94.憐憫
ユリの≪人避けの守り:人認識阻害≫は、ユリを中心として家屋一軒を包めるくらいの範囲で展開されるが、ユリ自身が大きく移動している場合、その範囲は半径約2メートル程度まで狭まってしまう。
そのため、ディーファンの時はテフラが負ぶっていたし、
今回はママルと手を繋ぎ距離が離れないようにしていた。
「結構長いね…、ちょっと急ごうか…」
「いや…、何か様子が…、少し止まってくれ」
「ど、どしたの?」
「………あの、鼠。妙じゃないか…?」
通気口のような小さい通路から、こちらを見る鼠がいる。
「≪パラライ …くそ、逃げられた…。何が変だった?」
「ジッとこちらを見つめておった気がした…。気のせいだとよいのだが…」
――
「おい、侵入者だ。俺の鼠が捉えた。2人だ。スカア、頼む」
「どっちだ?」
「裏口の方だ」
「解った…≪ディテクション:探知≫」
≪ディテクション:探知≫は狙った方向、想定した対象の位置情報を探ることが出来る。
「……?誰もいないぞ…」
「あ?そんなハズねぇだろ!」
「スキルに反応がねぇんだよ!お前の鼠がイカれちまってんじゃねぇのか?!」
「てめぇのスキルがイカれてんだろ!」
「おい、騒がしいぞ、まだインザル様が実験中だ」
斥候のスカアと、獣使いのスタドが言い争いをしている声を聞き、
更に奥の部屋から現れたのは錬金術師のニクスだ。
学者のインザルの右腕を担っている。
「ニクス、それがよ…」
「なるほど…………、例えば獣では探知できて、人では探知できない、
そういうスキルを使っているのかもしれない……」
「なるほどな…」
「お前らは侵入に備えろ。人の気配がなくとも良い。
扉が開いた瞬間に攻撃するんだ」
「そういう事なら、あいつに任せようぜ、いるんだろ?隣に」
「………あぁ、それもそうだな、呼んでこよう。俺はインザル様の元に戻る」
そして黒魔術師のプロガが姿を現す。
「はは、良いな…そろそろまた誰かぶっ殺したかったんだ…。
お前らも見ていけ、人が爆死するのは、見ててスッキリするぜぇ」
プロガは杖を構え、扉が開かれるのを、今か今かと期待して待つ。
スカアは、そんなプロガを眺めながら思う。
(黒魔術なんて、殺しにしか役に立たないクラスの奴が…。
なんで俺達は、そんな奴らに従ってるんだ…。インザル様は、何を成したいんだ…。貴族への道が途絶えた時点で、俺も逃げるべきだったかもしれねぇ…)
――
「ドアだ……。俺が開けるから、ユリちゃんは下がってて」
ママルは小声でそう伝えると、1人扉の前へ歩く。
「待て……。微かに、魔力の流れを感じる…」
「人がいるってこと?」
「かつ、何かしらの魔法を、使おうとしている…そんな感じだの…」
「ど、どうしよ、俺が盾になろうか?」
「う、うむ……まぁ、それがよいのかもしれんが…流石に…」
「いや、絶対大丈夫だから、心配しないで」
ママルはそう言いながら、扉を半分程開け、中を覗こうとした瞬間。
プロガの杖の先から魔法が放たれた。
「≪グレネード:爆火榴弾≫!!!」
石の通路ごと破壊するつもりで、扉の先を狙って放つ。
だが、その杖先から僅か20センチ程先に、ユリの無詠唱の魔障壁が展開された。
≪先眼≫によって、魔法が発動された瞬間の魔力波、
そして赤黒い色を感じ取り、反射的に発動したのだ。
魔障壁に接触した瞬間、その魔法の威力により障壁は粉々に砕け散る。
だが同時に、グレネードの魔法効果である爆発が、魔障壁への着弾地点で発生した。
スカア、スタド、そしてプロガは、その爆発に巻き込まる、
爆破耐性を持っているプロガ自身でさえも、
その攻撃衝動から過分に魔力を込めていたため、
体の前面の肉が削がれ絶命し、
残る2人の体はバラバラに四散した。
そして爆発の余波はママル達の通路にまで及びそうになるが
ユリが咄嗟に理障壁で扉ごと抑える事によって防がれた。
衝撃音が鳴り響く。
「うおっ!!!!?!!!」
「!!!!…………」
「ユリちゃん?!大丈夫!?」
「あ……、あぁ…」
「なんだ?爆発って…、事故ったのか?」
ママルはそんな事を言いながら、半壊した扉を退かして室内へと侵入する。
煙に包まれた景色が、徐々に姿を現す。
「…………、わ、……わしの、…魔障壁で……」
「あ~、爆発魔法とかを魔障壁に着弾させた感じ?」
「…………………」
ユリは、飛び散った3人分の、人間の血や肉片を見て呼吸が荒くなる。
「はっ…はっ…はっ………っ……」
「ユリちゃん?」
「あ……。あぁ…、だ、大丈夫だ…」
「………………………もしかしてだけどさ…、自分が殺したとか思ってる?」
「……いや、……わ、わしがやったのだ………」
「違うよ」
「ち、違くないだろ!!」
「………違うよ。ユリちゃんは、守っただけ、こいつらが、自爆したんだ」
「そっ、そんな言い訳はっ」
「魔障壁だけでは人は殺せない。こんな魔法を使ってきたこいつらが悪い。そうでしょ」
「………っ。そう、では、あるが……」
「お願い………。ユリちゃんは、俺みたいにはならないで」
「…………お主、どう言う…?」
「気づいたんだ……。そりゃ、俺の殺しを正当化するための理由なんて、
言おうと思えばいくらでも言えるけど…。でもそう言うのとは別にさ、
もう、ぶっ壊れ始めてるんだよ。俺の倫理観ってのが」
(命なんて、本当にあっけないものなんだ。だから、俺は俺が守りたい人だけでも守りたい)
そう言いながら歩き出すママルの服の袖を、ユリが遠慮がちに握った。
「ママルよ。やめとくれ…。そんな風に己を謗るのは…」
「…でも、ほんとの事だから。この前の野盗を殺した時なんか、……なんとも思わなかったんだよ」
「…………すまない。わしは、やはり、全部、お主に押し付けておる…」
「俺がそうして欲しいんだから、良いって」
「………この、凄惨な光景を見ても、本当に…何とも思わないのか?」
「……思わない」
実際は、当然思う所はある。
グロい。エグい。気持ち悪い。悲惨だ。憐れだ。怖い。
だけど、そんな感情をいちいち感じ取っていたら、持たない。
だからいつしか慣れる様に麻痺し始めた。
人の感情とは、不便に出来ている。
そんなママルの声を聞いたユリから、絞り出すような声が漏れた。
「………すまない……」
「いや、ごめん、ユリちゃんの方が辛いでしょ。俺の事は気にしないで…進もう」




