83.メイリー
その日の晩、宿の部屋の中でちょっとした宴会をする事になった。
元々は2人部屋に宿がベッドを1つ追加してくれてたので、
今は2人部屋に4人がいる状況だ。
「今更だが、4人だと流石にちょっと狭いのう」
「ふふっ、私は賑やかで好きですよ」
「メイリーさん、その、どうやってここまで来たんですか?」
「……私の、潜闇って言うスキルは、暗い所とか、狙った人の影とかに潜って、
そこから出て来れるのよ。だから、一旦ママルちゃんの影に入ってね。
でもなぁ、外にいるとイライラしちゃうからなぁ、って思って」
「それでずっと潜ってた?」
「ぅ…うん。それに、ママルちゃんの近くにいると安心出来てね、
魔力はもう覚えてたから……。それで、もう、このまま、
真っ暗い中で死んじゃおって思って…、眠ってたわ。
そしたら、その魔力がもっと近くに来て、良かったぁ、って思ってたら、離れて行って」
「それでお主は、ママルを取られた感じがして起きたんか」
「え…えへへ…」
「なんで照れとるんだ?」
「…ふ、2人も…ぉ…お友達になって欲しいな…」
「ははっ、変わった奴だのう。わしはユリだ。よろしくな」
「私はテフラです。よろしくお願いします」
「やったっ!ユリちゃん!テフラちゃん!!」
「ちなみに、魔力覚えたって、もしかして俺、斬られてた?」
「そ、そんな事しないわ!斬ると直ぐに覚えられるってだけなのよ?本当よ!」
「あ、あぁ、そうなんだ…」
ママルは少し冷やりとしたが、杞憂だったようだ。
そんな思いごと、エールを胃に流し込む。
「このエールうまいね!好きな味だわ」
「私が選んだんですよ」
「おー!好みが合いますね!」
「メイリーは、歳はいくつなのだ?」
「えっと、に、21よ」
「おぉ、この中では、一番年上だの」
「え!じゃ、じゃあ、16よ!」
「なんだそれは……」
「だって、私、ぉ、お姉ちゃんに、なれないもの……」
「え、いや、てか、俺が一番上……」
「あぁ、そうだったの!どうにもお主の姿やら声を聞いておると、
前世ではどうのという設定を忘れてしまいがちになるわい」
「設定やめてね…」
「はっはっは、すまんすまん。…ん?いや、お主の精神はそういう話だとして、
考えてみれば、お主の肉体の年齢はまだ0歳児ではないのか?」
「いやいやいやいや、ゲームのアバターが元なんだから、そっちの設定基準の筈。
プレイヤーアバターの年齢設定とかは時になかった筈だけど、
俺の種族の子供キャラはもっと小さかったから、少なくとも大人なんだって」
「…そこは設定なのだな、ややこいのう。アバターだのなんだのはよく解らんが」
「くっ…!」
2人の詮無い話を聞きながら、テフラは瓶のエールを木製グラスに注いで、
メイリーに手渡す様に掲げる。
ちなみにグラスは水等が飲めるように、普段から持ち歩いている物だ。
「大人なら、メイリーさんも飲みましょうよ~」
「昔飲んで、苦い!ってなったのだけれど、ぃ…今なら、行ける気がするわ!」
「あ、苦手だったら、無理しなくて良いですよ?」
「いえ、飲むわ!………んっ!!……苦い!!」
「はははっ、メイリーさんおもろいな」
「ちなみに、ママルさんにお酒を振舞おうって言ったの、ユリさんなんですよ」
「て、テフラ、言わんでよい…」
「ユリちゃん…」
「な、なんだ!お主の金で買ったのだぞ!」
「そういう心遣いが嬉しいって話」
「ぐ、まぁ、それならば、良かったが…」
「なんか!みんな仲良しで私も嬉しいわ!」
――――翌朝
皆が目を覚ますと、ユリが改まって話を始めた。
「さて、メイリー、お主には、選択肢がある」
「どんなの?」
「これからどうするか、と言う話だ。お主は今自由なのだ」
「ぇ…。あぁ、そっかぁ」
「ディーファンに戻るか?あそこはもう平和になったし、知り合いがおらんこともないだろ」
「………う~~~ん…」
「ここコルセオでも、十分やって行けると思うが」
「うぅ~~~ん……」
「それとも、わしらに付いてくるか?」
「ぃ……いいの?」
「だが、わしらがやってるのは、モンスター退治と言ってな」
そんなユリの言葉に、ママルが口を挟む。
「ってか言葉を濁さずに言うと、はっきり言って、人殺しをする旅だよ。
あんまりオススメしたくないな」
「そうですね……」
「うぅ~~~…………でもぉ……」
「お主がどうしたいか次第だで、他にも、なんだって出来るのだ」
メイリーは俯き、上目でこちらの様子を伺っている。
ママルはメイリーを見ていると、なんだか子供や小動物を相手にしている様な気持ちになってしまう。メイリーの素の仕草や言動が、なんとも素直な反面、不器用で、その振る舞いからは捨てられた子犬とか、カルガモ親子だとかを想起させてしまうから。
(歳も見た目も大人なのに…、なんだろうな、この感じは)
「メイリーさん、遠慮してるの?」
「……だ、…だって………」
ママルはワザとらしく、テフラの方を見ながら言う。
「う~ん、俺から行こう!って誘っても良いんですけどねぇ。でも、メイリーさん自身が決めてくれないとなぁ」
「ふふっ、そうですね。私もそう思います」
「わしもそうだなぁ」
「……わ、私!皆と一緒にいたいわ!!!」
「…やっぱそうか……じゃぁ、一緒に行こっか」
「よろしくな、メイリー」
「よろしくお願いします、メイリーさん」
「わっ!わあああ~~~!!!!」
メイリーは、目の前にいたユリに抱き着いた。
「お、おう、そんなにか?」
「そんなによ!!」
メイリーは元々、人に対する愛情という物がとても強かった。
だが、人からそれを真っ向から受けた事は無い。
常に一方通行だった愛情が、モンスター化により、翻って強い憎しみへと変わっていたのだ。
その顔立ちやスタイルによって異性からはモテたが、
同時に変わった言動や距離感の奇妙さも相まって、
いつも同性を中心に嫉妬され、馬鹿にされ、嫌われた。
勿論出会う人全てがそうだった訳ではないのだが、[あの人は嫌われている]
そんなステータス1つだけで、人は人に寄り付かなくなる。
結果としてメイリーは誰とも仲良くなれなかった。
そのため、仕事でさえも何度も辞めたし、
一番続いた食事処の店員でさえ、1年と持たなかった。
そこで仲良くなったと思っていた友人でさえも、
メイリーが嫌悪の対象である事は変わらなかったが、
その人は感情を隠すのがうまく、男を釣るのに使われていただけで、
そのためモンスター化した際に悪感情をぶつけられたのだが、
メイリーはそれを知る由もないし、今となっては知る必要もない。
「く、苦し…お主、ちょっと離れよ」
「えっ!ユリちゃん!ごめんね!苦しかった?!」
「いや…よい…」
(どうすればこんなに胸が…)
「ち、違うの!き、嫌いにならないで!」
「な、なっとらん。いいから、落ち着け…」
「はははっ!ユリちゃん焦ってるの珍しっ!」
「くっ!!!メイリー、ママルでも抱き抱えておくのだ、頑丈だしな」
「わ、解ったわ!」
「えっ…」
今のユリとの顛末を見た直後では、ママルも流石に拒否するわけにもいかず、
以前テフラに抱えられた状況よりも、ずっとぬいぐるみか何かの様に大人しく硬直し、表面上は無に、しかし心の内側は暴れまわっていた。
――――
「では、忘れ物はないか?」
「大丈夫です」
「うふふっ、行きましょ!楽しみだわ」
そうしてヴェントへ向かう馬車に乗り込むまで、
メイリーはママルを抱き抱えたままだったし、
ママルは一言でさえも発しなかった。




