一段階きついの!」




 軽口を交わしつつ、ふたりは地図を再度見直す。

 目的地の“南門”の周辺に、何か印がつけられていた。




「“月夜の手”って、地名じゃなくて組織名かもしれないね。潜伏先、とか」 


「だとしたら、正面からルオトに入るのは得策じゃないな」


「なら、ちょっと遠回りして、こっそり入る? わたしの得意分野じゃないけど……」


「おまえ、堂々としすぎてて隠密の才能ないからな」


「やっぱりぃ!? エルが先に行ってて、わたしは正門から堂々と入るとか――」


「それ“目立つ”っていうんだ」




 ふたりは笑い合いながら荷をまとめ、地図を懐にしまい込む。




 今のところ、敵の正体も動きもはっきりしない。

 けれど“月夜の手”がルオトで器を待つというなら――その前に、こちらから出向くまで。




 朝の光の中で、リゼが一言つぶやいた。




「……わたしの名前は、わたしが決める。

 誰かに勝手に“器”って書かれても、ただの紙くずにしてやるわ」


「それでこそリゼだな」




 風がひとつ吹いて、森の匂いを押し流していく。

 ふたりは、再びルオトへと歩き出した。

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