50.消火
真紅のローブを被った男が、燃える家を見つめている。
家の2階の窓には人影が見えた。
ママルは咄嗟に窓の横に、まるで蝉か何かの様に飛んで引っ付く。
「大丈夫ですか?!」
そのまま、子供と男女を順番に抱え、往復しながら3人を路上へと降ろした。
そんなママルの姿を、ブランドは暫く黙って見つめていた。
(真っ黒なローブ、小さい獣人、大きい尻尾…)
「大丈夫ですか?他に人はいませんか?」
「あ、あぁ、助かった…、ありがとう…」
「お前が、国王殺しの悪魔か…」
「なんだ?………、お前は…」
「あいつが!火をつけたんです!!気を付けてくださ」
「≪アーソン:放火≫」
たちまち、救助したばかりの男が炎に包まれる。
「ちょ!≪リリース:呪力反転≫≪バニシック:燃焼≫!!」
(き、消えた!!良かった…)
「い、今の魔力波…!!貴様!呪力をどこで手に入れた!!!!」
「あ、これ飲ませて、軽い火傷くらいならきっと治ります」
ママルは救助した女にポーションを手渡す。
「は、は…答えるつもりはないってか…さすがはハイクラス様だ」
「何を言ってんだ?さっきから…」
「自覚なし、か、噂の悪魔がねぇ」
(こいつは、何かを知っている…聞き出したい…だけど、後ろに居る家族をこれ以上危険に晒すのは…)
「なぁ、おしゃべりしようぜ?さっき数人ぶっ殺して、結構スッキリしたしなぁ」
「………何が目的なんだ…?」
「世界は我々の物になる。それだけだ、じゃあ、次はこちらの質問だな」
(は?世界征服ってこと?昭和の悪役じゃあるまいし?!)
「お前は、呪術師なのか?」
「………そうだ」
「や、やはり!!では、その力はどうやって手に入れた!!?」
「…待て、次の質問は俺だろ…?」
「あ、あぁ…」
(何だ、何を聞くのが正解だ…。いや、ここは…こいつを拘束できれば…)
「…そこの家族、動くな、燃やすぞ、次はガキだ、一瞬で死ぬ」
(クソッ…折角逃げそうだったのに、こいつ…俺が咄嗟に助けたのを見て、人質が有効だと悟りやがったのか?いや、その辺りの判断をするためにいきなり襲ったのか…)
「さぁ、聞きたい事があるんだろ?いいぜ、答えてやる」
「…ハイクラスとはなんだ…?呪力がどうの言ってたな、関係があるのか?」
「質問が2つになってるが?」
「……前者だ」
「…この世の人ってのは、基本的にある程度成熟した時にクラスが与えられるだろ。その上位存在がハイクラス。呪術師ならば間違いなくハイクラスだ。
俺じゃあ戦っても勝てないかもな?にも関わらず、こんなおしゃべりをしてる理由はな、いつでも逃げられる手立てがあるからだ。いやぁ、無知な奴に教えるって行為も、中々に気持ちが良いなぁ?」
(…上位クラス…。そうか、そういう事か)
「次は俺の質問だな、その呪術師クラスは、どうやって獲得した?」
(いつでも逃げられると断言する相手に、これ以上情報を渡したくない…。
クソっ、どうする…魔力波にしっかり反応していた…ここは、物理で突っ込むか…?)
ママルが考えあぐねていると、ブランドがまた口を開く。
「早く答えろ!順番だろうが!獣人てのは約束も守れねぇのかあ?お前はそんなクズなのかあ?!」
(こいつ…っ!いや…いつでも逃げられるとか、戦っても勝てないとか言い出したのも、膠着状態を作って俺から情報を出すため…。めんどくせぇ…、適当を答えつつもっと会話をするか、スキルを使うか、どうする)
そう思っていた時、気が付くと、目の前の男の背後にメイリーが立っていた。
そしてメイリーは、男の背中越しに心臓を狙ってナイフを突き立てる。
その刃は器用に骨を避け肉を絶つ、そして心臓へ届くかと思った時、ブランドの姿が揺らめいた。
「何よ…これ…、幻覚?」
メイリーはナイフを持っていない左手で触れると、ブランドの姿を貫通する。
「貴様…メイリー」
「だ、誰っ。あなたなんか、知らないわよ…」
「ちっ…ハイクラス2人も相手にする気はねぇよ…≪ヘイズ:陽炎≫」
ブランドが魔法を唱えると、当人の姿が幾人にも分身して見えた。
(分身?いや、一体目からして幻覚だったんだ、これもただの幻覚…。
でも魔法で火をつけたりはしてた、ただの幻覚に可能なのか?
…多分、近くに本体はいた。そして今のこれが逃走手段って事か)
メイリーを見ると、ご丁寧に幻覚を1体ずつ切り裂いて消している。
「多分、全部偽物だ…本体は今逃げてる、と思う」
「ぁっ、そう…なのね、でも、気持ち悪いから、全部消しとかなきゃ…」
(結局、このメイリーをどうするのか考えていなかった)
いや、むしろ考えないようにしていた。
どうするべきなのか。と言うならば、殺すべきだ。
だって、これまで【モンスターだから】殺してきたんだから。
モンスターじゃない奴らも、【どうせモンスターになるから】殺してきた。
でも、今メイリーがやっている事は、結局俺と同じ事。
だから、それを否定する事は出来ない。
メイリーを殺すのならば、俺も死ぬべきなのだから。
(いや、まずは家屋の火をなんとかしないと、呪術は無生物には効かないし…)
「家の火を消したいんですけど、何か、消火器とか、水とかないですか?」
家族の方へ尋ねると、父親と思しき男が答える。
「み、水を出す魔道具なら、家のキッチンにありますが…、流石に役に立たないかと」
聞くや否や、燃え盛る家の中に突っ込む。
俺自身に火は多分効かない気がするが、煙を吸い込んだらどうなるだろう、
中々に不安だ。
(ヤバそうだったら、悪いけど即撤退しよう)
件の魔道具は旅の時は持ち歩いているし、すぐに発見出来た。
直径20cm程の立方体、上部に魔導核とスイッチ。
箱の内側に魔法陣が彫り込まれており、底面は抜けている。
箱の中心部で出来た水が流れ落ちる、シンプルな構造と見た目だ。
早速スイッチを入れるが、スーっとそこそこの量の水が流れ出るだけだ。
これで火事を消化なんて出来るわけはない。
(以前から試してみたいと思っていたことがあった。俺の魔力を魔道具に流すとどうなるのか。ユリちゃんの場合は発動しないって言っていたけど…)
「壊してごめんよっ」
魔導核をブチッと引っこ抜くと、魔導線が垂れ落ちる。
そこを握りしめて、魔力を流し込んでみた。
ゴポポッ……ドパンッ!!
「うおっ!」
弾ける様に大量の水が出たと思ったら、止まった。
ゴポッ…グロロロロ…
再度放出されそうな気配を感じ、咄嗟に底面を火のある方向へ向ける。
ドパンッ!バンバンバン!!…バババババン!!!…
「おわっ!や、やべっ!」
水の勢いに焦ってしまったが、
ヒュゴゴゴゴっと、水が詰まっている様な音が鳴り始め、
ボタボタと大きい水滴を垂らした後に停止した。
「あれ、もう、壊れた…?」
さらに力を入れ魔力を込めてみると、
サアアアアアアっと、極小の水滴が大量の霧となり、一気に辺りを包み込む。
(い、息がっ!苦しい!周囲も見えない!)
そう言えば、どのくらい呼吸を止めることが出来るのか、今度試してみよう。
なんて呑気な事を一瞬考えてしまったが、そんな場合ではない。
慌てて魔導線を握った手を離すと、
辺り一面はビチャビチャに濡れていて、無事鎮火したようだった。
「っ……すぅ~~~、…ふぅ」
(まぁ、結果オーライってことで良いかぁ)
外に出る直前、すばやく別の装備に着替えて元に戻し、
濡れた装備品をリセットした。




