46.ディーファン
「どうしたもんかのぅ…」
街の住人はどこか虚ろで、立ったままフラフラと揺れていたり、地面に寝転んだりしている。
それによく見ると家々の壁には、血痕と思わしき跡がいくつも確認できる。
そんな人々をアプライで確認して見たが、不審な点は見当たらない。
「と、とりあえず、宿でも探す?」
「そうですね、やっているかは怪しいですけど…」
「まずは、探してみるかの」
街の奥の方へ少し歩いていると、歩いている中年の男を見かけたので、ママルが声をかける。
「あの~、すみません、宿ってどこにありますか?」
「…………い、いくら出す?」
「は?」
「金!くれよ!頼む!」
その男は、よく見ると全身が、そして瞳が小刻みに震えている。
「だ、大丈夫ですか?」
「た、頼む、小型銀貨1枚で良い!!」
小型銀貨1枚と言うのは、ママルの体感的には日本円で言うと1000円程度の感覚だ。
「まぁそのくらいなら…」
「お主よ、何に使うのだ?」
「あ、アレだよ!……そ、そ、そうか、外から来たのか?そうか」
「薬か?」
「そうだよ!頼む!!」
「ちょっと待っとれ」
ユリはそう言うと、男に背を見せる形で小声で話した。
「おそらくだが、魔法薬だ。闘技場の牢にいた者とどことなく似とる。テフラなら解らんか?」
「…確かに、あの時に私たちが受けた症状と似ている気がします…」
(これって、まんまドラッグ的なヤツじゃない?大丈夫かこれ…)
「ママルよ。たしか正気に戻す魔法があっただろ。試してみとくれ」
「あ、あぁ…良いけど、最大延長しても30分も持たないと思うよ?」
「お主の魔法が時限なのは解っとる。ただの確認だで」
ママルは振り向き、男に魔法を唱えた。
「≪サニティ:正気持続≫」
「うっ、あっ、あ…。……………ふぅ……………はぁ…」
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…。それで、いや、すまない、なんでもない。宿屋なら、そこを右に曲がると良い、直ぐに看板が見える」
「…ありがとうございます」
その場から離れたママル達は路地の角を曲がり、そのまま歩きながら会話を始める。
「効いたな」
「それは良かったけど、でもこれじゃ救えないよ…」
「いや、街の者ほとんどがこの状態ならば、配っとる奴がおるという事だろ。探すほかない。勿論、魔法薬とするならば、だがな。何か他の可能性も捨てきれてはいないが」
「小型銀貨1枚でも良いって、そこまで高額じゃないのがヤバそうだね」
「む、解るか?」
「どういう事ですか?」
「あの男の感じから見るに、闘技場で見た者達と明らかに違う点があってな」
「中毒症状……」
「そうだ。なんだ?詳しいのか?」
「その、前世でそういう話を聞いたことがあって…」
「ほう、詳しく聞かせてみい」
「いやっ、別に詳しくはないんだけど、その、薬を摂取すると、脳内に快楽物質とか中毒症状が出る、みたいな。それで抜け出せなくなった人に高額で売りつけるんだよ。金だけで済めばまだいいけど、中毒者は頭がやられて廃人になったりとか」
「なるほど、つまり、お金が目的ではないかもしれない、と言うことですね?」
「そうだ。では何の意味があると思う?」
「………えっと」
「モンスター化ですか」
「おそらくそれだ」
「まじ?」
「いや、マジかは知らんが。他に思いつかん」
「今まさに、モンスター化の実験が街そのものを使って行われているかもしれないんですね…」
「件の魔法薬をどこで作っとるのかは、結局まだ解ってないからのう」
(国王をあんな風に殺した事、噂レベルでも絶対知ってるだろ。なのに止めないのかよ…)
「あれが宿屋じゃないですか?」
「いや、悠長に寝ている暇はないかもしれんで」
「まぁ、解るけど、でも睡眠は必要だよ?」
「そうですね、私はこのまま夜でも活動できますけど、
結局明日の昼過ぎとかに眠くなる気がします」
「まぁ、確かにそうだな…」
宿屋に入るが、人気がない。
声を上げて呼んでみるが、誰も現れない。
しかたなくカウンターの奥に料金を置いて、勝手に部屋の鍵を借りた。
とりあえずベッドと壁と天井がある空間。
状況的には全く安心できないが、それでも一時心が安らぐ。
部屋に入ると、ユリが魔法で結界を張った。
「≪人避けの守り:人認識阻害≫」
「俺の魔法と違って半永続なの強いよなぁ」
「いや、シイズの時は祭壇を中心に展開していたからそうだっただけだで。
今はわしを中心に1日といった所で、永続ではないから大したものではない」
「いや、助かってますよ。ありがとうございます」
「そ、そうか」
「そうよ、おかげでグッスリ寝れるってね。てか一日ってめっちゃ長いし!」
「いや、うむ…そうか」
ユリは、自分がちゃんと役に立てている事が嬉しかった。
「飯でも食おっか。外行く気分でもないし、何が良い?」
「私は、お肉が」
「わしは、おにぎり…」
「じゃあテフラさんには、ノースブルステーキ。
アドルミアの牛みたいな奴の素材だったはずだから、多分うまい。常温だけど」
言いながらアイテム袋から取り出して渡す。
「出してくれるの楽しみにしてるんですよ、食べたことのない美味しい料理が出てくるから」
ママルは自分が作った訳でもないのに、鼻が高い気分になる。
「ユリちゃんはおにぎりセット、前に食べた事あったけど、気に入った?」
「米がどうにも食べたくなるのだ」
ママルは自分用に、適当にストック数の多いハンバーガーを取り出し食べ始める。
(2人が美味しそうに食べてると、なんかめっちゃ癒されるな)
「モンスター化ってさぁ、解除出来ないのかなぁ」
「なんだ突然、以前も話したではないか。まぁその時はテフラはおらんかったか。
カルマ値が上下するなら、下がった状態で、変化が起これば、解除されるかもしれない。だが、一度、モンスター化、してしまえば」
「た、食べてからでも良いよ」
「モンスター化してしまえば、攻撃衝動が溢れるから下げることは相当難しい、という事ですね?」
「そうっ!」
「そうなんだけどさ、例えば俺の魔法で、一時的にでも攻撃衝動を抑えることが出来れば…」
「さっきの魔法で思いついたという訳か」
「そんなところ」
「うぅむ。理屈では可能そうだが、そもそもカルマ値を確実に下げる手段が無いし、その一時の間に、スキル獲得などの肉体変化を起こすと言うのが、もっと厳しいでな」
「まぁ、そうなるかぁ」
「やっぱり、人殺しは辛いですか?」
「いや、まぁ、酷いことをやってる奴は、もう良いよって思ってるんだけど、これが報いだ~つって。でも実際、全員が何をしてきたか把握してる訳じゃないから…」
「それはまた別の問題だと思うがの」
「むしろ、モンスターによる被害を未然に防いだと考えては?」
「だな」
「そっか、その考え方は…良いかもしれないですね…」
「明日、どうしよっか」
「とりあえず、街中をくまなく散策してみるかのう」
「そうですね、この街の状況が人為的に行われた何かなら、手掛かりはあるはずです」
「だな……いや、待て、やはり今から動こう、作戦を思いついた」
「まじ?」
「急ぐ必要はないが、普通にシンプルに考えれば良かったのだ」




