93.ユァン
ママル達一行は、城の近くの民家、その地下へと移動した。
そこで1人の男が合流する。
正に先程聞いた、土系魔法を使う建築家の1人だ。
「そろそろ時間だ、始めよう…。ゾーグラ、頼む」
「解りました。どうかお気をつけて…≪ディギィ:土堀≫」
男が魔法を唱えると、地下の土壁に穴が開いていく、
土の大半は掻き出される事なく、周囲の土に圧縮されて行っている様だ。
簡単に地下道を掘れるとは言え、勝手に掘り進む事はこの国では重罪だ。
城の付近なんて事になれば、見つかったら死刑も十分あり得る。
人1人が這って通れるだけの穴が十数メートル開き、その行き止まりは石壁となっている。
「ちょいっとな」
先頭のユァンがそんな事を言いながら石壁を素早く数回突くと、
石壁は四角形にくり貫かれた。
全員が穴を抜け、石造りの通路へ降り立つと、くり貫いた石壁をピタリと元の場所にはめ込み、ゾーグラが元の部屋から魔法を唱える事でその穴をキッチリと塞いだ。
ここまでと、この先、ある程度の地点までの段取りはママル達も聞いている。
この石造りの通路は、王室から外へ逃げるための緊急通路で、海岸方面へと続いていて、ここから王室への通路は、途中に城の中庭に抜ける分かれ道がある。
当然通常の出口は塞がれているし、見つかる可能性も高いため、
こんな手順を踏むことにした。
だが、その分かれ道に辿り着く前に、また一つ通路が現れた。
「情報にない通だのう。見るからに新しい」
「ローゼッタさん。どうしますか?」
「………目的地以外に戦力を割きたくはないが、何かがあるのは確実だね…。
物によっては、むしろそちらにも戦力が割かれているかもしれない………。
2名、行ってくれないか?その先でまた分かれ道があった場合は、一方は無視して良いし、危険を感じたら引き返して、合流を優先してくれ」
「……まず、俺とメイリーさんは別れた方が良いな。モンスターを判別出来るからね」
ママル達の能力はローゼッタ達には軽く話してある。
「わしとママルで行こう」
「お、おう…」
「戦力を均等に割った場合こうなるだろ?それにメイリーの能力的に2人組には向いていないからの」
ユリが言うメイリーの能力とは、潜闇の性質やメイリー自身の体力の無さだ。
終着点の解らない道では不安が残る。
「なるほど…、そうですね、それが良いかと思います」
「わ、解ったわ!頑張ってね!!」
「承知した。では、よろしく頼んだよ」
「行って来ます」
「お主らも、気を付けろよ」
ママルとユリを見送り、ローゼッタ達はそのまま歩き続けると、
中庭に抜ける分かれ道をユァンが1人進んで行った。
3人は暫く歩くと螺旋階段に辿り着き、これを昇ると天井に扉が現れる。
この先が城の3階にある王室へ繋がっているはずだ。
「少し下がっていてくれ………」
ローゼッタが剣を振り、天井扉の錠を破壊する。
そのまま扉へ覆いかぶさっていたカーペットと机、椅子を扉ごと力技で退かすと、
即座に3人は王室内へと踊り出た
「!!き、貴様は……!」
「お久しぶりです………。ヴォヌエッタ王陛下」
「あ………、あぁ……そうか…」
「………王妃は、ご一緒じゃないのですね」
「ローゼッタ…、ようやく……」
「ようやく?」
不可解な反応の王を前に戸惑うローゼッタを見て、メイリーが口を挟んだ。
「ぁ‥、あの、この人、モンスターじゃないわよ?」
「何?!」
「聞いてた話と違いますね……」
想定では、敵が待ち構えていてもおかしくはないと思っていたのだが、
それどころか、侵入の際に異音を発したと言うのに、衛兵などがやってくる様子もない。
「…………陛下。話をしましょう」
――――
中庭に出たユァンが目指すのは、
宰相のオスレイと大臣のジョルジュの部屋。
どちらも今はこの城にいるはずだ。
直接今回の騒動に関わっているかは解らない、
だが以前からいくつもの黒い噂を聞いていて、その裏がとれた今、
街が混乱するだろうこの機会に乗じて暗殺してしまおうと企てた。
(なんじゃ…、おかしい。流石に、人が居なすぎるな…。
遠目からの城内視察では、衛兵等も普通におったと思ったが…)
ユァンは身を隠しながら、ジョルジュの部屋の前に辿り着く。
(………室内に、人の気配は感じられる…。行くか…)
「≪巧緻操気≫…」
ユァンが使用できるスキルは、今使ったコレただ1つだ。
約15分の間、超精密な気力操作を行える。
そして他の技は、自らの体術のみを使って行う。
サイフゥが扱う拳法は、これらをギリギリスキルへと昇華させないための技術を体得していた。
スキルとなれば物理現象をも超越し、数段強力な技を放てる。
代わりに、わざわざ技名を発声しなくてはならない。
近接戦闘や暗殺とは相性が悪いし。人を暗殺するのに、それほどに強力な力は必要ない。
鍵穴へ人差し指を押し付けると、その中へ向かって気力が形作られる。
それを捻り開錠すると、室内へと侵入した。
ベッドで眠るジョルジュの元へ音もなく近寄り、
その心臓へ向かって手刀を押し当てようとした。その時。
ユァンが入った扉から1人の男が入って来た。
「困るなぁ。そいつはまだ生かしておいてくれないと」
ユァンはゆっくりと、声の主から数歩距離をとる。
一見後ずさっている様に見えるが、絶妙な距離を作っているのだ。
「おんしは…」
「感知したぜぇ?俺の魔法でな」
「な、なんだ?!」
ジョルジュが目を覚まし、周囲の様子を伺うと、そんな声を上げながら部屋の隅へと逃げた。
「あぁ、輩だ。大丈夫さ、俺がちゃんと殺すからなぁ。……≪ツォーン:棘刺≫!!」
男がスキルを唱えると、ユァンへ向かって杖から魔力の棘が飛び出したが、
その瞬間には、ユァンは男の背後へと移動していた。
「ふむ…魔法が視認出来た。例の黒魔術師か…」
「なっ!!い、いつの間に!」
「無音の短距離高速移動術、抜き足じゃ」
大仰な物言いで相手の意識をユァンの速度へと向けると、男は焦ってスキルを唱える。
「ペッ!≪ペネ:貫/ゴッ…ッ!!!」」
男が攻撃魔法を唱えようとした瞬間、
ユァンの指先がその喉を突き、発声が止まる。
そこから即座に、眼球、脛、鳩尾、肩口、金的へと連撃を浴びせると、
男は一瞬で、自身を守る魔力が底を尽きた。
そして、ユァンの指が男の喉へと突き刺さる。
「ゴふッ……ッ………!」
「遅い……」
スキル名を唱えるのに、短くとも1秒弱かかる。
技を使おうと思ってから1秒のタイムラグ。超近接戦闘においては、致命的な遅さだ。
ユァンは相手の喉に突き刺した指先に気力を込めると、そのまま真横に首を掻き切った。男はまともな発声は出来なくなり、頸動脈は切断され、意識が飛んだ。もはや死を待つほかない。
(ふむ…魔法の攻撃力は高そうじゃったが、魔法士が狭い屋内で近接戦闘を許すなど…。実戦値が足りないと見える。この程度の者達なら、1対1で戦えたらなんとかなりそうじゃな)
「ま、待て!助けてくれ!!」
ジョルジュの必死の懇願も、ユァンは無視して近づく。
殺すと決めた相手と会話はしない。
「私は何もしてない!!本当だ!!」
ユァンはジョルジュのこめかみを突いた。
突き刺さった極細の気力の針は、その頭の奥で無数に枝分かれし広がる。
散華と言うその技は、≪巧緻操気≫が発動中のみ使用できる。
「おんしの罪を、いちいち並べ立てろと?裏は取れとるんじゃ。あの世で悔いろ」




