65.竜人
そろそろ山小屋に近づいて来たと思った時、
1人、木の枝で作った籠を背負って歩く男を見かけた。
山菜でも拾い集めているのだろうか。
(あれが、竜人…?)
骨格はほぼ人間だが、肌は浅黒く、皮膚の多くの部分を鱗が覆い、2本の角と太い尻尾が生えている。
「まだこっちには気づいていないかな…」
「おそらくな」
「じゃあ、失礼して、≪アプライ:鑑定≫」
すると、竜人は羽虫でも追い返すように左手を払った。
「えっ!」
「どうした?」
「かき消された!!」
「何っ!」
「気づかれましたね」
竜人はこちらを一瞥すると、そのまま無視するように歩き出し、木の陰に入って行く。
「あれ…?」
「追いかけるで」
「いやっ待って下さい!」
木々の葉が大きく揺れたと思ったら、竜人が3人の頭上から現れ拳を叩きつけて来る。
だがそれをテフラがなんとか受け止めた。
「ぐっ!」
奇襲をガードされた竜人は、バックステップで距離を取る。
「なっ!いきなりかよ!!」
ママルとユリも戦闘態勢を取り、魔法を唱えようとした瞬間、竜人が口を開いた。
「いきなり仕掛けて来たのは、君たちの方だと思ったが」
「は、話が通じるタイプか?だったらまずは、聞いてくれまいか」
「さ、最初に魔法を使ったのは俺だ…。えっと、すみません。
一応、危害を加える類いの魔法ではない事だけは信じて欲しいんですが…」
「ふむ…」
構えが少し緩んだ竜人を見て、テフラが話しかける。
「あんたに聞きたい事があって来たんだ……」
「……聞くだけ聞こう」
「ワーウルフとワーキャットの子供達を、竜人が攫って行ったと盗賊から聞いた」
「…ふむ……なるほどな」
「どうなの。勿論、返答によっては……」
「……………」
竜人は、3人を順に値踏みするように見て行く。
「解った。ではこうしよう、付いて来てくれ」
そう言って、竜人は背を向けて歩き始めた。
「…なんだ?」
「まぁ付いて行くしかあるまい」
「警戒は怠らないようにしましょう…」
樹々の中にある開けた広場へと辿り着くと、竜人が向き直って言う。
「ワーウルフの君、俺と戦ってくれ」
「…は?」
「君が勝ったら、望むことを教えよう」
「……なんだ?別に私達が力ずくで聞き出すことも出来るのに、わざわざ1対1を受けると?」
「…………、何も殺し合いをしようと言っているんじゃない。
そうだな…有効打を一撃でも当てた方が勝ち、これでどうだ?」
「…………何が目的なの」
「君は強いだろ。そこの小さい獣人も強いとは思うが……」
「?…ただ戦ってみたいと?」
「そうだ」
「では、…あなたが勝ったら?」
「別に何もない」
(なんだこの人?バトルマニアか何かか?)
「いざとなれば、俺らも援護しますよ。当然」
「だな」
「様子がおかしかったら、すぐにでも試合なんか放棄しましょう」
「…解りました」
竜人とテフラは広場の中央で、5メートルほど距離を取り睨み合っていて、
ママルとユリは遠目に観戦する。
「では、そこの人間、開始の合図を頼む」
「わしか?解った………用意!!……開始!!」
瞬間、竜人はスキルを発動する。
「≪練気≫」
「うおっ、凄まじい気力を纏ったぞ、そういうスキルか」
「俺でもちょっと感じ取れるよ」
テフラは様子を伺っていたが、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
右手を振りぬくような構えから、足払い。
見事なフェイントだったが、竜人は小さく飛び上がり躱す。
そのまま竜人は空中から正拳を放つが、テフラは身をよじってそれを躱しながら、
足払いの回転の勢いのまま更に回し蹴りを放つ。
空中に居るのであれば、間違いなく直撃するだろう攻撃を、
竜人は片腕で防ぎつつ、その腕の角度を絶妙に合わせる事で、
自身が下方向に動かされるようにしながらも、受けたのと逆側の足で地面を蹴りつけて勢いを殺した。
(速い!それになんて精密な!)
竜人はそこからまたテフラに正拳を放つと、
寸前でガードしたテフラは後方へ大きく飛ばされる。
「くっそ!」
(ガードは出来たが、腕が痺れる!会った時の攻撃より重い…っ!)
体勢を立て直し竜人を見ると、
その胸の前で気力の塊を生成している。
「≪烈波≫!!」
超速で気力の塊を打ち出されたが、テフラは≪不落≫でギリギリ回避した。
(ちっ、結構スキル使ってくるな…私も出し惜しみしてる場合じゃないか)
テフラのスキルはどれも強力だが、そのどれも1度使うとそれなりのインターバルが必要になる。
一番短い≪尖裂爪≫でも5秒近く間を置かなければならない。
「≪空刹≫っ!」
瞬時に竜人の上空へ移動して、そのまま更に≪尖裂爪≫で地上へ攻撃をすると、
竜人は両腕で斬撃を受け止めた。
一般人であれば両断してしまいかねない威力だが、
この竜人であれば致命傷には至らないと判断して放ったものの、
思ったよりもダメージが通っていない。
竜人は落下してくるテフラに向かって拳を構える。
「≪瞬爪≫」
≪瞬爪≫は、テフラだけがこの世界で数倍の速度で動けるようになるスキルだ、
テフラからは世界がスローモーションのように見える。
効果時間は現実世界で3秒程度、だが、例えばテフラ自身の落下速度でさえも高速になる。
「何ッ!」
着地タイミングをズラされ、そのままテフラのラッシュを受けるが、
竜人はその攻撃を、最小限の動きを取る事でギリギリ捌き続ける。
だが、瞬爪の効果時間が切れる直前、テフラの掌底が竜人の胸部にヒットして、竜人が後退した。
「しょ、勝負あり!!」
「何が起こってるか解らなかった…」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「…やるな…っ」
「ハァ…。いえ。あなた…その、良い人ですね」
「どういう事?」
「ラッシュの時、一瞬髪の毛を掴まれたんですよ、すぐに離したので、その隙に攻撃してしまいました…」
「まじ?なんで?」
「…あまりの猛攻に全力で隙を伺っていたらつい、なびく髪を捉えてしまってな。すまない。女の髪を掴んで勝つなど、俺の目指す強さではない」
「へえ~」
「紳士だの」
「…だとしたら、こんな戦いは挑まないと思うがな」
「………まぁ、勝ちは勝ちです。話してください」
「…いつだったか。気まぐれに山を下りた時に、賊の陣営があったんでな。力試しに挑んでみた」
「……それで?」
「なんというか。獣人の子供達がいてな。解放してやったら、懐かれてしまった」
「…えっと、……え?!いるんですか!!!!」
「あぁ、付いて来てくれ」
そんな竜人に向かってママルが話しかける。
「ってか、もしあなたが勝ってても、普通に話してくれるつもりだったでしょ?」
「………さあな」




