6.ケイン・ヴァースの呟き
「髪の色や瞳こそ違ったが、彼女だった」
あの大人びた、いや既に成人した目つきは俺の婚約者に違いない。思えば彼女とは最近までまともに話をしたことはなかった。
✻〜✻〜✻
「婚約が決まった」
俺が十五になって間もない頃、確認しておくようにと写真付きの紙を父に渡された。
そこに俺の選択権はない。
レイラ・ノウェール
「ノウェール…第二騎士団の副団長が兄か」
確か文官の家系だった気がするが。それだけじゃない、ここ数年で領地運営が大幅に改善し漁業も国内外で成果を上げていると耳にした。
「俺なんかで不服だろうな」
客観的にみて家柄は悪くないとは思う。ただ次男で家を継ぐことはないし、特に戦もない現在に成果をあげる事もないだろう。学園内での成績は悪くないが抜きん出てという訳でもなく。
可もなく不可もなく、普通だ。
「アイラ達に初対面だと態度が悪く見えると言われたらから、むしろマイナスか?」
自分の容姿は、よく分からない。清潔には心がけてはいる。ただ、それだけで、服にも特にこだわりも無い。
婚約者となった彼女に月に一度、いや数ヶ月に一度の会話はどうだったか。
『初めまして』
『今日は』
『〇〇の花が見頃ですね』
『剣での大会はどうでしたか?』
最初の頃は、挨拶がてらの言葉のやり取りはあった気がする。
「あ、俺が悪いのか……」
ある日、待っている間、ずっと手に入らなかった剣術の本を購入できた俺は、読みふけった。婚約者がいつ着席したのかも気づかないほど。
あれからだ。お互い挨拶をして本を読むようになったのは。
「それにしても昨日の茶の時間はなかなかだった」
『契約結婚』
『役割をこなせば自由』
『不貞をして構わない』
『契約内容は書面に残し中央の銀行で保管』
本当に歳下なんだろうか?
「あぁ……そうか」
彼女に会う度にモヤモヤとした気持ちが沸き起こっていたが、理由が分かった気がする。
「レイラ嬢は、俺を見ていない」
直接的な意味ではない。彼女の意思が私にない。
「彼女にとって、俺は、本当にどうでも良いという事か」
今更だな。
『ロイ、帰るわよ』
不意に、彼女の笑顔とソレが向けられている護衛騎士の様子が蘇った。
チリチリ
………?
何だ、今のは。
何故苛々とした気持ちに?