82.遠慮
――ローゼッタ達と会ってから3日後。
「起きないねぇ」
一応、≪リリース:呪力反転≫≪コーマ:昏睡≫も試してみたが不発だった。
(眠らされている訳ではないのなら、まぁ当然か)
「………ママルよ。メイリーの手を握ってやれ」
「え、どゆこと?」
「どゆことも何もない、言葉通りだ。人に触れられると言うのは、なんと言うか、安心するものだ」
「解ります」
「え…。じゃあ別に俺じゃなくても…」
(人に、特に女の人に同意もなく触れるのは、何と言うか、良くない気がする)
「お主。本気で言っとるんか?」
「えっ……と?」
「例えば、知らない人に抱きしめられるのと、母親に抱きしめられるのとでは、
全く意味が違います」
「ま、まぁ、それはそうですけど」
「ママルさんが、一番絆が深いんですよ。寝言で呼んでたじゃないですか」
「……な、なるほど、確かに…」
ママルはそう言って、メイリーの手を握った。
一瞬、寝てるから関係ない、みたいな事を言いそうになったが、
流石に終わってる意見だなと思って引っ込めた。
「まぁ、直ぐにどうにかなるとは思っとらんが、暇な時はそうしておいてやれ」
「お…おっけ……」
「ママルさん…。メイリーさん相手に限らずですけど、なんか未だに遠慮を感じる時がありますよ」
「だな」
「……いや。て言うか、その、……女の子には、遠慮するよね、そりゃ…」
「「!!!!」」
「やっぱ、前世はさ」
「あっはっはっはっはっ!!」
「ふふっ、そ、そんな事を、ハハハッ…気にしてたんですね」
「ちょ、何?俺真面目に言ってるんだけど?!」
「っはっはっは…お主らしいの!あっはっはっは!!」
「アッハッハッハッ!」
俺はそんなに変な事を言ってないと思うんだけど。
なんて思いながら、ママルは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「ママルよ、ちょっと買い出しに行ってくるでな。テフラも来とくれ」
「はい。ママルさん、行って来ます」
「メイリーを見といてやれ」
「り、了解~……」
不意に1人になったママルは、一息つくと、また冷静になり考える。
(最低限、期限を決めた方が良い気がする…。
下手すれば、ずっとこのままなんてこともあり得る。
当然、2人もそんな事は思ってるだろうし。
……どのくらい待てば、納得できるんだろうか………)
――
「な、テフラよ」
「なんですか?」
「ママルの奴、めちゃくちゃ面白かったな」
「ふふっ、凄く、アワアワしてましたね」
「し、しかも、女の子には~って!あっはっは!」
「ふふふっ、でも、良くないですか?」
「はっは…な、何がだ?」
「昔男性だったから、女性を意識してるって事ですよね。
それなのに何か、ちゃんとしてるって言うか。
だったら、そういう風に思われるのも、悪くないかなって」
「……お主、何と言うか……、素直になったのう…」
「そうですか?……いえ、そうかもしれません」
「ま、よい事だと思うで」
「ふふっ、ありがとうございます。先日ユリさんが、ユァン…。さんに触られた時、あんなに怒ってたのも、同じ理由なんじゃないですか?」
「な、なるほど?……」
「どうですか?なんと言うか、意外と悪くないと思いませんか?」
「むむむ………わ、わしは……み、認めたくない」
「?………何をですか?」
「……い!いいだろ!もうこの話はやめよう」
「ふふふっ、解りました。それで、どこに向かってるんですか?」
「ちょっと、あやつをいい加減労ってやろうと思ってのう」
「そういえば、結局何にも出来てませんでしたね」
「それで色々考えたのだが、あやつが好きな物、
それは、酒、そのつまみ、あと動物、特にもふもふな奴だ」
「そうですね」
「なので、まずは酒を買いに行く。どれが良い酒なのか、お主が見極めとくれ」
「なるほど…解りました。特に詳しい訳ではないですが…」
「それと、もふもふな方も、お主に頑張ってもらおう」
「…………えっ?」
「さっきので確信した。ママルは遠慮しておるだけで、
間違いなくお主の体に興味がある」
「え??!!」
――
「帰ったで」
「おかえり~」
ママルは、愚直にもメイリーの手を握り続けていた。
「今だ…行けっ!」
「……………」
「ゆけ!って何が?」
ユリの声を聞いたママルは間抜けな声で返事をしていると、
テフラに背後から抱きしめられた。
「えっ、ちょっ!!」
「お、お疲れ様です…」
「えっなっ!なっ!なんですか?!」
そのまま、テフラはママルの手を握る。
「ほら……、肉球、ですよ」
「うっ……ぐっ…く…………」
(ママルが何かと戦っておる…この絵、めちゃくちゃ面白いな…。
いかん。変な事にハマってしまいそうだで)
「ま、ま、待っ……」
「肉球って、独特な匂いがしますよね…」
そう言ってテフラは自身の肉球をママルの鼻にあてがった。
「ふぁっ!!あっ!!!…………」
「ぷふっ!」
ユリは思わず吹き出してしまった。
(なんだ今の声はっ!)
「ぎゅううぅぅ~~~……」
テフラはママルを強く抱きしめると、そのまま背後のベッドへと、ゴロンと横になる。
その時、ママルの手がメイリーから離れると、メイリーの声が室内に響いた。
「駄目ェ!!!」
メイリーは、テフラからママルをひったくるように奪い、抱き抱える。
「メイリー!気づいたか!」
「どうして急に…」
「……………」
メイリーは俯き、ママルの頭、耳の間に顔を埋め、黙りこくっている。
一連の出来事に混乱していたママルだが、徐々に正気を取り戻し、
ユリとテフラの方を様子を伺う様に見ると、
2人はママルにお前が行け!と目で合図を送った。
「め、メイリーさん?あの」
「…………ごめんね……ごめんね……」
(このままだとまた潜られちゃいそうだな…)
「色々あると思うんですが、ちょっと、これを読んでください」
テフラから手渡されたスキルブックを、そのままメイリーに押し付ける。
「……………」
「もしかしたら、モンスター化が解除されるかもしれないので」
「ぇ、そ、それって……」
「元に戻れるかもしれないんです、試して貰えませんか?」
「………………でも……」
ママルはメイリーの手から逃れると、スキルブックを開き、
メイリーの眼前に突き付け叫ぶ。
「お願いします!」
すると、メイリーは意外にも素直に従い、音読し始めた。
「………………快眠?…えぇっと…いつでも、気持ちよく、最高の睡眠がとれるようになり…」
「魔法陣があるだろ?見つめてみて、駄目なら触れてみぃ」
「あ、そうなのね。右のこれかしら」
メイリーは魔法陣を見た途端、カクンと眠りに落ちると、
スキルブックは霧散するようにして消滅した。
「ね、寝た…」
「スキルが発動されたんじゃないかの。快眠とか言っておったし」
「ママルさん、確認を」
●人間:スイーパー:メイリー Lv90 スキル:快眠 検眼 魔覚 潜闇 除連殺 糸蜘血 その他不明
その他詳細不明
「来た……!!快眠スキルが追加されて、モンスターの文字が無くなった!!!」
「や、やったのう!!」
「やりましたね!」
「いやぁ…良かったあ………」
「あーだこーだと色々考えてたのが、役に立ったの~~」
「凄いですよ、こんなにうまく行くなんて…」
「実際、かなり運が良かったね…色々偶然が重なった」
「そうだのぅ、条件さえ揃えば再現は可能だと思うが、
その条件を揃えることが難しすぎるでな」
「メイリーさん、起こしましょうか」
「そうだな。ずっと眠っておったのだし」
「確かに…でも、この寝顔………」
メイリーは、数日眠っていた時の苦しそうな表情はどこへやら、
とても幸せそうにしている。
「快眠スキル、正直めちゃくちゃ良いなぁ…」
「そうなのか?」
「だって、まずいつでも好きな時に寝れるんだよ?」
「ママルさん、たまに寝つき悪いですからね」
「えっ、なんでバレて……」
「私もたまに、夜中に目が覚める時があったので。最近は減りましたけど」
「お主ら……大変だの…」
ママルは、お子様は寝つきが良くて良いな。と一瞬思ったが、流石に飲み込んだ。
「まぁ、折角だし起こそう」
こんなに嬉しい事が起こったのだから、早く本人に伝えたい。
ママルはそう言いつつ、メイリーの肩を揺する。
「メイリーさーん。起きてくださ~い、朝ですよ~~」
「そろそろ夕方だが」
「そういうんじゃないでしょ!」
「はっはっは、解っとるわい」
「ぅ……ぅう~~~ん……。おはよ~~~~」
「メイリーさん!!もう大丈夫ですよ!!」
「…………………………………ぁ………」
「どうですか?」
「………ぁれ?……………………………………。
あぁ、そうなのね、私…私ね……ずうっと、イライラしてたの」
ママル達は、黙って続く言葉を待つ。
「それでも、モンスターを殺すと、スッキリして、
でもまたイライラしてきて、色んな物が憎くて……。
そうだった筈なのに!今、全然イライラしないのよ?!」
「それは良かった…」
「嬉しい!!でも!!……………悲しいわ……」
「………どうして?」
「私は、だって……………………………、
パパと、ママと、友達も……殺しちゃったあ……………。
グスッ……………ふええ~~~~ん…ふええ~~~~……」
モンスターの時は、攻撃衝動が溢れる。
それ故、殺しの理由さえも、自身の欲望と怒りで塗りつぶし、
さして気にならなかったのだ。
泣き崩れるメイリーを、ママルとテフラは慰め、
ユリはひっそりともらい泣きしていた。




