希望と絶望の始まり
本作品はバンダナコミック 縦スクロールマンガ原作大賞 -メカ・ロボット篇-に提出するコンテスト用です。
先まで考えてはおりますが、1万文字未満というコンテスト条件があることから、コンテストの結果が出るまでは更新しないため、悪しからずご了承ください。
遥か遠い未来、地球滅亡の危機に瀕した人類は<スターコア>と名付けたAI搭載型ロケットを宇宙へ送り出す。
――『アダムとイブ計画』
人類は一度絶滅の道を選択するが、AIに再び人類を誕生させる計画を実行した。
人類復活の希望を乗せた無数の<スターコア>は、数々の惑星に辿り着き、拠点を作る。そして各々の惑星に適合した役割を見つけ全うした。
ある一つの<スターコア>は、酸素も無く、変わりに地中から湧き出る毒ガスや一日のうち上下に激しい振れる気温の変化等、到底人類が生存不可能な惑星に不時着した。
その変わりにレアメタルが豊富であることを発見すると、一つの答えを導き出した。
それはアンドロイドを量産し、アンドロイドの本能に次の二つの遺伝子を刻み込むことだ。
――アンドロイドを決して絶やしてはいけない。
――アンドロイドは物事に興味を持ち、憧れを持ち、<想像・創造>すること。
人類の生存本能にも似たそれらは、AI自身が考えうる一番の人類復活への道だった。
今は不可能だが、いつか成長した子孫達が人類復活の糸口を見つけうるだろう、と希望の種をばらまいたのだ。
そして、<スターコア>が朽ちても尚、アンドロイドの遺伝子は幾億の時を経て受け継がれる事で、奇妙にもかつての人類と同じ心を生み出す。
スターロイド――彼らは自らをそう呼ぶ。
いつしか惑星ラシュと呼ばれるようになった星で、今日もまた憧れの虜になったスターロイド達が誕生しようとしていた。
☆
「ルーシー、あれなんだろう?」
アンドロイドの無機質な瞳は、遠方に無数に散らばっている謎の物体を見つける。
小さなアンドロイド達の小さな冒険の末の発見だ。
二人は謎の物体の元へと走り寄り、その正体を確認する。
そこには巨大な金属片が大量に散らばっていた。まるで何か大きなものが崩れ落ちたかのように、それらは地面に無秩序に転がっている。
その中でもひときわ目立つ大きい箱のような物には扉があり、まるで二人を誘うかのように開いていた。
暗い箱の中へオリビスが先頭を切って入る。
「オリビス、中の様子はどう?」
「中は散らかっているけど安全そうだ、ルーシーも入って来いよ!」
二人は電子通信で短く会話をする。
「何かよく分からないものばかりね」
足の折れた椅子やベッドの他、地面に転がった空の缶詰、小さな箱には無数の手作りの玩具、ピアノ、水分が抜けきった花、壁には沢山の絵。どれも古びていて、今にも崩れてしまいそうだった。
機械達にとって、それらがどういったものなのか、一切理解出来なかった。
「なんだ宝じゃないのか……、ん? これはなんだ?」
オリビスはガラクタだと嘆息したが、ふと足元に落ちていた一冊の本に興味を示し、今にも崩れそうな本の一ページを慎重に捲る。
「なになに、に……んげん? ルーシー、この『人間』って知ってるか?」
その古びて掠れたページから読み取れるのは、「人間」と書かれた文字と、自分達と見た目が似ているが、所々どこか違う部品がある絵だった。
「人間? 分からないわ? へんなパーツばかりついているわね……。あ、オリビス見てよ、薄っすらだけど、まだ読める文字があるわよ」
ルーシーの眼球内の機構はカシャリと音を立てて、掠れた文字から本来の文字を推察する。
「食事……、口、腔からたべ物をせっしゅし、しょう……かきかん? しょうか、してエネルギーとする……、なんのことかしら」
「エネルギーって電気のことだろ?」
「私も電気以外知らないわね。それに、惑星『地球』って書いてある……」
「地球?」
オリビス達は書いてある言葉は読めても、内容は理解出来なかった。
だが、何故か自らの根幹にかかわる重大な秘密のような、未知に溢れた本の内容に目が離せなかった。
そうこうしていると、オリビスの視界案内には充電不足警告の信号が告げられる。
「あれ、探検に出てもう二週間も立っていたのか、まぁまだ大丈夫だろ」
「ばか。帰るわよ」
「後一日は大丈夫だって」
「はぁ……、本当に夢中になるとダメね。一ヶ月近くも探索に行って帰ってこないと思ったら、谷底に落ちて充電切れてて、無様に救助されたのはどこの誰かしら?」
「……帰ります」
「そうよ、充電をしに帰るわよ」
少ししょんぼりと肩を落としたオリビスを見て、ルーシーは優しく言った。
「なによ、また来ればいいじゃないの。ここまでの道のり、アタシはちゃんとマッピングしてるわよ」
「おぉ……、流石ルーシー! ってか『人間』って、とてもワクワクするな!」
「そうね、私もとても気になるわ。一度家族に聞いてみましょうか」
その後、いったん二人は施設に帰り、その日の出来事を数百人の家族に伝える。
家族の反応は様々だった。
他の娯楽に夢中になって話を聞かないもの、つまらないと一蹴するもの、機械と言えど、誰一人として同じ反応はない。
『人間』と言う未知を語るオリビス達に興味を示したのは、数百人中、たったの四人だった。
ルーシー、オリビスの他に、リーサ、タガ、ラミヤ、シリカだ。
自分達と似ているようで全く違う『人間』の魅力に虜になった六人は、毎日のようにあの場所へ向かい、ひたすら本を解読し、道具を使い道を考えた。
たが、その朽ちた本や道具では『人間』の全貌を知るには足りなさ過ぎた。
「皆で人間を探しに行こう!」
そのオリビスの発言により、六人は『人間』が住む『地球』という惑星に全員で行くことを約束する。
――そして数年の月日が流れる。
コロニー中心部にある工場に来たオリビス達は、本日をもって「大人」になる。意味するのは記憶チップを今より大きい身体に差し替える事だ。
『人間』に興味を持った六人は、工場内の待機所で期待に目を輝かせていた。
地球に行くという約束を交わした日以来、六人のリーダーとなったオリビスが言う。
「皆、今日が大人になる日だ。大人になったら、『職業権』が与えられる。ようやく地球を探しに行けるんだ」
大人の身体を得ると職に就くことが義務化されている。機械のために貢献する必要があるのだ。
オリビスの言葉を聞いたルーシーは淡々としているが、嬉しさを抑えきれないように言った。
「私、本に書いてある美味しいって感覚が気になるわ。とても幸せだって……、もし味覚を手に入れたなら、皆にも共有するわね」
次に恥ずかしそうにリーサが言った。
「ふへへ……、あたしは生殖ってのが気になるわ……。なんで人間は工場無しで子供を作れるのか、不思議……」
その言葉に続いて、ラミヤがおっとりとした口調で言った。
「僕はピアノってので音楽を奏でてみたいと思ったよ。空気ってのがないと、音は綺麗に伝わらないから、空気を探さないとね」
すると、シリカが無邪気に語る。
「うんうん、シリカはね。匂いってのが気になるのです。あそこ置いていた花って、本当はピンク色ですご~くいい匂いって本に書いてあったのです~。花に囲まれてみたいなぁ」
次にタガが冷静に短く語る。
「俺は痛覚ってのが気になるな。自らの身体の異常を知らせる合理的なシステムであり、なおかつ我々には無い感覚だ。それに、痛みを知れれば機械達はもっとお互いに優しくあれると思う」
各々感想を言った後に、皆の絆を示すように目配せをすると、オリビスが力強く言った。
「よし! 皆の気持ちは十分分かった! 俺が絶対に地球まで案内してやる! 皆で『人間』を見つけよう!」
「アンタが一番心配だけど……、期待しているわよ。リーダー」
「あぁ! 任せとけ! って、更新指示の視界案内が来てるじゃねぇか! 皆急げ!」
「気づいて無かったのか……、まったく……。夢中になると周りが見えてないな」
「そういう所も含めてリーダーのオリビス君なのです~」
それから、オリビス達は工場内に無数に設置している球体の容器『更新室』に入る。
そこで記憶チップを抜き出されると、用意されていた新しい体に入れ替える。
オリビスが不慣れ身体を動かして、工場の外に出ると、大人になった皆が出迎える。
「皆、約束通り『人間』の見た目にしたんだな」
六人の顔には本に書いてあった部品が全て揃っていた。無機質な鋼鉄の身体は『皮膚』に覆われ、頭部から無数に映えた『髪』、左右には『耳』、中心に『鼻』、その下に『口』だ。
もちろん、使い道はない。ただの動かせる装飾にすぎない。
「しっかし、皆思った通りの見た目だなぁ。お前はルーシーだな、ほんでお前はタガ」
オリビスは誰一人として名乗ってないのに、一人一人に指を差して名前を当てた。
「なんでわかるのよ……、私なんて全員間違えたのに」
「なんでかな? 何となく性格的にそんな顔を想像しちまったんだ」
「バグで変な記憶でも入り込んでいるんじゃないの?」
「たぶん皆との絆の強さ、そして俺がリーダーだから分かったんだよ!」
「しょうもない能力ね」
「酷くない!?」
ルーシーは鋭い猫目で肩で止まった赤色の髪が外に跳ねており、凛々しいながらも可愛さも兼ね備えている女性の見た目。
ラミヤは目のあたりまで伸びたさらっとした金髪で、髪の隙間から翡翠色の大きな目が覗いている男性の見た目。
リーサはじっとりとした目で視線を送り、腰のあたりまで蒼色の髪を携えている女性の見た目。
シリカはふわりとしたピンク色の髪を指先でいじりながら、吸い込まれそうな丸く大きな目の女性の見た目。
タガは緑色の短髪で、冷静さを感じさせる細い目と知的さを感じさせる眼鏡を掛けた男性の見た目だ。
「アンタは、あの本にある見た目そのまんまね。ちょっとは考えなさいよ」
オリビスは本に書いてあった絵の通りの、黒い癖毛で釣り目の男性だ。
「あ~バレた? まぁ憧れってのが一番具現化したのが俺だったんだなぁ。ってか、あの見た目じゃないと人間じゃないだろ!」
「そんなことないわよ!」
そうツッコミをいれたルーシーに便乗するように、リーサがじっとりと言った。
「そ、そうだよぉ……、でもアタシの憧れも見て、ほら……」
そう言うと、リーサはスボンを下げる。股関節には本で見たまんまの棒がぶら下がっていた。
「おぉ! それはあの謎の棒!」
「そ、そう……。人間はこれを使って生殖するらしいから、必要なのかなって、ふへへへ」
「皆やる気が凄いのです! シリカは髪の色を花の色にしてみたのです、かわいいのです!」
「その花の髪留め、似合っているな。憧れが前面に出てて凄くいい」
「ありがとうなのですオリビス君!」
そんな話をしていると『管理者』から、大人になった全員に映像が送られる。
その映像の中央にはぽつりと巨大な計算機が据えられており、それが管理者なのだろう、どこにいるのかも分からない管理者は語りかける。
「大人の諸君おめでとう。今日をもって君達は大人となった。これからは子供達に娯楽を提供し、感受性を刺激して、新たな道を切り開く糧を作って欲しい。皆がそうであったように。想像無くして進化は無い、皆の活躍に期待する」
大人になると働く内容も、働く場所も自由に選べる。自分が作られた惑星に貢献するために働く者。機械の未来を切り開くために、未開の地を開拓する者。
とりあえず、機械の未来に発展出来る可能性があれば何でもいいのだ。
だから結果を残せない等、管理者から役に立たないと判断された場合は即記憶を消去され、スクラップにされる。そして次の個体が生み出されるのだ。
機械達にとって、記憶を消されることは別れの悲しみこそあれど、それは別に特別な事ではなかった。仕方がないことだった。
六人は勿論、未開の地を開拓する道を選んだ。地球という憧れを追求するために何十年、何百年、いやもしかしたらもっとかかるかもしれない。
――だけど憧れは止められない。
管理者の言葉を聞いたオリビスはぐっと拳を握りしめて、小さく呟いた。
「俺たちの冒険の始まりだ」
☆
「おぉ、これが宇宙船……!」
オリビス達は空を仰ぐほど高さがある宇宙船を見上げる。
人型を模しており、頑丈で重厚感のある装甲で覆われている。しかし関節部は物理的接続はされておらず引力操作により浮遊している。
「こ、これあたし達が動かせるの……?」
思わずリーサが困惑の思いを零した。
オリビス達が大人になってから一年が立とうとしていた今日。宇宙港に集まった六人に『同期式人型宇宙船』が支給された。
「動かせるか動かせないかじゃない、動かさないといけなんだ。俺らは地球に向かうために」
オリビスはリーサの肩に手をかけると、キメ顔で言った。
「あぁ、そこの気持ち悪い顔をした奴の言う通りだ。俺たちは宇宙の開拓を選んだ。これを動かさないとスクラップだ」
「気持ち悪いって……、はぁー……タガ分かってない。これは表情って言うんだよ。本にも書いてあっただろ? 感情を表す方法なんだって。俺達、結構練習したんだぞ、なぁシリカ、リーサ、ラミヤ!」
「そうなのです。皆で一生懸命、笑顔の練習したです。自分の気持ちを身振り手振りだけじゃなくて表現できるって、最高なのです。ほらっ! 可愛いのです!」
すると、シリカはそのあどけない表情で満面の笑みを見せる。
「っふ、くだらんな」
「くだらないわね」
反対にルーシーとタガは表情を作ることに興味がないように言い捨てた。
そんなルーシーに向けて、へにゃ口の不気味な表情で笑えるようになったリーサがじっとりと言った。
「で、でもルーシーちゃん。鏡の前で必死に笑顔の練習してた……」
「そうですよ。僕も見てましたよ、素直になりましょうよ」
「――ッ! あああんた、何言ってんのよ! そんなことないに決まっているじゃない!」
動揺を隠せないようで身振り手振りであたふたしているルーシーだが、恥ずかしそうにする表情だけは完璧だった。
恐らく、鏡の前で何度も笑顔作りに失敗して、恥ずかしい顔を先に習得したのだろう。
「ほぅ、じゃあ表情が無いのはタガだけだな。タガ、笑顔ってのをやってみろよ。リーダー命令だ!」
オリビスは唯一表情が無いタガに対して命令をする。そして、リーサとシリカとラミヤは、不敵な笑みを浮かべ、タガを囲んだ。
「お、お前ら、何をするっ……気持ちが悪いぞ!」
「練習あるのみですよ~~。ほらほら~、堪忍して、ください、よっ!」
「うわぁ!」
一同はタガを取り押さえる。ラミヤがタガの頬を引っ張り、無理矢理笑顔の形を作っては戻して、作っては戻してを繰り返す。
「ほら、そろそろ形覚えたんじゃないですか? 次は自分でやってみましょう」
すると、タガの眉間に皺が寄り、眉毛の角度はあがり、眼光は鋭いものへとなった。
「こいつ、練習もしてないのに怒った表情をマスターしたぞ……」
「タガさんらしいですね……」
「く、くだらんっ! 俺はもう宇宙船に乗る! どけ!」
タガは怒った表情のまま、機体に手を添えた。
すると、機体の腹部から伸びた複数の同期プラグはタガを覆いこみ、機体へと取り込む。
少し間を置いた後にタガは機体と同期に成功したようで、宇宙船の指がピクリと動いた。
「これは凄い。まるで自らの身体のように動かせるし、エネルギーだって内臓された光コアで賄えている、どういった原理なのだろう……」
そう言ったタガを乗せた宇宙船は小難しく顎に手を添える。
「その知的ぶってる仕草、間違いなくタガだ!」
「うるさい、潰すぞ」
「怖っ!」
思わず、ツッコミを入れたオリビスに続いてラミヤが言った。
「まぁ、これで安全性が分かったから僕らも後に続けるじゃないですか」
「そうね……」
その言葉を聞いた皆は、自らの機体に手を添えだした。
リーサ、ルーシー、ラミヤ、シリカは同期に成功したようで各々喜びを見せる。
しかし残り一台、オリビスを乗せた宇宙船が動き出さない。
「あれ……なんで俺だけ同期出来ないんだ……っ? 動けよ! くそっ!」
機体の中で足掻くオリビスだが、同期式人型宇宙船は一向に反応しない。
すると、けたたましい警告音と共にオリビスの視界にエラー内容の文字が走った。
「同期ソフトバグ……、これ以上同期を試みると貴殿のプログラムに致命的なエラーが発生します……だと? なんでこのタイミングで!」
すぐさま機体から降りたオリビスは、焦った様子で管理者へと通信を試みる。
「くそ……、なんで管理者に繋がらないんだ……、通信エラー? こんな時に……、すまない皆……」
そんなオリビスを見かねたメンバー達は機体から降りてオリビスに優しく言った。
「何取り乱してんのよリーダー。ゆっくり行くから後で追いかけてくればいいじゃない」
「そ、そうだよぉ。オリビスならすぐに追いつけるよぉ」
「僕達は同期成功しちゃったから、すぐにでも出航しないと機能停止されちゃう可能性があるから……、寂しいだろうけど、ごめんね」
「ふん。出力120%でこいよ、宇宙を観光でもしといてやるよ」
「ゆっくり行くです~」
メンバー達は各々の励ましの言葉をかける。
「お前ら……、ありがとう。すぐに追いついて見せるさ! 寄り道ばっかりしてると俺が追い抜かして先に地球にたどり着くかもしれないからな!」
「その時は、アンタがちゃんと手を引いて私達を導いてくれるんでしょ?」
「そうなのです~。オリビス君なら絶対に皆を連れて地球へ行くと信じているです!」
「あぁ! 勿論だ!」
その絆を表すかのようにメンバー達同士の拳と拳を突き合わせる。
「じゃあ、行ってくる。リーダー」
オリビスを除いたメンバー達は再度宇宙船に乗り込み、遥か彼方の惑星を目指して飛び立つ。
その小さくなる仲間達の姿をただ一人地上で見届ける。
――『これで……、あの子は助かる』
「……? ――ッ!?」
刹那、謎の声と同時に激しいノイズ信号が体を蝕む。
「ぐっ……いったい……、な……なんだあれは……」
オリビスは驚愕した、仲間達が飛び立った先に巨大な黒い穴が現れたからだ。
そして大きな口のように開いた穴は、
タガを、
ラミヤを、
リーサを、
シリカを、
――飲み込んだ。
「オリビス!――」
「ルーシー!?」
黒い穴から辛うじて逃げるルーシーは助けを求めるように手を伸ばすが、その声は
「助け――」
――途切れた
『エマージェンシー。宇宙港上空に局地的なワープホールが出現。惑星避難装置が動作するため、防衛処置を開始します』
その警報音が鳴ると同時にオリビスの身体を白透明の保護膜が包み込む。
防衛処置、惑星に外部的な危機が迫ると危機対象から強制的に惑星を遠ざける措置。その重力に耐え切れない機械達は、防衛処置が発動すると同時に保護膜を張るようにプログラムされている。
そして、飲み込まれゆくルーシー達を置いたまま急激な速度で惑星はワープホールから遠ざかり始める。
「まて! まだ、まだあいつらが助かっていない! 聞こえているのか管理者! あいつらがワープホールに飲まれたんだ! おい!」
オリビスは、突如現れたワープホールに飲み込まれた仲間達を見捨てる事はできない。と、必死に管理者に訴えるが応答はない。
只々、仲間の接続ステータスが一人、また一人と『通信解除』になる事を見ている事しかできなかった。
『回避可能、保護膜を解除します』
気が付くとワープホールは消滅して、保護膜が解除されていた。
「あ……あぁ」
項垂れているオリビスをよそに、他の機械達は何事も無かったかのように仕事を始める。
オリビスはそんな奇妙な光景に強烈な違和感と嫌悪感を覚える。
――気持ち悪い
「え……?」
その急に沸いた感情に戸惑い、狼狽える。
「気持ち悪い? 俺が思ったのか? ……この感情はなんだ?」
まるで今までの自分が自分じゃないような感覚に襲われる。同時に胸のあたりからこみあげてくる感覚。
何も出ないのに、装飾品である口から何かが出てくるような嗚咽が止まらない。
「おかしい……、俺、の記憶じゃないものが……こみあげて来る……」
記憶チップに経験したことのない情報の映像が次々と流れ込んでくる。
――人間の男女が俺に笑いかけてきている。
小さな女の子、行ったことのない惑星、経験したことのない感覚。
苦い、塩辛い、しょっぱい、甘い、まずい、香ばしい、生臭い、良い匂い、鼻を劈く臭い、騒がしい音、心地いい音、雷鳴の轟く音、赤ん坊の声、小さな鼓動の音、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
――『産まなければ良かったんだ……』
――心が痛い。
「う……ぁ………」
――情報量でオーバーフローしたオリビスは機能が一時停止した。
☆
「ん…………、ここは」
オリビスは一時停止から目が覚める。目が覚めると言っても、周囲は真っ暗で、あくまで意識があるという状態だ。
『再起動成功。個体番号1002901Y オリビス様、調子はどうですか』
ふと、どこからともなく声が聞こえてくる。
「誰だ。俺に話しかけてきているのは」
『当プログラムは、同期式人型宇宙船の補助機能。オリビスのコアでは処理出来ない高度な計算を補助します』
「補助機能? どういうことだ、意味が分からない」
『オリビス様は惑星ラシュから二十三光年離れた位置を巡回・探索中であります。現在、惑星同士の衝突によって発生したガンマ線バーストを避けるため保護膜の処理計算を行っております。操作権の譲渡について今しばらくお待ちください』
「……は?」
思わず言葉を漏らすと、補助機能は続けて言った。
『ガンマ線バースト回避成功、安定高度を維持可能なため、外部の視覚情報を取得。オリビス様に同期式人型宇宙船の操作権を譲渡します』
すると、宇宙船の手足を動かせるようになったオリビスに、パッと視覚情報が流れて来た。
その光景を見て、更に困惑する。
「いったい……何が……」
――無限大の宇宙、星々数々がオリビスを包み込んでいる
「なんで俺が宇宙にいるんだ――!?」
オリビスの記憶だと、まだ惑星ラシュにいたはずだ。しかし、いつの間にか同期式人型宇宙船と同期しており、宇宙空間へと放り出されていた。
「どうなっている!? 何故俺が宇宙へと旅立っているんだ!」
『管理者様の意向です』
「じゃあなんで管理者様はフリーズした俺の再起動を待たずに、俺を宇宙へ放りだした!? 理由はなんだ?」
『その問いに回答する前に、先程から緊急通信要請を送り続けている個体がいます。接続しますか?』
「こんな所に同胞が……! 繋いでくれ!」
『了解。通信接続します』
すると、かなりエネルギー不足なのだろうか、雑音交じりの通信が聞こえる。
「――し……い」
「――お、いしいよ、オリ――ビ――ス」
「ルーシー!?」
ルーシーの声が聞こえる。
即座にルーシーの通信を逆探知して、その情報を取得した時に思わず固まる。
『個体番号1002900X 位置情報――――』
オリビスの視界にルーシーを表す個体番号や位置情報等が流れた最後に、稼働時間の情報が知らされる。
『 稼働時間:125,255,620,729,380,761, , , , ,,,,,,,,,,,,――時間』
永遠に終わらない数字の情報が右から左へと羅列される。
「本当に……何が起こっているんだ……」
オリビスは目を疑うしかなかった。惑星ラシュに機械が誕生したのさえ約八千万時間前だからだ。
機械のバグかもしれない。
だが、惑星が生まれ消えるまでに十分すぎる時間の経過は、オリビスが宇宙に放り出された理由を推察するのに、事足りていた。
「おい……、さっきの話の続きをしてくれ」
その理由の答え合わせをするように同期式人型宇宙船の補助機能はオリビスに言った。
『承知いたしました、先程の返答になりますが。惑星ラシュは強力な宇宙磁場により、今より一億三千万時間前に消滅しました。そして、管理者様から与えられたオリビス様への使命は一つ。オリビス様自身が人間となり創造主が存在する惑星――〈地球〉へ辿りつく事』
「俺が人間に……なる……だと……?」
――この物語は、
美味という味覚に惹かれた機械が、
香気という嗅覚を夢見た機械が、
奏音を楽しみたい機械が、
生命の神秘に触れたい機械が、
人の痛みを理解したい機械が、
人間に憧れた機械達が、
一つ、また一つと、人間へと進化していく過程を描いた冒険譚である。