84.野盗
「そ、そろそろ降ろしてやったらどうだ?」
「え?どうして?」
「いや…、その、こやつは、女子に遠慮する性質があると判明したでな…」
一行が乗る馬車は、ヴェントまでの公道を走っている。
草原の中に轍が出来ていて、左手側には森が見えた。
「メイリーさんが抱き抱えてから、一言も発してませんよ…」
「あ、そ、そうかも…ママルちゃん、ごめんね?」
そう言われて、ようやくママルは解放された。
「…………………」
「おい、お主。まぁ、その、良かったではないか?」
ママルは正直、良かった、と思ったが。
流石にそう言葉にするとキモさが出てしまうと思い、口には出来ない。
代わりに、今更無難な挨拶の言葉を口にした。
「ま、まぁ、メイリーさん、これからもよろしくね…」
「うんっ!!えへへ……」
すると、テフラが冷静な意見を差し込んで来る。
「あの、いや、良いんですけど、メイリーさんにもっと色々、
事情を伝えておいた方が良いのでは…?」
「うぅむ…それはそうなのだが………、まず直近だな、なぜわしらがヴェントに向かっているか」
「あ、あぁ、そうだね、それは言っておいた方が良いね…」
ママルとユリは、コルセオでの出来事を簡単に伝えた。
「まあ!じゃあテフラちゃんが私のために!頑張ってくれたの!!」
「え、いや、まぁ、そうと言えばそうですが…」
「ありがとぉ~~~っ!!」
メイリーがテフラに抱き着くと、テフラはメイリーの顎を撫で始める。
「なんか…おっきい子供みたい…」
「解ります…、いや、そうじゃなくて、メイリーさん!」
「ん~~~?なあに?」
「ヴェントに着いたら、まじで結構ヤバい事になりそうな」
「待て!」
ユリが気力波を感じ取り、声を上げたのとほぼ同時に、
馬の断末魔が響いた。
「は~い、ちょっと荷物検査で~す」
幌の外から、そんなふざけた声が聞こえて来ると、御者は恐怖しながら答える。
「な、なんだ!盗賊か?!ヴェントの近くでこんな事をして!平気だと思ってるのか!!」
「くっく、兵士様にお祈りして見な?きっと来ねーからよぉ」
「≪パラライズ:金縛り≫」
御者に近づいてきた盗賊に向かって、幌から顔を出したママルが魔法を唱えた。
「御者の方…、一旦中に、皆が守ってくれます」
「あ…あぁ!大丈夫なのか?!!」
「任せて下さい」
「か、感謝する!!」
そのまま身を乗り出すと、もう1頭の馬が暴れて大変だったので、
一旦≪コーマ:昏睡≫で眠らせつつ、ゆっくりとその頭を地面に降ろした。
そして盗賊に向かって吠える。
「おい!馬を殺したのはどいつだ!ぶっ殺してやっから出て来いよ!!」
「あぁ?なんだこのチビ……いや、ジーフと、馬に何をしたんだ?!魔法か?!」
「≪バニシック:燃焼≫」
麻痺状態になっている盗賊へ魔法を唱えると、その全身が焼かれて行く。
「な!なんっ…てめぇ!」
「≪バニシック:燃焼≫……で、どいつだ?お前か?まぁ、どっちみち全員殺すけどな…」
目の前の盗賊を焼き、さらに弓を持った盗賊に向けて水晶を構えた。
――
「あ、あの人はモンスターだけど、そこの死んだ人は、モンスターじゃないわよ…?」
「…メイリー、顔を引っ込めよ。…お主のモンスターを見極めるスキルは非常に優秀だが、それだけに頼ってはいかんで」
「そうなの?」
「メイリーさん、ディーファンの敵のアジトで、
モンスターじゃない女に襲われたのを覚えてませんか?」
「あ……そうね…そうだったわ………、難しいわね………。
あ、でもモンスターは殺した方が良いのよね!私も行ってくるわ!!」
「お、おい!…まぁ、大丈夫、なのか?」
「メイリーさん、ちゃんと強いと思うので大丈夫ですよ。
私達は、ここで待機してましょう」
「そうだな…≪守静陣:不可侵結界≫、もしこの結界が破られたら、テフラ、頼んだで」
「解りました」
そんなやり取りや、ユリのスキルを見て御者が呟いた。
「き、君達は一体…あ、ありがとう……」
――
「お、俺じゃない!!そこの杖を持ってる奴が!」
「てめぇ!!仲間を売ってんじゃねぇ!!!」
「あひいいいぃぃぃ!!!」
5、6人をいとも容易く殺したママルを見て、
盗賊達が散り散りに森の方へ逃げ去って行く。
「≪サークル:魔法円範囲化≫≪バニシック:燃焼≫!くっそ!逃げんな!!」
サークルの両端に居た3人を取り逃した。
(範囲拡張も使えば良かった!)
「≪バニシック:燃焼≫!」
「≪巣蜘血≫!」
メイリーの両の掌から真っ赤な糸が伸びると、それぞれ盗賊に絡みつき、
それをそのまま足元へと引き寄せた。
(なんだこの赤い紐…魔力で出来てるのか?そういえば前も見た気がするな)
「あ、ありがと…、その2人で最後かな」
「こいつは殺すの?モンスターじゃないのだけれど…」
「え、…まぁ、うん。やっちゃって良いよ、どうせろくな奴らじゃない」
「わ…。解ったわ……」
メイリーは、ゆっくりとナイフを構える。
すると、身動きの取れない盗賊が口々に声を上げる。
「ひっ!た、助けてくれぇ!悪かった!もう、もう盗賊なんてやらねぇから!」
「お、俺もだ!反省してる!助けてくれ!」
「頼むぅ!!悪かったぁ!!」
「死にたくねぇ!!やめてくれぇ!!」
「………………」
「なんだか…、可哀そうだわ……」
ママルは、縛り上げられている2人にそれぞれ≪レティス:沈黙≫を唱えて黙らせた。
「盗賊なんてのは、何の罪も無い人から平気で奪うくせに、一丁前に自分の命だけは大事なんだよ。だからこうやって命乞いはするんだ……≪バニシック:燃焼≫」
焼かれた盗賊が、声も上げられないまま藻掻き苦しむ。
そんな姿を見て、もう1人の盗賊は恐怖に震えている。
(可哀そうか…。でも、俺はシイズやテフラさんの故郷の話を忘れてはいない。
生かしといて良い存在じゃないんだ…)
「こ、こいつはモンスターだから…、私がやるわ…」
「いや、いいよ別に、俺が」
「いえ…。その………で、出来るからっ!」
メイリーの様子が少しおかしい。
(モンスターではなくなったから、人殺しを躊躇っているのか…そりゃそうか)
「私の目には、前と変わらず、蛆虫が映っているの。気持ち悪いし……、悪い奴なんだから!」
ナイフを盗賊に宛てがうと、そのまま力を込め、ブスリと心臓を貫いた。
「っ…、出来たわ。良かったぁ…」
「嫌なら無理しなくても良いよ?」
「いえ、大丈夫よ!私だって役に立つのよっ!」
その後、御者は2頭いたうちの生き残っていた1頭の馬に乗り、
コルセオの街へと引き換えして行った。
盗賊が出た事を知らせたり、荷台を回収したりしなくてはいけないし、
死体の処理もやっておいてくれるとの事だ。
ママル達も一度、一緒に戻るかと言う話も出たが、
せっかく半分程度まで来たのだしと、残りの道は歩いて行く事にした。
ヴェントに着く前に、また1つ村があるらしいが、
獣人が行くのはオススメしないとローゼッタが言っていたのでスルーして行く予定だ。




