気になる女子が学園長の孫にいじめられていたので、学園長に直談判しに行った
※非常に胸糞ないじめ(暴行)の話があります
※苦手な人はスルー推奨です
「ここが今日から俺様が支配する街か。なんつって」
高校二年生のゴールデンウィーク。
親父の仕事の都合でこの街に引っ越して来たんだが、荷物の整理が一段落着いたので家の近場を散策してみた。
「めっちゃレトロな感じな街だな。思ってたのと違う」
天下の天ヶ崎学園のお膝元にある街なのだから、最先端な現代アート的な建物や豪邸やタワマンとかが乱立してるのかと思いきや、古ぼけた時代を感じる建物が並ぶ街並みだった。それでいて活気があり商店街もシャッター街にならず老若男女問わず沢山歩いているのだから不思議なものだ。
「こん中に学園のボンボンも混ざってんのかねぇ」
天ヶ崎学園は家柄や経済力のある家庭の子供達が通う、いわゆるエリート校。ただし普通のエリート校とは趣が異なり、一般家庭の子供達も通っている。立場や環境の違う子供達が垣根を越えて交流することで多様な価値観を育み人としての成長を促す。というのがパンフレットに書かれている言葉だが、実際に天ヶ崎学園の卒業生はその言葉通りの人格者として育っていると評判だ。
このレトロな街並みも、ボンボンが庶民の生活を知るために用意された、というより敢えてこの土地に学園を作ったのだろう。
「そう考えると何処にでも居そうなあのギャルも根暗そうなあの男子も全員金持ちに見えて来るから不思議だな」
そして俺もゴールデンウィーク明けから、そう見られる側になるってことか。
「よ~し、なら金持ちっぽく豪遊してやる!おばちゃん!コロッケ二個ね!」
「あいよ!」
ふははは、二個も買ってやったぞ!
これは間違いなく金持ちだろう!
※一個三十円
「…………虚しい。どっかで座って食べよ」
食べ歩きもオツなものだが、長い間散策していたので足が疲れていた。
近くに公園があるらしいので、そこで休憩してコロッケを食べるか。
そう思って移動していた時のこと。
公園の入り口側に面している少し広めの道路で、お婆ちゃんが道を渡れずに困っているのを目撃した。
「よぉ~し、俺様の出番だぜ!」
手はコロッケで塞がれているが手を挙げて車を止めることくらいは可能だろう。そう思って近づこうとしたのだが、他の人に先を越されてしまった。
「あれは天ヶ崎学園の女子か。チッ、俺様の活躍の機会を奪いやがって」
仕方なく何もせずに二人の横を通り公園に入ることにした。
その時にチラっと女子の顔が見えたのだが、違和感を覚えた。
マスクが妙に大きい。
それにこめかみのあたりにガーゼが貼られている。
極力顔を見せたくないのか?
スカートから伸びる足にも何か所かガーゼが貼られている。
まるで事故にでも遭って大怪我をしたかのような雰囲気だ。
気にはなるが、処置はされているようだし、そのことだけで声をかけるのは変だしなぁ。
仕方なく彼女のことは忘れて公園に入りベンチに座ってコロッケを食べた。
「…………美味い」
なんて口にしたけれど、先程の女子のことが気になって味が良く分からなかった。
ーーーーーーーー
「ようこそ天ヶ崎学園へ!当学園は大河原君を歓迎する!」
「は、はい!」
どうしてこうなった。
転校初日の朝。
職員室に立ち寄るように言われていたので向かったら、学園長室に連れてかれた。
学園長は筋骨隆々でガタイの良いいかつい顔をしたお爺さんで、笑顔で歓迎すると言われているのに物凄い威圧を感じてつい背筋をピンと伸ばして返事をしてしまった。
少しでも粗相をしたら殺られる。
くそ、こんなことなら武器を持ち込んでおくべきだった。
「君はこれまで何度も引っ越しをして日本全国様々な土地を巡ってきたようだね」
「は、はい」
「君のその経験が、きっと生徒達の良い刺激になるだろう」
引っ越しが多いのは父親の仕事の都合なので仕方ないことだった。
単身赴任という手段もあったが、母親を早くに亡くした父子家庭ということと、父親の生活能力の無さが心配でついていくと俺自身が決めたのだ。
というのは建前で、とある理由から友達があまり出来ず学校での居心地が悪かったから逃げたかったというのが本音だったりする。
なんて考えていたことがバレたのか、学園長がいきなりぶっこんできた。
「これから先の学園生活、慣れないことも多々あるだろう。何かあったら遠慮なく我々に相談したまえ」
これだけを聞くと普通の言葉と思われるかもしれない。
だが俺を相手にこれを告げるということは、普通ではない意味を含んでいるのだ。
この学園が俺のことを調べてない訳が無いもんな。
いくらボンボンと庶民を一緒にするといっても、危ない性格の奴は入れないようになっているはずなのだ。そのため生徒の選別は非常に厳しいと言われている。俺なんか絶対にダメだろうと思っていたのに、あっさり転入許可が出たことが不思議だったのだが、もしかして俺のあの性格が歓迎されているのだろうか。
「相談して、良いのでしょうか?」
「もちろんだ!現場の生の声は非常に大切なのだよ。教師が全てを見られる訳では無いからな。大河原君には大いに期待している」
へぇ、良いんだ。
許可しちゃうんだ。
それで何が起きたのかも知っているはずなのに、それでも許可しちゃうんだ。
なら俺、やっちゃうよ?
たっくさん告げ口しちゃうよ?
チクリ魔と呼ばれ、全国各地で嫌われてきた俺が全力でチクっちゃうよ?
同級生が間違ったことをしていると、どうしても許せなくて先生に相談する癖が俺にはある。
どうやら俺はそれが過剰らしいんだ。
別に過剰な程に告げ口しているつもりは俺には無くて、それだけ酷い奴らが多かっただけだと思うんだけどなぁ。
結局そのせいで友達なんてほとんど出来なかったってオチ。
ここでは控えなきゃダメかな、でも我慢できなくなるだろうな、なんて思っていたらまさかのトップから許可が出た形。
ふははは、チクリ魔の本領を発揮して学園を恐怖に陥れて支配してやるぜ!
…………友達欲しい。
「おっと、そろそろ朝のホームルームの時間だな。大河原君は……俺の孫娘と同じクラスだな」
「え?」
何ですかその面倒そうなクラスは。
普通のクラスを希望します!
なんて強面を相手に言える訳が無い。
「分かってると思うが……」
「は、はい!変なことはしません!」
「うむ」
怖ええええ!
その顔で睨むのマジで止めてくれ!
恐怖で死ぬかと思ったじゃねーか!
こりゃあ孫娘を溺愛しているパターンだな。
トラブルにならないようにマジで気をつけなきゃ、命に係わる。
その子のことだけは告げ口しないように絶対に気を付けよう。
「それでは行きましょう」
「はい」
学園長室を出たら、担任教師の男性と一緒にクラスへと向かう。
学園長を相手にした直後だからか、担任がすごいヒョロガリに見えて頼りなさそうだ。
「では私が呼んだら入って来て下さい」
「分かりました」
「…………」
「あの、何か?」
「い、いえ、別に」
担任は何かを俺に言おうとしていたようだが、止めて教室の中に入ってしまった。
なんだろう、緊張しないように励ましの言葉を言おうとして思いつかなかったのかな。
平気平気。
場慣れしているからいくら天下の天ヶ崎学園といえども緊張はしないさ。
それよりも問題なのは、自己紹介をどうするか。
無難にするか、ネタを挟むか。
いつも迷うんだよなぁ。
ネタを挟むと滑るからもうやりたくないと思いつつ、でもリベンジしてしまいたくなるのが俺の悪い癖の一つだろう。
「入って来て下さい」
しまった、時間切れだ。
こうなったら勢いに任せてやるしかない。
扉を開けて中に入ると、三十人くらいの生徒が俺を一斉に見る。
重要なのは彼らの顔をマジマジと見ないことだ。
見られていることを意識しすぎると緊張するので、何をやるかだけを考える。
俺は教壇の前に立つと、教室内を俯瞰しながら自己紹介をした。
「俺様は大河原 駿輔。日本全国を旅する流浪の転校生にて、各所で魔王と恐れられた男。なんつって、別に厨二病とかじゃないかんな!マジでちょっとだけ言われたことあるだけ!別に怖くないから程ほどによろしくな!」
しまった、やらかしてしまった。
ボケた後にすぐにフォローを入れてしまうのは、滑ったと自覚しているからだ。
チクりすぎて魔王と呼ばれたことがあるのは本当だが、これをネタにしてウケそうなのは中学までだろ。
クラスメイト達に苦笑されているか変な奴と思われているに違いない。
そう思って恐る恐る彼らの方を見ると。
「よっ!魔王!」
「ようこそ天学へ!」
「面白そうな人で良かった」
「ねぇねぇ趣味は?」
あ、あれ、受け入れられてる。
マジか。
こんなに食いつきが良いのは初めてだぞ。
くぅ~!
このクラス、良い奴らばかりじゃねーか!
ひとまず趣味について答えたら、自然と質問タイムの流れになった。
俺がそれに答えるたびに、好意的な反応が帰って来て超楽しい。
どうせいずれはチクリ魔として嫌悪されるだろうから、今のうちにこの反応を楽しんでおこう。
後から思えば、俺は何て馬鹿だったのだろうか。
もしかしたらやっぱり緊張して見えていなかっただけなのかもしれない。
彼らの騒ぎが、興味が、俺そのものではなく別のものに向けられていたことに気付かなかった。
ホームルームでの自己紹介としては時間がかかりすぎているのに担任が何も言わなかった異常に気付かなかった。
そしてすぐ目の前にあった異常にも全く気付いていなかった。
俺の、彼女の、そして天ヶ崎学園の大きな転換点となるその時が、やってきた。
それは質問が一通り出終わって、ひとまずこれで自己紹介は終わりかなと思った時の事。
休み時間になったらもっと質問攻めになったりするのかな、なんてウキウキしながら今後のことを考えていたら、後ろの方の席の男子が手を挙げた。
「はいはーい!転校生君に歓迎のプレゼントがありまーす!」
「プレゼント?」
転校時の別れのプレゼントならまだしも、転入時にプレゼントをもらうなんてある?
別れのプレゼントすら貰ったことない俺が言うのもなんだけどさ。
「転校生君が絶対に気に入る奴だぜ」
「そうそう、期待しなって!」
俺が絶対に気に入るプレゼント。
俺のことをまだ全然知らないはずなのにどうしてそんなことが分かるのだろうか。
「早くしろよ!転校生君が待ってるだろ!」
「それに授業が始まっちゃうでしょ!」
「そうそう、それともアレがお望み?」
謎の野次が向けられた先は俺。
いや違う。
俺の目の前だった。
ガタンと小さな音が鳴り、一人の女子生徒が立ちあがった。
「な!?」
どうして今まで気付かなかったのだろうか。
教壇の目の前、中央最前列の席のその女性は酷く特徴的だった。
とても美しく整った顔立ちだと言うのに、右頬に青痣があり、こめかみに切り傷がある。
何故か半袖の彼女の腕にも、スカートから伸びる足にも、同じく無数の痣や傷が見える。
年頃の女性ならば隠しておきたいはずのそれらを、彼女は晒している。
半袖を来ているのは見せつける為では無いかと思える。
そして更に衝撃だったのは、彼女に見覚えがあったことだ。
公園前でお婆ちゃんを助けた少女。
大きなマスクやガーゼをしていたから確証は無いが、同一人物に見える。
あの心優しい少女が、こんなにも痛々しい体をしていることが衝撃だった。
きっと俺は口をだらしなく開けて呆けていただろう。
あまりのショックに思考がまとまらず、何がどうなっているのか大混乱する。
そんな俺に向かって、彼女は俯きながら小さな声で言った。
「お、大河原君を、心より、歓迎、しま……す……」
そして彼女は両手でスカートの裾を持ち、それをゆっくりと持ち上げ……
「ちょちょっ!?何してんの!?」
ようやく正気に戻った、というか新たな衝撃でより混乱した俺は慌てて彼女の元へと向かいその手を掴み止めさせた。
「おいおい!つまんねーことすんなよな!」
「そうそう!せっかくのプレゼントなのに!」
「あ、分かった!転校生君はおっぱいの方が好きなんじゃね!」
「なるほど!じゃあおっぱい見せてやれよ!」
「ぎゃはは!」
なんだ……なんだこれは……
彼女の異常な行動を誰も止めようとしない。
それどころか囃し立てて過激な行為を唆そうとしているでは無いか。
彼女の無数の痣や傷。
そしてクラスメイトの異様な言葉。
大混乱した頭の中で、ある単語が湧いて出て来た。
「気に……しないで……」
「え?」
その声に反応して思わず手を離すと、彼女は今度はブラウスのボタンを外そうとするでは無いか。
「ダメだって!」
慌ててまた彼女の手を掴みそれを止めさせる。
「いいの……わ……私が……プレゼント……したいだけ……だから……」
「そうそう!気にしないで貰えって!」
「こんな機会滅多にないぜ!」
「まぁ見てくれはアレだけどな!」
「男ならそんなんでも嬉しいでしょ!」
男からも、女からも非道な声が次々とあがる。
ああ、やっぱりそうだ。
間違いない。
いじめ。
それもかなり悪質なもので、凶悪犯罪と呼んで差し支えないレベルのもの。
これまで多くの学校に通い、いじめに相当するものを見たことはあるが、ここまで非道なものははじめてだ。
「早く脱げよ!」
「脱げ脱げ!」
「脱ーげ!脱ーげ!」
「脱ーげ!脱ーげ!」
「脱ーげ!脱ーげ!」
「脱ーげ!脱ーげ!」
そうだ担任だ。
担任は何故止めないんだ。
そう思って担任の方を見ると、我関せずといった形で窓の外を見ているでは無いか。
そんな馬鹿な。
天ヶ崎学園の教師は人間性を育てるという意味での指導力が優秀と聞いている。
こんないじめなど許すわけがない。
そもそもこんないじめが起きるような土壌がこの学園にあることが信じられない。
評判は嘘だったのか。
これが現実なのか。
俺は改めてクラスメイトを見渡す。
嬉々として囃し立てる者と、顔を引き攣らせながら無理矢理笑って小さく手拍子をする者。
いじめを強いられている者がいる。
いじめられている彼女も自発的に性的な行いをするよう強制されている様子だ。
強制している何者かがいる。
教師すらも支配できるような何者かがいる。
もしもこの学園が噂通りの誇り高い素晴らしい学園だったとするならば、それをこれほどまでに壊す程の悪がいる。
思い当たる人はいる。
それが誰なのかを特定するために、俺は彼らに対抗してみることにした。
「お前ら止めろよ!こんなことして恥ずかしくないのか!」
ピタリ、と囃し立てる声が止まった。
そして剣呑な雰囲気が教室中に一気に充満する。
「あ~あ、正義面しちゃって」
「素直に受け取っておかないと、これからの学園生活苦労するよ?」
「据え膳を食べない男って情けな~い」
俺への感情が歓迎から一気に敵意へと変わる。
だがそれがどうした。
この程度の敵意など、これまで山ほど受けて来た。
「黙れ」
「っ!」
敵意を敵意で返したら、誰も何も言わなくなった。
この程度で怖気づくとか情けない。
だがこれで良い。
誰もが何も言えなくなったからこそ、本命が動くはずだから。
「あら、私達の贈り物をどうしても受け取らないって言うのかしら」
間違いない、こいつが犯人だ。
それは廊下側の一番後ろの席に座っている女子生徒だった。
俺に向けて不敵な笑みを浮かべ、全く怯えることなく自信満々な様子だ。
「いや、ありがたく受け取らせてもらうぜ」
「?」
受け取るという表現は彼らと一緒にいじめに参加するという意味になるだろう。
だが俺はいじめを非難しようとしている。
この食い違いの理由が分からず彼女は眉を顰めた
俺は優しいからな、理由をちゃんと教えてやるぜ。
「きゃ!」
いじめられていた彼女の手首を俺はまだ掴んだままだ。
それを強引に引っ張って、彼女の身体を俺の近くへと引き寄せた。
「ここで受け取らずに突っ返したら、この子がもっと酷い目に遭いそうだからな。だからこの子は俺様が貰う。お前達にはもう手出しさせない!」
にやりと笑って挑発してみる。
すると主犯の女の顔がすぐに歪んだ。
こういう正義を振りかざすタイプが大っ嫌いだろうなと思ったが大正解だったらしい。
少しでもメンタルにダメージを与えられたならヨシ!
「へぇ……貴方面白いわね。私が誰だか知っても同じことを言えるのかしら」
「学園長の孫娘だろ」
「な!?」
知ってるさ。
知っているに決まってる。
これほどの悪事が可能で、教師達をいいなりに出来るような人物などそれくらいしか考えられない。
学園長の孫娘は俺の言葉に驚いていたが、すぐに何かに納得したかのように元の表情に戻った。
「これだから庶民は。私に逆らうと言うことがどういうことなのか」
「興味ない」
「話を遮らないでくださ」
「興味ない」
「!」
ここまで雑に扱われたことは滅多に無いのだろう。
顔を真っ赤にして目に見えて怒り出した。
このままでは面倒なことになること間違い無しなので、さっさと俺の本領を発揮してトンズラだ。
「俺様は本当に魔王と呼ばれていた。どんな魔王なのか教えてやるよ」
「そんな話は今は関係な……」
「チクリ魔だ」
「!?」
今だ。
「きゃ!」
俺はいじめられていた彼女をお姫様抱っこして、教室を飛び出した。
「ま、待ちなさい!そんなことしてもむ、無駄よ!」
焦って少し噛んでるぜお嬢様。
ということはチャンスがあるってことだ。
「ま……待って……おろして……」
おっと、今度は抱えている彼女からストップがかかった。
「待たない。降ろさない」
だがそんなことは絶対にしない。
これ以上、彼女をあの教室になんて居させるわけには行かない。
「ダメ……このままじゃ……大河原君が……」
「この状況で俺のことを気にするとか優しすぎるだろ」
そんな性格だからこそ、学園長の孫娘に目をつけられたのかもしれない。
自分が苦しい日々を送っているはずなのに、お婆ちゃんを迷いなく助けてあげた優しい彼女。
クラスの誰かがいじめのターゲットにならないように庇っている可能性もある。
見た目もスタイルも学園長の孫娘よりも遥かに良さそうというのも狙われた理由だろうか。
「大丈夫だ。安心しろ。チクリ魔王に任せろって」
「で……でも……誰に……?」
誰に、だって?
教師すらいいなりになっているこの状況で相談できる相手なんて一人しかいないだろう。
「決まってる。あのクソ女よりも権力を持っている相手だよ」
ノックなどしない。
彼女を降ろした俺は、バンとわざと大きな音を立てて学園長室の扉を開けた。
「誰だ。無礼者が」
ひゃーーーー!
超低音のその声を聞くだけでチビりそうになる。
だがここでビビってたらダメだ。
俺は彼女の腕を掴み、一緒に学園長室に突入し、豪華な机の向こうで座りながらこちらをギラリと睨みつける学園長の前に立った。
「大河原君か。一体何事……む」
俺の隣に立つ彼女の様子を見て、尋常ではないことが起きているとすぐに理解したのだろう。
俺を責めることなく視線で話を促そうとして来た。
やはり学園長は話が通じそうだ。
さっきの少しの会話だけでも、学園長がこの学園の生徒達のことを真摯に考えていることが十分に伝わったから話を聞いてくれると思っていた。
問題は溺愛してそうな孫娘が酷いいじめの犯人だと伝えて信じてくれるかどうかだ。
俺は先ほど体験したことを全て包み隠さず話した。
「すると何だ。君は俺の孫娘が彼女を虐待していると言うのか?」
重く低く、感情が消え去った声で学園長はそう問いかけた。
ただの質問のはずなのに、異様なプレッシャーが襲ってくる。
絶大な権力を持つ学園長を怒らせたら、庶民の俺は家族ごと闇に葬られてしまうかもしれない。
実際にそれだけの権力を持つからこそ、あのクソ女は好き勝手出来ているのだ。
そう思うと迂闊な回答は出来ない。
やっぱり勘違いでしたと誤魔化して逃げてしまいたい。
一介の高校生に、このモンスターを説得するなんて無茶な話だ。
だが、それでも。
こんな無法が許されて良い訳が無い。
隣で震えて立つ彼女をどうしても助けてあげたい。
「間違いありません」
だから俺は学園長の鋭い視線から一切目を逸らさずにそう伝えた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言で睨み合う。
学園長は果たして何を考えているのだろうか。
内心が全く読み取れない。
これまでチクった時、大半の教師は『面倒なことが起きた』という表情をしていた。本気で受け取ってくれた人も居た。どちらにしろ何を感じているのかがすぐに分かったけれど、学園長からはそれが分からない。多くのチクりを経験した俺でも、この先どうなるのかが全く分からない。
永遠とも思える刻を待つ。
「ふぅ」
先に動いたのは学園長だった。
目を閉じて軽く息を吐き、天を仰ぐ。
「脅されていると言ったな」
「あ、はい。想像ですけど」
彼女は自発的に性的な行いをさせられていた。
それは脅されている以外に考えられない。
「なら念のためアレをやっておくか」
「アレ?」
「学園内の電波を遮断した。これで外部と連絡をとったりデータを送受信することは不可能だ」
そういえばこの学園は、カンニング防止のためにテスト期間中に電波を遮断する機械を稼働させるんだっけ。その機械って本来は条件にマッチした場所じゃなきゃ使えないんだけど、昨今のIT機器を使った狡猾なカンニングを防止するために国がいくつかの学校に設置して使ってもらうことにしたとかなんとか。その学校の一つに天ヶ崎学園も入っているってパンフレットに書いてあったのを思い出した。
「本当ですか!?」
学園長の言葉に食いついてきたのは、これまで震えるばかりだった彼女だ。
「うむ。確か君は清水さんだったね。もしも君にとって不都合な情報を誰かに握られていたとしても、今はそれが拡散されないだろう」
「あ……ああ……ああああああああ!」
床に膝をつき泣き崩れる彼女、というか清水さん。
ようやく名字を知った。
不都合な情報が何かは、彼女がさせられていたことを考えれば何となく想像がつくが、胸糞悪いから考えない。
「謝罪は落ち着いてからにすべきか……ならば今は……」
学園長は机の上の通信が制限されていない固定電話を取り、何処かに電話をかけた。
するとすぐに部屋に二人の女性教師がやってきた。
「彼女の傍に居てやってくれ」
学園長はそう言うと立ち上がり、何処かへ行こうとするが、部屋を出ようとしたところで立ち止まった。
「大河原君も関係者だ。見に行くか?」
恥ずかしい話、俺はまだ学園長と睨み合った緊張から解放されていなかった。
学園長が助けてくれる動きを始めていたことは見れば明らかで、清水さんですら安心して泣いているというのにな。
でも学園長のその言葉でようやく俺も我に返って言葉を話せるようになった。
「もちろんです」
チクった人間として、悪人が裁かれる姿をしっかりと見届けさせてもらうとするか。
ーーーーーーーー
「お爺様、どうなされましたか?」
どうやら教室では俺の事なんか無かったことにして授業が開始されていたようだ。
だが俺達が中に入ると授業は中断され、すぐにクソ女が立ち上がり話しかけて来た。
さっきまでの他人を見下す横柄な態度とは全く違う、お嬢様らしい振る舞いにぶん殴りたくなってきた。こうやって家族の前では猫を被って本性を隠していたんだな。
「授業は中止だ」
学園長は孫娘を無視して教壇の前まで移動する。
俺は中には入らず、入り口から様子を観察することにした。
「お、お爺様?」
話しかけても無視されたことにクソ女は困惑しているようだ。
いや、少し違うか。
嫌な予感を感じて動揺しているっぽいな。
その予感は大正解だぜ。
「木乃香よ」
「は、はい」
うっひょー怖ええええ!
学園長ブチ切れモードじゃん。
名前を呼んだだけなのにあんなにプレッシャー放つとかマジでやべぇ。
このクラスの生徒、半分くらいチビってるんじゃないか?
さっきの俺、良く目を逸らさず立ち続けられたよな。
「お前が同級生に暴行を働いていると報告があった」
「そんな!?一体誰がそのようなことを!?」
何を白々しい。
俺がチクったって気付いている癖に。
「誰が、などどうでも良い。それが事実かどうかだ」
「っ!」
へいへいびびってるびびってる!
ざまぁみろ。
お前のお爺様は今までは溺愛してくれたかもしれねーが、今日は敵なんだよ。
というか家族のことなのにまるで分かってなかったんだな。
曲がったことが大嫌いそうな学園長って、身内がやらかしたら普通以上に厳しそうなタイプにしか見えないんだけど。
この人が守ってくれるから何をしても大丈夫だなんて良く思えたな。
「じ、じじ、事実無根ですわ。そ、そうですわよね!皆様!」
一人では耐えきれず、クラスメイトを頼ったか。
だがそれは悪手だぞ。
いや、悪手も何も、既に詰んでるから大して変わり無いか。
「誓おう。今回の暴行事件について徹底的な調査を行い、真実を明らかにすると共に主犯格にそれ相応の罰を与えることを。また、脅されて強いられ、消極的に参加した者にはそれ相応の減刑とあらゆる支援を行うことを」
それはつまり、積極的にクソ女の仲間としていじめに加担した者には厳罰を、脅されて仕方なくそうするしかなかった顔が引き攣っていた生徒達には救いの手を差し伸べると言うこと。
それが為されれば、脅されていた者は脅しから解放されるということに他ならない。
「そうそう、もう一つ言っておかねばな。現在、電波を遮断中のため、諸君らに不都合なものが外部に流出することはない」
それがトドメとなったのか、教室内の雰囲気がガラっと変わった。
「助けてください!」
「清水さんを助けてあげてください!あの女に酷くいじめられてました!」
「あの女に無理矢理卑猥な写真を撮らされて……」
「私を守るために清水さんは……うう……」
何名かのクラスメイトが立ち上がり、真実を訴えかけた。
「ちょっ、あ、あんた達何を言って!?」
脅しが封じられ、頼りになるはずのクラスメイトに裏切られ、クソ女は目に見えて動揺している。
「木乃香、これはどういうことだ」
「ひいっ!」
ついに学園長の声から怒気が露骨に漏れ出した。
横から見てるだけでチビりそうになるんだから、正面にいるあいつらはもうダメだろ。
これが学園長の本気か。
俺の前では全く怒ってなかったんだってことを今になって気付いた。
「ち、ちが……これは何かの間違いで……そ、そうだ、皆さんが私に嫉妬して陥れようとしているに違いありませんわ!」
醜い。
あまりにも醜すぎる。
どう考えても詰んでいるこの状況で、他の人に罪を擦り付けて逃げおおせようとする性根は見るに堪えない。
傍から見てそう感じるのだから、身内から見たら……あ、やばい、学園長が右拳を天に突き上げた。
それが物凄い勢いで教壇に振り下ろされると、教壇は爆音と共に木っ端みじんに砕け散ってしまった。
怖ええええええええええええええ!
「ひいいいいいい!」
ちょっと~、この教室おしっこ臭いんですけど~
なんて冗談を言える雰囲気では全く無い。
腰砕けになって椅子に座ったクソ女とか、一番酷いことになってるだろうな。
ざまぁ。
「全校生徒から一人一人、俺自ら事情聴取を行う。いいな!」
それは悪事を働いていた者にとっての死刑宣告に近い。
特にクソ女に積極的に味方していた者は、家族を含めて厳罰に処されるだろう。
それはこの先の人生が詰んだと言っても過言ではない。
「うわああああ!」
たまらず一人の男子が教室から逃げようとした。
積極的に囃し立てていた男の一人だ。
「無駄だ。誰一人逃がすなと指示してある」
元々この学園はボンボンが多く通っているため警備が厳重だ。それは外からの攻撃を防ぐためなのだが、中からの脱出を防ぐために使うことになるとは学園長も想像していなかっただろうな。
脱出も不可能と悟った男子は力無く崩れ落ちた。
全く同情しないね。
お前らが何をしたかは知らない。
だが想像もしたく無い程におぞましいことを清水さんにやったことは、彼女の様子を見れば明らかだ。
「う、うそ、嘘よ……こんな……お爺様……どうして……貴方の大切な……孫娘なのよ……」
「そうだな。大切な孫娘だ」
「じゃあ!」
「だからこそ、残念だ。だからこそ、腹立たしい。だからこそ、より厳しい罰を与える」
「あ……ああ……いやああああああああ!」
俺はこれまで何度もチクったことがある。
成功することは少なかったけれど、成功した時は少なからず達成感があった。
だが今回ばかりは、全く感じないな。
それ程までにクソ女がやったことが醜悪だからだろう。
これ以上、彼女の姿を見ているとそれだけで胸糞悪くなるから、俺は教室から離れて学園長室に戻ることにした。
最後に一言だけ脳内で告げて。
地獄に落ちろ。
ーーーーーーーー
いじめ、いや、暴行事件が明るみになってから天ヶ崎学園は臨時休校となった。その間に学園長は本当に全校生徒に聞き取りを行い、孫娘の犯罪行為を詳らかにした。
驚いたのは学園長がそのことを隠さずに世間に公開したことだ。
多くの人に真摯に謝罪し、調査が完了したら責任を取り学園長を辞め、生涯をかけて被害者の救済に努めると誓った。
主犯である孫娘は警察に逮捕されていることになってはいるが、雲隠れしているのではとの噂もあった。ただその理由も、法で裁かれる前にドバイで身体を売らされているとか、すでに拷問の末殺されているだとか不穏なものばかり。要はそのくらい学園長がブチ切れていると世間では思われているのだろう。
あの学園長、見た目が怖いだけで中身は割と優しいお爺ちゃんなんだけどな。
それでいて決して『いじめ』とは言わず『暴行』と表現していたところ、教育現場の悪癖に染まらない真面目さもあって俺は結構好きだ。
それはそれとして、俺としては大問題があった。
今回の事件で多くの生徒が退学や転校という形になり、特に俺のクラスはそれが顕著だったことだ。
まず男子。
男子の中で積極的に暴行に加担した生徒は逮捕され、家族ごと処罰を受けたらしい。詳しいことは怖いから聞かないことにしている。だって去勢されたらしいとか言われたらヒュンッ!ってなっちゃうもん。
そして脅されただけの生徒だが、清水さんのあられもない姿を見てしまったことがあるそうで、清水さんがそのことを思い出して辛くなるだろうからと転校させられることとなった。ただ、転校先で拒絶されないようにとしっかりとフォローはされるらしい。
そして女子。
基本的には男子と同じなのだが、清水さんの希望により十人近くが転校せずに残ったのだ。どうやら彼女達はクソ女に目を付けられることを覚悟で、清水さんを陰ながらどうにか助けていたらしい。
肝心の清水さんはメンタルケアを受けながら天ヶ崎学園に通い続けている。
さて、俺が抱えた大問題が分かっただろうか。
「はい、大河原君。あ~ん」
「ずる~い!今日は私の番って言ったのに!」
「へへ~ん、早い物勝ちだよ~」
俺の口の前には何本もの箸が突きつけられている。
そのいずれにも美味しそうなおかずが挟まっていて、どれを食べるか正直悩む。
いやぁ大問題だ。
じゃねーよ!
なんでハーレムになっちゃてるの!?
男子が俺しかいない上に、女子は全員俺に助けられたって思ってて好感度MAX。
いや、百歩譲ってそれだけなら問題ない。
男として好感度MAXJKハーレムなんて夢のまた夢だ。
最高の青春になること間違いなしだからだ。
では何が問題なのか。
「あ、あの、横溝さん、あまり屈まないで貰えると」
「ええ~どうして~?」
首の所から見えそうなんですよ!
「柊さんも、まだそんなに暑いのにボタン外しすぎじゃないですかね」
「このくらい女子高では普通普通」
「ここ共学だぞ!?」
チラ、どころじゃなくはっきりと下着が見えてるんですが!
「真島さんは……その……下着はつけた方が良いと思いますよ?」
「忘れてきちゃって~」
「嘘だ!」
彼女達が俺を性的に誘惑してくるんだよ!
これじゃあ青春じゃなくて性春になってしまう!
チクリ魔として不順異性交遊みたいなチクられる側の行為なんて出来る訳が無い。
もちろん俺が困っているのは他にも理由がある。
「ご、ごめんね大河原君。で、でも少しだけ、少しだけで良いから隣にいさせて……」
「お、おう……」
一番の被害者だった清水さん。
彼女は性的な酷い暴行を受けたことで、体がおかしくなってしまったそうだ。
そのためどうしても体が火照ってしまい、何故かそれを俺の傍で必死に抑えようとする。
俺に身体をくっつけてはぁはぁ言いながら抑えようとする。
暴行の後遺症でそうなってる清水さんに手を出して性春なんて出来るわけ無いだろ!
そしてクラスメイト達は俺に感謝しているというのはその通りだと思うが、清水さんのその痴態を誤魔化すために自分達も痴態を演じているらしい。
そんな思いやりのある彼女達に手を出して性春なんて出来るわけ無いだろ!
つまり俺は好感度MAXJKハーレムかつ相手が痴態を晒しまくっているのに手を出せないという究極の生殺し状態になっているというわけだ。
「どうしてこうなった」
「何よ私達じゃ不満ってわけ?」
「俺様プレイが好きなんでしょ、王様らしく全員に手を出しちゃえ」
「そうだ。王様ゲームやろうよ」
「やらねぇし王様でも無いからな!?」
それに俺は王は王でも魔王様だ。
チクリ魔王として、チクられるような恥ずべき行為は絶対にしないんだ!
「え~つまんな~い」
「もしかして大河原君、私達があいつらに何かやられたって思ってる?」
「安心して、最後の一線は守り切ったから」
「超ギリギリだったけどね~」
「お、おい。そういう話は……」
清水さんが思い出しちゃうからしない方向だったはずだっただろ。
「分かってる分かってる」
「これは清水さんとも相談して伝えておこうって思ってた話なの」
「大河原君が、どうも私達の感謝を過小評価しているような気がしたからね」
過小評価なんてしてないぞ。
こんなにアプローチされていれば、誰だって深く感謝されてるって分かるわ。
「あのね、あの日、大河原君の歓迎パーティーが行われる予定だったの」
「パーティー?」
それってアレか。
飲み食いして談笑してゲームとかやったりして遊ぶやつか。
友達のいない俺が求めて止まないリア充イベントか。
いや待て。
良く考えろ。
あいつらは俺にプレゼントと称して清水さんに性的な行いをさせようとしていた。
その上で『歓迎パーティー』で何をするか考えたら……
「大河原君が転校してくるって話を知らなかったら、私達とっくに……ねぇ」
「そうそう。どうせなら転校生も巻き込んで盛大にやろうってアレが言ったから、逆に助かっちゃった」
「多分私達が裏で清水さんの味方してるの気付かれてたから、パーティーの時に清水さんだけじゃなくて私達も襲わせるつもりだったんだと思う」
今回のことで胸糞な気分になることはもう無いと思っていたが、まだこんな外道な話が残っていただなんて。想像なんてしたくない。怒りで思わず顔が歪みそうになる。
「そうやって怒ってくれるのってホントずるい」
「そうそう。清水さんにあげたくなくなっちゃうもん」
「それで、私達がどれだけ感謝しているか分かった?」
「…………」
怒りが消え、つぅ、とこめかみから汗が流れた。
彼女達は清水さんの身体を心配して痴態を晒していたはずだ。
俺にそれらを見せるのは恥ずかしく、本当は嫌なはずだ。
だがまさか。
彼女達は本気で俺に全てを捧げたくなるくらい感謝している……?
だとすると一番助けられた清水さんは一体どれほどの感謝を俺に感じているのか。
は、はは。
か、考えすぎだよな。
「はぁ……はぁ……大河原君……ありがとう……」
ぬおおおおおおおお!
どうしたら良いんだああああ!
チクリ魔としてのプライドを優先すべきか、美少女の感謝をしっかりと受け取るべきか。
魔王卒業の日は、そう遠くないのかもしれない。
『俺様が貰う』って言っちゃったから貰うしかないですよね。