双銃
「くくく……器を……神のところへ……捧げなきゃ……」
「……チッ、面倒なことになった」
エルは低く舌打ちしながら、腰を落とした。
相手の姿勢。足の角度。腕の可動域。すべてを一瞬で見極める。
「リゼ、絶対に動くな。後ろの木を背にして、しゃがんでろ。いいな」
「……う、うん……!」
叫びたい気持ちを飲み込んで、リゼがうなずく。
次の瞬間、異形が地面を蹴った。
脚力は予想以上。ぬちゃりと泥を弾いて、一気に間合いを詰めてくる。
「チッ、速ぇな――!」
エルはすぐさま横に飛ぶ。踏み込みは読めていた。
だが、異形の腕は鞭のようにしなって襲いかかる。二撃目。狙いは――リゼ。
「させるかよ!」
飛び込むように間に割って入り、短剣で振り下ろされた腕を弾いた。
金属を叩くような重い感触。骨の密度が人間じゃない。
「っぐ……!」
力負けしそうになりながらも、肘を使って勢いを流す。
距離を取り、息を整える。目の前の異形は、まるで楽しそうに口元を歪めた。
「ヒヒ……防いだ……すごいねェ……でも、届かないよ……人じゃ、ねェからさァ!」
奴の背中から、骨のようなトゲがにゅるりと伸びる。四本。
剣ではなく、まるで“生きた槍”だ。遠距離用の突き攻撃か――
「リゼ!」
「は、はいっ!」
「伏せろ!」
リゼがとっさに頭を抱えてしゃがみこむ。
エルは逆に前へ跳び、懐へ潜り込んだ。至近距離。骨のトゲが届く前に、腕を斬り落とす!
が――
「……っ!」
腕は切れない。刃が通らない。
ならば、と足を狙う。膝裏に回り込み、短剣の峰で腱を叩く!
ドシュ、と粘ついた感触。異形の動きが鈍った。
「ヒィヒ……いったァ……? これ、痛いんだァ……なるほどねェ……」
笑いながら、異形が再び跳び退く。
エルは短剣を構え直しながら、冷静に距離を測った。
――このままやり合えば、勝てなくはない。
だが、俺だけじゃ守れない。リゼの魔力がこの場を呼び寄せたなら、次も来る。
その時だった。
ずうん……と、地の奥から響くような音が鳴った。
森の奥に佇んでいた古びた祠。その石扉が、ひとりでに、開いた。
その奥には――闇。そして、光。
浮かび上がる、黒と白の双銃。
祠の奥が開いた。
黒と白の双銃が、浮かぶように光を放っていた。
だが、今はあそこに辿り着ける距離じゃない。まだこの“化け物”が目の前にいる。
「ヒヒ……奥、気になるの? 見に行く? じゃあ……ダメェ!」
異形が笑いながら地を蹴る。再び跳躍――!
「お前が邪魔だって言ってんだよ!」
エルは咄嗟に地面の小石を拾い、敵の顔面に叩きつけた。
パシッと乾いた音。目は潰せない。それでも、一瞬の隙が生まれる。
「リゼ、立て! 走れ、あの祠まで!」
「えっ、でも――!」
「今しかねぇ! あそこなら……何かある、気がする!」
エル自身がそう感じていた。
あの双銃は“呼んでいた”。まるで、自分の存在を。
「くそっ……邪魔すんなァ!!」
異形が突っ込んでくる。だが、エルはその進路をわざと塞ぎつつ、木の根を蹴って左右へと跳ぶ。
あくまで“引きつける”。リゼを行かせる。
短剣を逆手に持ち替え、奴の足元に狙いを定める。
「もう一度……っ!」
ズバァ、と切りつけた。足の腱が、ようやく切れた感触が手に伝わる。
異形が片膝をついた瞬間、エルは後方へ跳び退いた。
祠は目の前。
そして、そこには――
「……なんだ、これ」
黒と白の対の銃が、静かに浮かんでいた。
触れろと、言っているように。
「エル!」
祠の影から、リゼが呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、異形が血を引きずりながら立ち上がっていた。まだやるつもりだ。
「……わかったよ」
エルは一歩、踏み出した。
そして、銃に――触れた。
銃に触れた瞬間――空気が変わった。
祠の中を満たしていた冷たい空気が、震える。
黒と白の双銃が、ふわりと宙に浮かび、まるでエルの掌に吸い込まれるように――納まった。
「……これが……」
黒の銃には“カルマ”と、白の銃には“ソルヴ”と、小さな刻印が輝いていた。
不思議と重さはなかった。けれど、手の中にあるものが“ただの武器”じゃないことだけは、はっきりわかった。
「おいおい……今度は銃? 人間のくせに、ナマイキだなァ……」
異形が、よろけながらも笑っている。
「ヒヒ……撃てるもんなら撃ってみなよォ! どうせ、アンタにゃ無理だァ!」
エルは黙って銃口を上げた。
引き金に指をかける――その瞬間だった。
リゼの魔力が、静かに揺れた。
風が生まれた。
淡い光が銃口に吸い込まれる。まるで、リゼの“何か”が銃に呼応したように。
そして、銃が応えた。
――カチリ。
乾いた音とともに、銃口が魔力の光を収束させる。
「っ……!」
何も考えず、引き金を引いた。
音はなかった。閃光だけが祠の中を照らした。
光がすべてを飲み込んだあと、異形の姿は、なかった。
「……消えた?」
リゼが呆然と呟く。
エルは手の中の銃を見下ろしながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……分かんねぇけど。たぶん、こいつは……」
そっと銃を下ろし、背を向けた。
「――これからも、使うことになる気がする」