62.グレムズ
「なんかさ、こないだのユリちゃんじゃないけど、思ってたより良い人って多いね」
「解ります。やっぱり人が集まってる場所ほど、問題が多い気がしますね」
「そうだな…」
翌朝、イーツの村を発って歩いている。
この辺りはもう道がある様な景色では無くなっているが、
芝生のような背の低い草原が広がっているだけで歩きやすい。
右手方向の先には木々が生えてきている。
「ユリちゃん、まだ具合悪い?」
「いや、気分が悪いという事はないんだが、なんか、ちょいっと、ふわっとしとる」
「足取りとか、なんかちょっと不安だなぁ」
ママルがそう言うと、テフラがユリを肩車した。
「おわぁ!」
「ふふふ」
「せ、せめて負ぶってくれ!」
「まぁまぁ、いつもと見る高さが変わると、結構楽しいらしいですよ」
そう言われて、ユリは改めて周囲を見渡した。
「ぬおっ…た、高い…」
「せっかくだし、ちょっと速度を上げましょうか」
「いいね、俺も最近少し慣れて来たし」
「ちょ!ちょい!お主ら!」
最初必死にテフラの頭にしがみ付いていたユリだが、
5分程したら、もうキャッキャとはしゃいでいる。
「うおおお!!フローターよりも速いではないか~~!!」
「楽しそう」
「ふふふっ」
「いつの間にかアルダイト山脈が近いのう」
「アレがそうかぁ」
「そう言えば、麓といっても広大ですが、何か当てがあるんですか?」
「ディーファンから東に行った先のアルダイト山脈、かつ、
おそらく国内だと考えれば、それほど範囲は広くないはずだで」
「なるほど」
アルダイト山脈は、シェーン大森林の北側一帯を含み東西に延びており。
その西側の麓に当たる部分に向かっている。
その麓は南北の距離はそれほどではなく、その6割程度を過ぎたあたりでシーグランとの国境になる。
「広くないって言っても、広いでしょ?」
「まぁそうだが、人の出入りがあるとするならば、近づけば手掛かりはあるだろ」
「サーチスネークのアジトを見つけた時も、そんな感じでしたね」
「そういうわけだ」
「なるほど。あれ、もしかして、このまま山脈沿いに南に下って行けば、アルカンダルの方に行くのか」
「人攫いとかもやっとる盗賊なら、結局売り先になる街へ行く必要があるという訳だな」
「……今回、私1人で行かせてもらっても良いですか?」
「…………理由を話してくれるか?」
「なんか、この辺の景色、見覚えがあるんです」
「そ、それは…」
「ふむ、そうか、もうお主なら大丈夫だと思うが、悪意に飲まれるでないぞ」
「はい…」
「基本任せるけど…、後方から見守りますからね、流石に」
「解りました」
山肌はほとんど岩のようになっていて、その岩壁に沿ってしばらく歩くと、
地面の草が禿げてきているのが解った。
一見すると何もない壁を通り過ぎると、テフラが反応する。
急に、人や水の匂いが流れて来たと。
振り返ると、岩壁に人が通れるような隙間があるのが解った。
来た方向からでは見えない角度になっている。
テフラを先頭に、いくらか恐る恐ると言った感じで踏み込むが、自然の洞窟の様にも見える。
だがそこからほんの数メートル進むと、今は火の灯っていない松明や木箱など、
明らかに人の手が入った形跡が見えた。
それから少し歩くと、奥から自然光が入って来る。
先を急ぐと辺りが開けた。空が見える。洞窟を抜けたようだ。
岩山をほぼ円形にくりぬいた様な地形は広く、小川が流れていて、
そしていくつかのテントが張ってあるのが見えた。
加えて戦闘の痕跡も見受けられる。
「完全に人がいるね…」
「今いるかどうかは解らんがな…」
「…いえ、あそこの一番大きなテントから、話し声が聞こえます」
「お主、そんなに耳が良いんだな」
「内容が聞き取れるほどじゃないですよ。では、お2人は逃げ出す奴とか、他のテントを見張っておいて下さい」
「何かまずそうだったら、すぐに呼んでくださいよ」
「はい。必ず」
テフラが1人、大きなテントへ、あえて正面の入り口から堂々と入って行く。
ここは敵の拠点だ、裏を掻こうとすると、罠等にかかってしまう可能性があるが、
正面戦闘ならば勝てる自信がある。
テント内には8人の男たちが見えた、その中でボスと思しき男が声を出す。
「!おい、なんだてめぇは…」
「お前らはっ…!」
(こいつらだ、間違いない!私の村を襲った奴らだっ)
テフラに、当時の恐怖が蘇る。
家々が焼かれ、皆が叩きのめされ、連れ攫われ、何人も殺された。
はっきりと顔を覚えているわけではない。
それでも、脳裏に焼き付いた景色と、目の前の男たちの姿が重なる。
だがその恐怖ごと、怒りが感情を塗りつぶしていく。
「攫ったワーウルフとワーキャット達はどうした……」
「あぁ?はっ、てめぇはあん時の奴か。
逃げ出してきたのか?そんでわざわざ俺達のとこに帰って来たって?」
そのボスの言葉を受けてか、部下たちが騒ぎ出す。
「ははは!バカじゃねぇのかっ、まぁもっかい売れるって考えたらありがてえ話ですね」
「この辺りじゃレアもんだからな」
「こんなとこまで来て、無事で済むと思うなよ」
「……質問したんだが、耳が聞こえないのか?」
「なんだぁ?舐めてんな。いちいちどこに売ったかなんて覚えてねぇんだ。
とりあえず、ちょっと大人しくしてもらうぜ」
盗賊達は、それぞれ武器を手にして、ニタニタと笑う。
そして奥に居た1人が、テフラの肩に向かって手斧を投げつけた。
「≪狙投撃≫!」
テフラは投げつけられた斧を片手で掴み取り、
投げて来た盗賊にそのまま投げ返すと、頭に手斧が突き刺さった。
「体を狙ったつもりだったんだけど…、まぁいいか」
「!!てめぇら!ぶっ殺せ!!」
ボスは相手の戦力を見誤った事を即座に判断して檄を飛ばすが、
結果は変わらなかった。
盗賊7人の死体が転がり、
ボスは右腕と右足を負傷して尻もちをついている。
「攫った人たちはどうした」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!…そ、そうだ!アルカンダルの奴隷商に売った!」
その言葉を聞いた瞬間、テフラは盗賊の左足首を思い切り踏み抜く。
「ぐあっ!!あぁぁぁ…!!!」
「アルカンダルの方に売られたのは、私とコヤコの2人だ。言ってる意味は解るな?」
「うぅ!ぐうう……他の大人はシーグランの奴隷商…どの街かは知らねぇ…、
が、ガキ共は、あいつらに、売るはずだった…」
「…残った左腕もダメにしたいのか?詳しく話せ」
「じ、呪術師に売る手筈だったんだよ!!でも、竜人が来て、攫われちまった!
こんな情けねぇ事、簡単に言える訳ねーだろうが!クソ!!!」
「竜人………何者だ」
「変人だよ!!山に住んでる、聞いた事ねぇか?
俺はてっきり、ただの噂話だと思ってたけど、いやがったんだよ!」
「攫われた時の事を、詳しく話せ」
「急に現れたんだ…それで、俺達は殆どやられちまった」
「どんな奴だ、どこへ行った、良いから知ってる事を全部話してっ!」
「お、ゴツイ竜人の男だ…!!行先はしらねぇけど、山に帰ったんじゃねぇか…。
他は知らねぇ!本当だ!!」
「………噂話と言うのは」
「山暮らししてる、むちゃくちゃ強え竜人がいるってだけだ!
もう良いだろ!!もうグレムズは終わりだよ!!クソぉ!!
なんだってこんな奴らが続けて出てくるんだよ!!畜生!!!!
立て直そうって、少ない仲間達で頑張って行こうって話してたのによぉ!!」
グレムズのボスは、体の痛みと、本当に悔しいと言う面持ちで、
目に涙を滲ませながら叫ぶ。
「……なんだそれ」
「な、なんだよ………」
「どこまでも自分の事。こんな状況ですら。私たちに謝罪の一言も浮かばないんだな」
「い、いや!違う!すまない!!違うんだ!!」
「チッ…もういい」
「やめてくれ!話しただろ!何でもするぅ!!!」
テフラは軽く飛び上がると、≪廻穿脚≫で盗賊の頭部を踏み抜いた。




