56.準備
呪術師クァダバルが所属する組織の、下部組織に当たる黒魔術師達は、
予め契約という名の呪術が合意の元かけられている。
クァダバルが、ブランドとトーチにかけていたのは5つ。
1.いつでも視覚、聴覚を覗き込めるようになる。
2.死んだ時、自らの死体に魔力を溜めておく。
3.死んだ時、殺した対象のスキルを封じ込める。
4.死んだ時、その死体の場所に行く、又はそこから他の場所へ行く空間転移魔法の触媒となる。
5.死んだ時、クァダバルが受ける魔法ダメージを死体が引き受ける、
呪術魔法を受けた場合は、死体には効果が無いため完全に無効化できる。
ブランドには1~4。トーチには1、2、5が付与してあった。
いずれも強力なスキルだが、予め準備を整えておかなければならない。
それも一般人ではなく、ある程度力のある魔法士でなくては、
そもそもの魔力が足りず十全な効果は発揮できない。
そして死んでしまったら、徐々に呪いは解かれて行ってしまうため、
折角だから使っておこうと、軽い気持ちで来たのが間違いだった。
(クソがっ!ただ探るつもりが、こんな…痛い…クソ!クソ!クソ!!)
クァダバルは魔法で転移した先で、心で悪態をつく。
逃げる際、本来であれば来た所、街の外の本部へ逃げるべきだった。
だが、自分が逃げるという屈辱から目を背け、苛立ち、
復讐心に踊らされ、ここディーファンの大聖堂へとやって来ていた。
「≪呪詛・宍定混・順転≫…」
切断された傷口に向かって唱えると、肉がグチャリと歪んで傷が塞がる。
「私の…左手…!!クソが!!!全員殺してやる!!!」
(だが、あいつはなんだ…私の知る呪術とは明らかに違うが…。
あの身体能力、信じられん…油断した、クソが。何が悪魔だ。
ふざけやがって!くそっ!殺したい!嬲りたい!肉体に!精神に苦痛を!
歯向かった事を後悔させて、謝罪させてやる!内臓から破壊してやる!!
地獄を見せてやる!!
………報告、するか……?……するべきだ。
いや、駄目だ…私がやる!!邪魔はさせん!!!
…………魔法士の死体はもう無いが…アレを使う。
本来トランサーを撒いてから使う予定だったが、もういい。
あいつのせいで、頑張って作ったこの実験場が台無しだ!!!
クソッ!クソが!!許せねぇ!!!)
「街の全部を利用して、殺してやる…!」
実験場として使用されている、ここディーファンには、
街中の至る所に魔法陣が仕掛けられている。
その効果は、モンスター化した人たちを、この大聖堂に引き寄せるというもの。
強制力はない。ただなんとなく大聖堂に行ってみたくなるというだけの効果だ。
モンスターは、悪性エネルギー、つまり呪力に精神が支配されているため、
精神力が弱いモンスターに限定して効果を発揮できる。
弱い魔法が故に、超広範囲に対して遠隔で魔法陣が起動できる。
「準備だ、念入りに、念入りに…絶対に殺す…」
――――――
「わしも行く!」
「だから、その呪術師が来たら危ないんだって!」
「お主だって!魔法薬を吸って一撃だったんだろ!」
「あ、あの時は!マスクをしてなかったんだよ、カース・ウルテマ・ヘッドを装備してたら、多分吸引は防げたと思う」
「多分?そんな不確かな!」
「ペストマスクって言って防毒効果がある見た目の奴だから」
「見た目って!実際防げるか確かめたのか?!」
「ないけど!知らなかったんだから!次はちゃんと気を付けるし。
ってか幻覚でダウンしてたって、どうせ大した事できないよ、基本的に俺はダメージ喰らわないんだから」
「敵の!それだけ未知の攻撃を喰らってまだそんな事を言うんか!!」
「お2人共」
「なんですか!」「なんだ!」
「獣の足って、たまに逆関節とか言われる事がありますが、ここは人間で言う踵なんですよ。知ってました?」
テフラは片足を上げ、その踵を両手にぎにぎしながら説明した。
「………し、知らんかった」
「俺は知ってたけど」
「むっ…、いや……、そうだな。すまん、熱くなってたな」
「……そうだね、テフラさん、ありがとうございます…」
「大きな建物の方です、住民たちが向かっているのは。
ただ、冷静になりましょう。敵はおそらく、…状況からの推察ですが、
死体を利用した魔法を使ってると考えられます。
それが人を集めている可能性がある、かなり危険です」
「ちなみに、この家の人達には特に症状が無いみたいだし、もしかしたらモンスター限定とか?かも?」
「……あり得るな。それに、なるほど…転移や遠隔直接攻撃、
あまりにも強すぎるとは思っておったが、死体の魔力まで触媒として使っていると考えると……、あり得るな…」
「どういうこと?」
「同じ魔法を2人で唱えると、2倍どころではない効果が発揮される。
同時に同じ魔法ではなく、1つの魔法を2人でだ。
リンに結界魔法を教えている時に、一度だが、あったのだ。
目を見張るような強度の理障壁が顕現した事が」
「待って、なんていうか、その合同魔法?を死体を使って行ってるって事?!」
「正確には別物だとは思うが、強力な魔法が使える理屈としては同じな気がするでな」
「まぁ、なんとなく、言いたい事は解るけど」
「…もっと情報をくれ、そいつが魔法を使っていた状況を教えて欲しい、準備を整えねば」




