5.神託
「ふんふふんふふ~~ん」
「あら、リン、何描いてるの?」
「おね~ちゃんだよ!」
「私?ふふっ。じゃあこっちは?」
「あたし!それでこれがママで、これがパパ!」
「上手ね。でもそろそろご飯の時間だから、手を洗ってきなさい」
「わかった!」
元気よく返事をした、リンと呼ばれた少女は、
手に持っていた木の枝を置き、井戸の方へと駆け出して行った。
家のすぐの前の地面に小枝で描かれた絵を眺め、姉のルゥは微笑む。
この集落はそれほど規模は大きくなく、リンはこの村で最年少、近い歳の友達がいない。
それどころか、10も歳が離れているのに、村で二番目に若いエルフがルゥだった。
それでも、大きな不安はない。
村の皆は私たちを気にかけてくれる。
住む場所だって、基本的にエルフは樹上に家を作るが、
その中心部に位置する、井戸が近いこの場所は地面に接している。
高い位置にある家に囲まれていれば、外敵が来ても比較的安全だからだ。
そして幼いリンでも井戸を使いやすくするために、この場所を譲ってくれた。
エルフは長寿だ、この先何年かしたらまた新しい子が生まれることもあるだろう。
そうして、森の片隅でゆっくりとした時間を過ごす事は幸せだ。
足早に戻って来たリンが訪ねる。
「今日のご飯は?!」
「今日はなんと…お肉があるよ!!」
「いやったーーーー!!!!」
「ソウさんが仕留めたんだって!お礼言いに行こうね」
「行ってくる!」
「一緒に行こ」
「へへへ…」
「お返しに、家からお野菜持っていこう」
「うん!」
妹に手を引かれ、樹木に巻き付くように作られた螺旋階段を歩き出す。
お礼をしたら、ソウさん家の事だから、きっとまた色々世話を焼いてくれるだろう。
ソウさんは寡黙だけど、奥さんのシェリさんと、その息子のハンさんはおしゃべりだし、
ついつい長居してしまうかもしれない。
でもそろそろ両親が畑から戻ってくる頃だ。
それに作ったスープが冷めてしまうから、
なるべく早く戻るように気を付けないとな。
コンコン、と扉をノックする。
「ソウさん~、ルゥです~」
「あらルゥちゃん!いらっしゃい!どうしたの?」
「こんにちはシェリさん。ソウさんから猪の肉を分けてもらったと母が言っていたので、
お返しという訳ではないんですけど、これを」
「あら~ありがとう!でもいいのよ、うちはたま~~にしか獲物とれないんだから!」
「それでも助かってますよ、いつもありがとうございます。ソウさんは?」
「今はまだ、息子と一緒に狩りに出てるわよ、戻って来るまでお上がりなさいな、お団子もあるのよ~」
「あ、いえ、うちもそろそろ両親が戻ってくると思うので…」
それから何度か引き留めるような言葉を聞いた後、帰路に着く。
(良い人なんだけどなぁ、家で一人でお留守番してるの、寂しいのかな。
それにしても、夕方過ぎまで狩りに出てるなんて珍しいな…
つい聞きそびれてしまったけど、大丈夫なんだろうか)
「お団子、食べたかったのに~~!」
「すぐ晩ご飯なんだから!また明日お伺いしよ?」
「うぅ~~~…わかった!!」
妹の手を引き歩き出す。
「もうすっかりこの階段も昇り降り出来るね」
「うん!もう一人でも平気だよ!」
「すごいね!でも、橋の方はまだ危ないから、一人で行かないでね」
「平気だと思うけどな~」
「リン…」
「は~~い」
「偉いね」
やがて自宅に着き、扉を開ける。
「ただい…」
「おーーい!巫女様が!!村の者集めろって!!」
背後から急に響く父の声に驚き、目を見開き振り返った。
「お父さん?」
「ルゥ!村のみんなに声かけるんだ!手伝ってくれ!神託だ!父さんは村長の所に行ってくるっ」
「わ、わかったわ!リン、お留守番しててね?」
「リンも…、わかった!お留守番してる!」
「いい子ね!」
(約半年ぶりの神託、一体どんなお話なんだろう)
そんな不安と期待。
そして、妹がワガママを我慢出来るようになってきた、そんな嬉しさを胸に、
父とは別の方向へ駆け出した。