9.ママルとロニー
「ところでお前、名前は?」
「えっと、ママル、です。」
「姓は?」
「えっと、無い、です。」
それを聞いた男は、とりあえず貴族とかの者ではないと一安心した。
姓を名乗る事が出来るのは貴族だけだし、そいつらの持ち物、つまり奴隷でも、
それと解るような姓がつけられるからだ。
「お兄さんは、名前なんて言うんですか?」
こういう場合は、ちゃんと聞き返すのが礼儀のような気がしたし、
さっきから相手のペースに飲まれて、こちらが聞きたいことを聞けずにいるので、
会話ターン入れ替えのきっかけを探していた所だった。
「あ?‥あぁ、ロニーだ」
「いえ、その、気づいたら森の中に倒れてまして、ようやく人と会えて安心しました」
「は?まじかよ」
「えぇ、なので、まずこの辺りの街に向かいたいんですが」
「アルカンダルか」
「え?えぇ、そうです、そうです」
(アルカンダルという街があるのか)
「アルカンダルに家族が?」
「あ、いえ、天涯孤独なんですが、まぁそこで普通に仕事でもしようかなと」
「なるほど…」
「それで、アルカンダルってどっちの方角ですか?」
「あ~…………………」
(あれ?何かミスったか?)
「あの……」
「おーい!」
ロニーはママルを無視して、前方にいる男2人に向かって手を振っている。
2人は明らかに驚いた顔をした後、訝しんだ目線を送ってくる。
ロニーはママルに気づかれることなく、視線で2人に合図を送りつつ、
特に意味のない会話を始めた。
「迷子だとよ~」
「はぁ?子守でもしろってか?」
「いや、なんか色々聞きたい事があるんだと」
「この辺で獣人なんか見てねぇぞ~」
徐々に2人に近づいて行く。
直後、ロニーはママルの背後に回り、その背中を思い切り蹴飛ばした。
ママルは何が起こったか解らないまま、衝撃で地面にうつ伏せに倒れこむ。
とっさにそのまま起き上がろうと片足立ちの姿勢になったところに、
前方の2人から剣を突き付けられた。
「動いたらどうなるか、解るよな?」
「……は?」
「大人しくしとけよ。ロニー、そのまま縛ってくれ」
「あぁ。悪いな、終わりだ」
(なんだ?こいつら?)
「いやぁ、おもしれぇもん手に入れたな、ボスも喜ぶんじゃねぇか?」
「丁度今日フローターでボスから聞いたぜ!あらゆる種族の子供!いい値がつくってよ!」
「ハハハ、じゃあこんな見た事もねぇ獣人、最高じゃねぇか」
言いながらロニーは縄を手に取った後、ママルの手を掴み縛り上げようとした。
「≪アプライ:鑑定≫」
●人間:盗賊 Lv19 その他不明
「何だって?」
(良かった!弱い!でもちゃんと隠してるな)
「なんだ?!こいつっ!手が!動かせねぇ!おい!手を後ろに組め!」
「≪アプライ:鑑定≫」
●人間:盗賊 Lv18 その他不明
「てめぇ、魔法か?!何してやがる?!状況解ってんのか?!」
無視して振り向き、もう一度。
「≪アプライ:鑑定≫」
●人間:盗賊:ロニー Lv22 その他不明
「なんでレベルと盗賊は隠してないんだよ」
「何言ってやがる!ちょっと痛い目見てもらうぞ!!」
そう言うと、正面にいた二人が剣の柄や腹で殴りかかってきた。
痛くはないが、右へ左へと体が揺れる。
(鬱陶しい~~~~、でもなぁ…なんか、人間殺すのもなぁ……)
「≪サークル:魔法円範囲化≫≪ヘッドパライズ:頭縛り≫
≪サークル:魔法円範囲化≫≪アームパライズ:腕縛り≫
≪サークル:魔法円範囲化≫≪レッグパライズ:足縛り≫」
盗賊が3人ともまさに動き出そうと言う格好のまま、全く動けなくなった。
正確には、胴体だけは動かせるが。
「あ~!あ?あ、あ、あ、」「ん~~!んぐん~~!!」「うううっうっ!」
全く動かせない口で、それぞれがなにか言っている。
「うわっ!ゾンビみたい」
つい口をついて出てしまったママルの悪態を聞き、盗賊達は黙り込んだ。
「よし。っと。さて、じゃあロニー、せっかくだし、お前だ」
とロニーを見ると、丁度まばたきでもしたのか、目が半開きになっていた。
「あらら、今からお前の魔法だけ解くから、デカい声出すなよ、良いな?」
「≪リリース:呪力反転≫≪ヘッドパライズ:頭縛り≫」
「はっ…はっ…はっ…お前、何した!おい!」
「デカい声出すなって」
ロニーは混乱からつい大声をあげてしまったが、
未だ手足は微動だに動かせない事。
そして何より3人でボコボコに殴ったはずのママルが無傷でいる事に気づいて血の気が引いた。
何か、得体の知れない物に出会ってしまったのではないか。
今、目の前のこいつを怒らせてはいけない。
「は…、はい、すみません…」
「じゃあ、質問に答えてもらっても、いいかな」
「ど、どうぞ……」
「アルカンダルへの方角と距離は」
「ほ、北西に、フローターで3日ほど…」
「え、っと。…どっちが北西?それとフローターって」
尋問めいた開始だったはずが、前提知識がそもそも全く足りないため、
子供が大人になんで?なんで?と問いただすかのような、珍妙な雰囲気のもと会話が進んでいく。
ある程度話が進み、得た情報をまとめる。
ここはサンロック国の一部、シェーン大森林で、
ここから北に世界樹と呼ばれる大樹がある。
おそらく俺が目指していた場所の事だろう。
そこから西に行った先に、サンロック国の王都、アルカンダルがあるとのことで、
王都以外の村などは、基本的に丁度アルカンダルを挟んで反対側の方で栄えているらしい。
人間の他に、エルフ、ドワーフ、ワーウルフ、ワーキャット、リザードマン、オーガ等々多様な種族がいるが、
基本的には人間が一番上の立場だとか
ロニーいわく、人間だけが積極的な侵略を行うから、だってさ。
俺を捕まえようとしたのも、珍しいからとだけ言ってたが…。
(売り飛ばす気だったんじゃないだろうな…
こいつに都合の悪い事だと、嘘をつかれるかもしれない。
俺には正誤の判断できないし…。
うぅむ、なんかもっと聞きたい事あったはずなんだが…)
「も、もういいだろ…見逃してくれよ、お前、いや、ママルだって、大して怪我してないだろ?」
「あ~、いや、待て、ここはお前ら盗賊のアジトかなんかなのか?」
「…そ、そんな感じだ…」
これから手に入れる予定だから嘘ではない、それにこの盗賊団についてや、
今行っていることを言うわけにはいかないと、
ママルへの恐怖と、グスタフへの忠誠の間で揺れたロニーなりの最善の答えだったが、
ママルはあっさりとその言葉を信じた。
(延長魔法も使ってないし、縛り効果は多分そろそろ解ける頃だな)
「そっか…、じゃあとりあえず、いいや。
≪サークル:魔法円範囲化≫≪コーマ:昏睡≫」
眠らされた3人は、ほどなくして縛り効果が切れると地面に倒れた。
「あ痛そっ!まぁ鍛えてそうだし、地面も土だし大丈夫か」
昏睡状態は、外部から強力な刺激を与えない限り、1日は目が覚めない。
(いや、この世界でどのくらいの時間目が覚めないのかは確かめてないな…。
まぁ人を騙し打ちしてきたような奴らだし、このくらいの罰はあってもいいだろ、
運が悪けりゃ死ぬけどさ。
折角ここで初めて会った人間が、こんな奴らだったなんて…。
この村も気になるけど、盗賊のアジトならもういいかな…
王都への行き方もだいたい解ったし)
そう思ったら、急に足が少し震えて来た。
人に面と向かって敵意を向けるというのは、こんなに怖い事だったんだ。
それなのに、平気で人に危害を及ぼせるこいつらは、一体なんなんだろう。
(立場が上だと思ってたにしても、騙して殴りかかって捕まえるなんて。
そりゃ、元の世界でもそういう、平気で人を傷つけられる奴らは山ほどいたけどさ)
考えると、どんどんムカッ腹が立ってくる。
だからと言って、寝ているこいつらを殺す覚悟はない。
(なんか…最悪な気分だな…)