6.なんか違う
ママルがこの世界に来てから、だいたい5日経った。
だいたい、とぼやかしているのは、5回夜と朝を迎えたと言うだけのことで、
1日が一体何時間で回っているのかも解らないから。
なんならいつもの、以前の世界の1日よりずっと長い気がしているけど、
こんな状況なので、自分の体感時間など信用できない。
こんな最悪なサバイバル環境っぽい感じだが、
モンスターに襲われても完勝できるし、食べ物や飲み物にも困っていない。
何より体力が尽きる感覚は全然ないため、
あまりひっ迫したような感じではない、むしろ心に余裕がある。
今一番ストレスになっているのは、ちゃんと眠れない事と、体の汚れを落とせない事だ。
汗臭さやそのベタつき、何よりこの体は獣の耳や尻尾があるため、余計に気になるのだ。
(どこかに川でもあれば水浴びでもしようかな)
ただまぁ、その5日でも収穫は大きかった。
とりあえず自分が使えるスキルの効果は一通り試した。
その結果、ベーススキルではない、呪術魔法の方は、
何と言うか。かなりオワってる効果が確認できた。
まず≪ペイン:痛覚刺激≫
ゲームでは水晶から黒い棘のようなエフェクトを数個飛ばし、
ヒットした相手は、攻撃行動時にダメージを受けるようになるスキルだったが、
ここではエフェクト的な物は何もなく、対象モンスターが急に痛みを感じていたようだった。
全然かっこよくないが、何と言うか、より現実的な?名前の通りの効果になっていると言う感じか。
しかしこれは明確にゲームよりも弱い。
本来デバフなのに、体感でその初撃分のダメージしか入ってない気がする。
でもそれは逆に全然マシな方で、例えば≪バニシック:燃焼≫
これは人体自然発火現象を、呪いによるものと解釈した継続ダメージ魔法で、
呪術師の主力ダメージスキルの一つにあたる魔法だ。
毎秒少しのダメージを与えると共に小さい炎のエフェクトが出ていたが、
この世界では炎のエフェクトなども出ない。
狙いを定めたモンスターの周囲に赤い霧のようなものが立ち込め、
くらったモンスターは、皮膚が焼け爛れるようにしながら剥がれ落ち、
白煙と臭気を撒き散らし、骨や内蔵を曝け出しながら悶ていた。
(虫に使ったときはこんなグロい魔法だと気づかなかったな)
他には≪エイジール:老化≫なら、ゲームでは相手のレベルを1下げる効果だったが、
くらったモンスターは急激に動きが鈍くなって行き、
体毛は白くなり、抜け落ち、皮膚に皺が増え、やがて絶命した。
≪フラルト:虚弱≫は対象が移動したときにダメージを受けるようになるスキルだったが、
くらったモンスターは徐々に動きが鈍くなり、眠った後、
咳や嘔吐を繰り返し息を引き取っていった。
一番驚いたのは縛り系スキル。
≪レッグパライズ:足縛り≫なら、
足系スキルの封印だったが、こっちでは足がそもそも動かせなくなっているようで、
それもその空間に縫い付けたかのように、重力までも無視して固定されていた。
≪ヘッドパライズ:頭縛り≫なら、
瞬きや口の開閉も出来なくなっていたという具合。
≪パラライズ:金縛り≫はそれらを統合した上位スキルだったはずが、
逆にこっちでは空間に固定されるようなことはなく、単に全身麻痺状態になっていたようだ。
様々なデバフをかけた後、
そのかかっているデバフの数に応じて威力を高め、高威力の爆発ダメージ。
同時にかけたデバフが解除されてしまう、呪術師最高ダメージスキル、
≪バースト:状態異常爆砕≫は、
ゲームでは紫色の爆発と共にダメージが出る感じだったけど、
ここでは爆発エフェクトなど出ず、
皮膚は噴火してるようにブツブツのボッコボコ。
目玉はこぼれ落ち、歯は抜け落ち、
毛は抜ける箇所もあれば異常に伸びる箇所もあり、
骨はゴムみたいになってる箇所もあればカスカスになって砕けた箇所もあり、
肉は腐ってるのか、黄や緑に変色して、
そんな死体を目にしたあとは、さすがにと言うべきか、盛大に吐きちらし、夜眠るのに苦労した。
一応、獣に襲われた時に必ず≪アプライ:鑑定≫でモンスターというのを確認した後、色々試していると言うだけで、
自分から積極的に殺戮を行っているわけではない。
遠くから見つけた獣にアプライをしてみたところ、モンスターの文字がない個体もいたが、
見た目の違いはあまり解らなかった。
戦闘の際、呪術師の持つスキルはどれもなんかグロいから、
一通り試したあとは殆ど、
≪パラライズ:金縛り≫→≪エイジール:老化≫
のコンボで生死確認するでもなく倒している。
ちなみに虫相手には≪サークル:魔法円範囲化≫→≪バニシック:燃焼≫で、
もはやこれは殺虫剤代わりに、何なら虫の姿が見えなくとも、
適当な木を対象に発動してポンポン使っている。
逆に一番拍子抜けしたのは≪ドランク:酩酊≫という魔法だ、
≪コーマ:昏睡≫≪コンフュ:混乱≫≪ハルス:幻覚≫
これら3つの統合スキルだったはずだが、なんか普通に酔っぱらってただけに見えた。
ちなみに個人的にとても重要だったのは、
呪術師スキルはどれも、使用時に呪印がブゥン!って感じで浮かび上がるのがカッコイイのだが、
どのスキルを試してもそんなものは出なかった。
そして何より。ある程度戦闘してもう一つ解ったのは、
結局俺は黒井太一であるという事。
何も謎かけめいた事を言っているんじゃない。
この体は間違いなく強靭で、強力な魔法も使える。
でも、頭の中は凡人の黒井太一なのだ。
つまり、例えばワンパンで倒せるモンスターだろうとも、
そいつの攻撃を避けたりとか出来ない。
夜に猛禽類型のモンスターから襲撃された時は勿論、
正面から噛みついて来た狼モンスターの攻撃も、
爪を振るってきた熊モンスターの攻撃も、
全部食らった。
幸い痛くはないのだが、全く反応できないし、
先読みするような事も出来ない。
こんな事なら、格闘技でも習っておくんだったと無意味に悔いた。
そしてもう一つ、
件の熊の爪による横薙ぎを食らったとき、ちゃんと吹っ飛んで、木に激突した。
確かに、俺の今の体重は多分2~30キロやそこらしかないだろうから、
どれだけ頑丈だろうが、熊の剛腕を受けたら吹っ飛ばされる。
考えてみれば当たり前なんだが…。
効かないけど、避けられない、それでいちいち吹っ飛ぶから、
もうなんなんだよ!って叫んでしまった。
しかし不思議と、脳震盪のような症状は起こらない。謎だ…。
戦闘関係で得た知見はこんなところ。
他では例えば、アイテム袋にその辺の草を入れてみようとしたが入らなかった。
というか、取り出したポーションをしまう事も出来なかった。
装備品やランタン以外はおそらく、取り出しの機能だけしかない。
そしてこれも当たり前と言えば当たり前なのだが、
普通にトイレに行きたくなったのが最悪だった。
結局、まずは周囲を殺虫したあと、
その辺に穴を掘って用を足し、ゲーム内イベントの福引で、ハズレアイテムだったティッシュを使っていた。
ティッシュが尽きる時がウンの尽きかもしれない。つってな、はは………。
不便だしカッコよく戦えないし人が居ない。
せっかく異世界転生したのに、なんか思ってたのと違うんだよなぁ。