美大に落ちたので世界を蹂躙しようと思います〜この恋が実るかどうかで世界の命運を決める〜
「はぁ……世界、滅びろ」
それは人生史上最悪の日。
私は美大に落ちたことを嘆きながら、横断歩道を歩いていた。頭に浮かぶのは、世界滅びろ、この文言だけ。ゆえに気づかなかった。迫り来る、一台の車両に……。
***
おでこがタオルのようなもので撫でられる感覚が伝わる。
なんだなんだと目を開ける。するとそこには可愛いケモ耳少女の顔があった。私の顔を覗き込んでいたのだ。
「う、うわぁぁ」
なんでケモ耳!? さっきまで私……横断歩道を歩いてて……それで……車に。
「す、すみません……驚かせてしまいました……」
この子は誰……? ……いや、この子を私は知っている。この子はミルリィ、私のメイドだ……。ん、なぜそれを知っている? あれ、私はさっきまで馬に乗っていて? そこから落ちて? どうなったんだっけ……。て、私、横断歩道を歩いてて……。
「……どうか、なさいましたか? ローゼリア様」
「え?」
「いえ、すみません……」
「あ、いや怒っているわけではない」
いや、怒ってるかも……。美大落ちたし……ムカムカしてきたかも……。
「す、すみませんっ! 外に出てますねっ!!!」
そう言うと彼女は、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
そんな怖い顔してたかなぁ。可哀想なことをした。それにいつも彼女には辛く当たってしまっているしなぁ。って、だからなぜそれを知っている??
その後、私は混乱した記憶を整理してみることに……すると。異世界に精神だけ転移しているではありませんか〜。
そう私は御子柴しずか、という一人の日本人の人格を持ったまま、ローゼリア・フォーゼという、ある国の侯爵令嬢に成り代わっていたのである。
はぁ、どうしたものか……。お母様に言っても、というか誰に言っても意味無いだろうしなぁ。いや、あいつなら……ユリウスなら、もしかするかも……。
ユリウスというのは私の、ローゼリアの想い人で幼馴染。彼との記憶は鮮明に覚えている。私も彼を憎からず思っているくらい、それくらい素敵な思い出。素敵な人。
ユリウスとの記憶に想いを馳せているとき。コンコンコンと部屋の扉が叩かれる。
「……入っていいぞ」
誰だろうか。
カチャリ、と扉が開く。姿を表したのはミルリィだった。
「ローゼリア様。奥様が、お呼びです」
母上が? 何事だろう。行ってみるか。
広いベッドから降り、バロック調の家具に溢れた部屋を出る。
やはり、知っている。この廊下。
右脇ではミルリィが上目遣いで私のことを見つめていた。その目はオオカミに睨まれたウサギのようだ。
「ミルリィ、いつもありがとう」
彼女の頭に手を置いて、優しく撫でる。さっき彼女がしてくれたように。
「え、あ、ありがとぉ、ございます」
ぎこちなくそう呟く彼女は耳をひょこひょこさせている。とても可愛らしい。
母の部屋へと歩き出す。覚えている。天井にかかるシャンデリアも、この曲がり角も。
この曲がり角を左に曲がれば、右手側に母の部屋が見えてくる。
着いた。このほかの部屋に比べ、煌びやかな扉なのが母の自室だ。
コンコンコン。
「ローゼリアか……入りなさい……」
「失礼します……」
キィイ、カタン。
扉を開け、中に入りそっと閉じる。
左奥にある絢爛な椅子に座しているのが私の母だ。
「どういった、ご用件でしょうか……」
「あなたに縁談です……必ず成功させなさい……」
縁談……!? 一体、誰と……? ユリウスと、だったりして……///
「ルージュ家のデイヴィス卿と結婚しなさい……!!」
ルージュ家、長男デイヴィス卿。この名を知らないものは貴族界にいないだろう。通称、童帝。
公爵家の長男、いずれは公爵位を継ぐというのに齢四十にもなって結婚していない奇妙な男。ゆえに有名なのだ。
また、その風貌も知られていて身長は180センチメートルとガタイがよく、伸びた前髪は顔を隠すほどだとか……。その素顔を知るものはいないとまで言われている。
いやだ。そんな人と結婚なんて……。そいつと結婚するくらいなら……私は……世界を、滅ぼしてやる……!!!
私が……私が結婚したいのはそんな奴じゃなくて……。
「私は……私には他に好きな人がいるので……その縁談、断らさせてただきます!!!!」
「ちょ……待ちなさい!!!」
私は母の部屋を後にした。
結局その日、母と言葉を交わすことはなかった。明日から学院が再開するというのに……。その日のうちに私は学院へ向かうため家を出た。
***
教室の机で頬杖をつきながら、これまでのことを悲観していた。
「あー世界、滅びろ〜」
べしっ。
「物騒なこと言ってんじゃねぇ」
そう言いながら私の頭を空手チョップする彼こそ、ユリウス・レイグラッド、ローゼリアの想い人だ。
あんたが居なけりゃ、私だって諦めがついたかもしれないのに……。
「あぁあああ、あんたのせいだからね!」
「へいへい、またお得意の癇癪ですかい」
私にこんな態度を取るのは彼くらいだ。だからローゼリアも好きになったのかも。いつもツンツンしていたローゼリアも、彼の前ではありのままでいられたようだ。
彼は騎士爵家の長男だ。いずれは家を継ぐのだろう。彼がもし陞爵するようなことがないと……。せめて子爵以上だったらなぁ。結婚できるかもしれないのに……。
「本当に悩んでいるみたいだな。俺でよかったら話を聞くぞ……ローゼ」
ローゼ、なんて軽く囁かないでくれ……。その言葉を、その愛称を、君が言うことが私にとってどれほどのことを意味するのか、彼はわかっていない。
「私……結婚するかも……」
「えっ!? 誰誰! 詳しく聞かせておくれよ!」
まるで少年のように、彼は目を輝かせている。
この反応を見る限り、私に恋慕の情を抱いている可能性はゼロに等しいだろう。あぁ、女はつらいよ。
「……デイヴィス・ルージュ卿と……結婚するかも……」
「え……あの、デイヴィス卿か? ……それで、お前はいいのか?」
「いいわけなかろうが」
べしっ。
さっきのお返しに彼の頭に空手チョップをお見舞いする。
イテテテっと頭をさする彼と笑い合う。
こんな日常が続けばいいのに……。
「こんな日常が続けばいいのにな」
寂しさを含んだ笑みで彼は呟く。
もしかしたら、私にはまだチャンスがあるのかもしれない。この世界を滅ぼす以外の選択肢を掴むチャンスが。