96.インザル
「派手な爆発音だ…」
「インザル様。うるさくてすみません…」
「いや、いいんだニクス…。侵入者だろ?邪魔される方が困る」
「ありがとうございます。しかし、本当に逃げなくても」
「私に、始めた事を途中で投げ出せと?」
「………すみません。…ミラー。そっちの調子はどうだ」
「もう少し…、幻惑の魔法陣は描き慣れたもんだが、ゴブリンの頭骨の形状と相性が…」
「頑張れ、お前なら出来るさ」
「あぁ……」
ママル達が居た部屋から、2つの扉の先にインザル達はいた。
そこで王を完全に傀儡と化すための魔法薬を開発中だ。
初老の男、学者のインザルが理論を構築し、呪術師や、幻術師のミラーらが協力、そして錬金術師のニクスが完成させる。
そんな部屋の扉が不意に開くと、
ママルが1人で、魔法を唱えながら足を踏み入れて行く。
「≪レジデントマジックⅥ:魔法常駐化最大延長≫≪サークル:魔法円範囲化≫」
「!貴様!!!」
「≪アームパライズ:腕縛り≫………で、お前らは、何だ?」
「これはっ!インザル様!お逃げ下さい!」
「……私も、君達と同じ状態だ…」
「くっ、≪ビジョル:幻視≫!」
ミラーはその瞳をママルに向けて魔法を唱えるが、
ママルに全く効果は表れなかった。
「おい……次また魔法使ったら殺すぞ…」
「………ッ!」
ママルは、敵の情報を得たいと言う考えもあるし、
何より、先程ユリが心を痛める様な表情で心配してくれていた。
だから、虫を潰すように、嫌悪感で敵を殺すのではく、
人を殺すと言う事実を受け入れて、ちゃんと、自分の心を痛める事から逃げないようにしよう思った。
(自分が人を殺してしまったんじゃないかってショックもあるだろうに、
それでも俺の事を心配してくれるなんて…。ユリちゃんは本当に優しいよな…)
「お、お前はっ…こいつは…!アルカンダルの悪魔です!インザル様!!」
「……インザル…………聞いた事ある気がするな…」
「私は学者だ。……今は魔法薬の研究をしている」
「…魔法薬……お前がモンスター化の魔法薬なんかを作ったのか?」
「そうだ」
ママルは3人にアプライをかけるが、いずれもモンスター化していない。
「どうして……、モンスター化について、どこまで、…いや、何で知ってるんだ?」
「それを答える代わりに、まず、君について教えて欲しい」
「は?…今!この状況で!俺と交渉するつもりか?!」
「そうだ。私はな、正直なんだ。知識欲に勝てない。何でも試して、実践しないと気が済まないんだ」
「…こいつ……………………………何が知りたいんだ」
「君は、悪魔憑きか?」
「悪魔憑きって何だよ…。モンスター化した人の事か?それなら、そうじゃない筈だ」
「いや、一般的に言われるのはソレだが、そうじゃない。悪魔をその身に降ろしたのか?という意味だ」
「……そんな事をした覚えはない」
「そうか…やはり、まだこの地では叶っていないのだな…」
「何を?」
「悪魔召喚だよ。この大陸でだけ、未だに成し得ていないらしい。見てみたいなぁ…上級悪魔を…」
(この大陸だけ?!じゃあこの世界はマジでもう…)
「いや、だが、おかしい…君は…。まず、その顔を見せてくれ」
ママルは、インザルが話す言葉の続きを聞きたいがため、
そのフードを下ろし、カース・ウルテマ・ヘッドを外した。
消失する頭装備を見て、インザルは呟くようにまた話始める。
「………面白いスキルだ。そしてやはり、君のような種族は見た事がない…。私に、嘘をついているのか?」
「は?」
「す、少し、血を分けてくれ。いや、毛髪でもいい。この拘束も解いてくれ」
「良いワケないだろ…」
「私には、モノを解明するスキルがあるんだ。使わせてくれ!」
ママルは≪コーマ:昏睡≫を2度唱え、インザルを除く2人を眠らせた。
(随分ふざけた話だけど、俺の事が知れるなら、知りたいかもしれない…)
「まず、俺のスキルでもう一度お前を見る。だが、隠されていると見れない。
お前が全てを明かすなら、応えてやる」
「も、もちろんだ!!」
「………≪アプライ:鑑定≫」
●人間:学者:インザル Lv58 スキル:短眠 無心 エルシデ リーダ エクスペル 自傷
░░░░░░から得た情報から、世界の仕組みや悪魔について知る。
それらの検証と実験、実証に熱を入れている。
弱点:隠
(なんだ?何かが……、アプライで覚えた記憶から抜け落ちる様な……)
「………まず、スキル効果について説明しろ……」
「短眠と無心は常時発動型。前者は必要な睡眠時間が減る。後者は平常心を保つことが出来る。リーダは即読。高速で本が読める。エクスペルは約、月に1度、必要な物質を作り出せる。そしてエルシデが解明だ。物質を破壊する事で詳細を知れる。自傷は自分を傷つけるスキルだな。ついでに寝ている奴らは、錬金術師と幻術師だ」
(つらつらと…。………クソッ…嘘を混ぜられてたとしても解んねぇし…)
「モンスター化について、誰から聞いたんだ、どうして知ってる!」
「░░░░░░様だよ。だから、私は彼の言う事を聞いているんだ。
言われた通りの魔法薬を作るのも、アルカンダルへ行ったのも……。
もっと、もっと色々教えて欲しいんだ……。
彼は、全てを知っている…」
「待て、待て!今、何て言った?なんだ?聞こえてるのに…」
「あぁ、そうか、そうだった。解った。1から説明してあげよう。
そうでなきゃ、解らないからな」
(くそっ、なんだこれ…一瞬で忘れてるような、それが何だったのかも解らない……)
「名前とは、存在証明だ。神と共にあると考えている。スキルやクラス等もそうだ。名前があるから、そこに存在する」
「…いや、…色々思う所もあるが……名前のない赤子とか、いるだろ」
「名付けられていない人間の名前は、人間だ。野生の兎を見たとき、その名は兎でしかない」
「……………なるほど…」
「スキルを発動するとき、なぜその名前を口にする必要があるのか。と言う話だな。詠唱などと大仰な呼ばれ方をする事もあるようだが、実際はただ名前を呼んで、その存在を再認識することにより、肉体を再変化させているだけにすぎない。
スキルと言うのは、一時的な肉体変化だ。
例えば杖の先から炎が出せる体に、一時的に変化する。この場合、杖は基本的には照準と、より自身がその変化を受け入れるための触媒だな。
勿論、スキルを獲得した時と比べると些細な物だが。
新規で追加するものと、思い出す物とではその変化量は…」
「ちょ、待ってくれ……。いや、でも、無詠唱とかでスキルが発動出来る理屈が通らない…」
「無詠唱……実際に出来る者が居るのかは知らんが、理屈は通る。
例えば、獣でもスキルは使えるだろう。スキル名を正式に発声する必要はないんだ。言ってしまえば、自分がそう言う名のスキルを持っていて、そのスキルを発動するトリガーを引いた、と自認出来れば何でもいい。その最も簡単な方法がスキル名の発声。と言う訳だな」
「な、なるほど…………」
「スキルと言うのは、獲得した時、自分の中に眠るんだ。
それを名前を呼んだりして、その存在を自己の精神に再認識させ、呼び覚ます。だから発動する。常時発動型と言うのは、他のスキルとは少し理屈が違うが、
完全に自己の精神に刻み込まれた物だな。その肉体が完全に変化した証だ」
「……………納得してしまうな…」
「理解が早い様で助かる。では、彼の話をしよう。深い部分を話すと、きっと忘れてしまうので、あえて曖昧に話す。その理由も話す。良いかな?」
「………解った」
「彼は、この世界に居るが、居ない。2つの状態が同時に存在している。
そのため、自己の精神が、ここに居ると、そう信じない限りは彼の存在を確信できない。だから、先程の名前の話とは逆説的に、彼の名前を認識できないんだ。
認識するための方法は簡単で、彼のその姿を自らの眼で目撃して、
ここに居ると、自己の精神の根本が理解する事だ」
「………………」
「その存在を精神が認識出来ない限り、その肉体。つまり記憶にも刻まれないんだ。何度彼の名を聞いても、むしろ、深く知るほどに、その存在は消えていく」
(色々、気になる事はある。でも、これ以上知ろうとしても、余計に記憶から抜けるって話か…。まずは、姿を確認する必要があると…)
「これは、聞いても良いラインなのか解らないけど、………なんでそんなに存在が曖昧なんだ」
「それは私も知らない。彼はずっと、ずっと昔からこの世界を騒がせていると言うのに、直接向こうからコンタクトを取られるまで、私も存在を知らなかったんだ」
「くっ………」
「もっと知りたいだろ?解るぞ。私がそうだったし、今でもそうなんだ。
だが、今はそれ以上知ると危ない。今の話ごと記憶から抜け落ちるぞ」
「解る…。解るけど、………でも、こんな事のために、人が犠牲になっても良いだなんて思わない」
「犠牲………?」
「モンスター化の魔法薬で、一体、何人死んだと思ってんだ……」
「…?違うぞ。殺したのは私ではない。勝手に殺し合ったのだろう?」
「は?!モンスター化させるからだろ!!!」
「………。なるほど。まぁ、そうか………。
なぜ人は人を攻撃したがるのだろうか。そういう欲が、元々皆無であれば、
私が作った魔法薬など、効かないはずなのに…」
「………そんな人なんか………いるわけ……………」
「モンスター化をさせる魔法薬、最新型は、トランサーと言う名なのだが、
私は自分にそれを盛った。だが、モンスター化はしなかった…。
自傷スキルを獲得していた事から、確実に効果はあったのに。
モンスターに、なってみたかったなぁ…」
(こっ……。こいつは……イカレてるっ………)
あまりに純粋に、命をなんとも思っていない。
ただの知識欲と好奇心だけで命を弄んでいる。
まるで子供のような…、蟻の巣に水を流し込むだとか、
捕まえて籠に入れた虫に何の餌も与えずに放置するだとか、
蜘蛛とカマキリを戦わせて遊ぶだとか、
そういう無邪気さ故の邪悪さがある。
今の例えで言うのならば、自身も虫にすぎないと言うのに。
「さぁ、全て話した、君の事を、教えてくれっ」