95.傀儡
「陛下。何故、グラスエスの神殿を破壊する事にしたのですか?」
「ひ、ひ、必要、だと、言われたから、だ」
「誰にですか?」
「コ、コープスの知識を、くれた、連中だ…」
(やはりママル君達から聞いた、呪術師達か…)
「……コープス達を使ったのは、何故ですか」
すると、ヴォヌエッタ王は頭を抱え、苦しみの声を漏らす。
「ぐぅっ…。ゥゥ…。誰も、傷つかない、…そうだろっ!!」
「…確かに、我が国の兵や民も傷つきはしません。
ですが、死体に戦をさせるなど…、それは外道と言う物です」
「ぅ…ぅぅぅう!!うるさい!!」
「陛下!!」
「あ…あ…!!………あぁ……。どうか、家族の元に、送ってくれ……」
「!!王妃と王子が、どうされたのですか?!」
「あぁ~~…、あぁ、わ、私はッ!!ローゼッタ!!私を殺せ!!!!」
「な、何を……」
すると、ヴォヌエッタ王は急にハっと気づく様に、何かに応えると、
部屋の外へと駆け出した。
「!!!わ、解った!!今行く!!」
「陛下?!と、止めなければ!!」
「≪巣蜘血≫!」
メイリーのスキルが着弾する直前。それは1人の女が現れると、片手で受け止められ防がれた。
巣蜘血はその女の掌に飲み込まれるようにして消失する。
「ふん…行かせてあげなさいよ。お爺ちゃんがあんなに必死なんだからさ」
「き、貴様は…」
「この雰囲気…多分呪術師ですよ。気を付けて下さい…」
「あら、詳しいのね?」
ヴォヌエッタ王は、女を見るでもなく横を通り過ぎ駆けていった。
「はぁ…はぁ…ッ!シャーレン!」
――
呪術師デテリオの元に、ヴォヌエッタ王が駆けつけて来る。
「陛下。いけませんよ、勝手におしゃべりしては」
「はぁっ!はぁっ!す、すまない!!ど、どこだ!!!」
「王妃と王子なら、ここにいるじゃないですか」
「あ、あぁ!!シャーレン!!ヴァラン!!」
「それで?誰ですか?侵入者は」
「あぁ……シャーレン…こんなに冷たくなって…暖炉の前に行こう…」
「チッ………オイッ!!!!」
「!!!す、すまない!!!ろ、ローゼッタ!聖騎士隊の隊長だっ、それと、女が2人…」
「………まぁ、想定通りですね…。もう少し…。正気を保っていて下さいよ…。新しい魔法薬が完成するまで…」
(クソッ…。聖騎士如きが、抗って来やがって…、おとなしく罠にかかれば良かった物を…。ハイクラスのサンプルが手に入る予定だったのに。
それにこいつ…。ヴォヌエッタ…。急に狂いだしやがって…。
もう数か月は持つハズだったのに…。
まぁ、とりあえずローゼッタは殺してしまおう。
ドローニにはアレを持っていかせた。特効だ。
絶望するその顔を見れないのは残念だが…)
呪術師側の行動はこうだ。
元々は聖騎士隊をコープスとして手にしたかった。
だが、ハイクラスのコープス化はあまりうまくいかない事が多い。
それであれば、聖騎士隊を集めサンプルにしたいと言うインザルの言葉に従い、兵の招集を強行した。
聖騎士達がゴミになっても、技術さえ手に入れば良い。聖騎士は諦め、他のハイクラスを狙う。
だが予想以上に聖騎士隊は抗ってきた。王からの命令にさえ。
力だけはある馬鹿共だと侮っていたのに。
であれば、もしかしたら色々気づかれ始めているのかもしれない。
集められたのは一般兵だけだった、
その際集められた一般兵は、全てコープス化されている。
そんな折、ヴォヌエッタ王の様子がおかしくなり始めた。
予想通りだが、少し早い。
呪術師達は、豊かなヴェントで好きに暮らしたい。
だから王にはそのまま傀儡でいて貰わなくては困る。
ここでインザルが行う魔法薬開発の方針を切り替えた。
ハイクラスのコープス化から、ヴォヌエッタを完全に催眠状態に出来る物へと。
当然必要な物資も変わる。
結果としてインザルに言われるがまま、派手に動きすぎた。
計画があまり順調に進んでいない所へ、今の騒動。
デテリオは、ローゼッタの顔を思い浮かべては怒りを滲ませていた。
その横で、コープスとなっている王妃と王子に、ヴォヌエッタは懸命に話しかけ続けている。
様々な薬品と呪術を受けた王は、正気と狂気の狭間で、
まるで信じたい事だけを信じる様に、夢を見ていた。
――――
(なんじゃ…この。ヴェント城はもう、完全に敵の手に落ちておる…。
予想はしていたが、想定以上じゃ。
一部、使えると見られた人材だけが生き残っとるという感じか?…)
ユァンは更に3人の黒魔術師を背後から殺し、宰相オスレイの部屋の扉の近くまで来た。だが、扉の前にはまた黒魔術師がいる。
これまで出会った4人とは違い、大柄で筋肉が浮き出ていて、魔法士らしくない。
扉は長い通路の突き当りにあり、隠れて進むことは出来ないため、仕方なく姿を現した。
「≪スティル:鋼体≫!」
(俺を視認するなり魔法を…、ちゃんと戦闘経験がある奴もいるか…)
「ジジイ、もしかして接近戦タイプか?」
「…なぜそう思う」
「鋭利な気力を感じる」
「ふむ…」
「殴り合おうぜぇ!!」
そう言って構える黒魔術師からは、ギチギチと異音が鳴っている。
「先ほどの魔法は、自身の体を硬化するものと言った所じゃろか」
「そういう、ワケだ!!」
鋼鉄の肉体と化した拳を往なす。
その破壊力は、一手ミスれば大怪我してしまいかねない。
さらに、ユァンの打撃は殆ど意に介していなかった。
(思ったより硬い…。近接戦闘タイプの魔法士とは。面白い奴ではある。が)
ユァンの気力操作による気力は、肉体の外だけに発するのではない。
体の内側、筋肉や骨、関節にまで作用させられる。
その右の手首から先を伸ばし、内側から完全に固定すると、
両足の指先から右前腕までの筋肉を引き絞った。
(この一撃で、貫く…)
「ガゾン。なんか面白そうなことしてんな?」
「!!!!」
ユァンの背後から、また1人の男が現れた。
ガゾンと言うのは今戦闘している、硬化の魔法を使う男の名だ。
「ペンタス様…。邪魔しないで下さい、今良い所なんだ」
「そうか?まぁいいぜ、じゃあ俺は観戦すっから、続けてくれ」
「……………………」
ユァンは、魔力を測る事は苦手だ。
そのためペンタスと呼ばれた男が、どの程度の実力かは解らない。
だが、今のこの状況と会話から考えるに、おそらく呪術師だろう。
戦闘するにせよ、苦戦は必至。まずは目的を遂行しなくてはならない。
ユァンはその速度でもってガゾンを躱し、オスレイの室内へと強行した。
「逃げっ、ジジイ!!!」
「おい、何素通りさせてんのよ」
「すみません!!」
ガゾンは直ぐさまユァンの後を追う。
即座に閉められたオスレイの部屋の扉に手をかけ、開いた瞬間。
ユァンが飛び出し、ガゾンの首を貫いた。
「ヒューッ!やるじゃん」
「……オスレイはどこじゃ…」
「教えるワケなくね?」
「……………」
「≪呪詛・」
ペンタスがスキルを唱え始めた瞬間に攻撃を仕掛ける。
だが、ユァンはその手を止めた。
(なん…じゃ、こいつを、攻撃したくないっ)
即座に迂回してペンタスを通り過ぎ、そのまま廊下を曲がり視線を完全に切る。
魔法士との戦闘では常套手段だ。
先程ガゾンを殺したユァンの技を見た直後であれば、この曲がり角に姿を現す事は躊躇われる筈。
(今の嫌悪感は一体…、何故俺は攻撃を止めた!)
「不体苛・反転≫」
「うっ!!!ぐあっ!!!!!」
ユァンの右脚は、全ての関節が逆に曲がり始め、その場に蹲る。
「俺の呪術はさ、対象を決めればいいだけ、見続ける必要なんかない」
そんな事を言いながら、ペンタスは姿を現し、ユァンの元へ歩く。
(な、何とか気力操作で抗っているが、足の指が殆どイカれた…っ)
「遠隔で出来るのが、呪術の真骨頂ってね。で、あんたは何者よ?」
「……お、教えるワケなくね?…じゃ…」
「≪捻転≫」
「!!!!!ぐっ!!!」
今度は捻じれる様に曲げられる。
急に力の入れられる方向を変えられ、今度こそ右膝が折れた。
「≪反転≫」
そしてまた、今度は左脚に負荷がかかる。
「ぐっ…く………」
「さ、全部話しちまいな?やべー状況なのは解るだろ?」




