45.出来た
夜中、私はパパの部屋の物音に目を覚ました。
パパとはそれほど仲が良かったわけではないが、嫌いだったわけでもない。
2、3分程うめき声や怒鳴り声、物を壊す音が聞こえて来て、流石にそろそろ心配になり様子を見に行こうと思ったら、
その声は止んだ。
それでも折角部屋の前まで来たのだしと、ノックをして扉を開けると、
パパは私に襲い掛かった。
どういう目的だったのかは解らない。でもその表情からは決して冗談とかではないと確信できたし、何よりその手にはナイフが握られていた。
思わず振り回した腕がパパの顎に当たって、
その場に倒れ込むパパの姿を見るでもなく、
家を抜け出して、友人の元へと走った。
以前同じ場所で働いていた、久しぶりに会う友人は、
涙ながらに話す私の言葉に、ただただ相槌を打っていて、
そろそろ私の涙がひっこんできた時、髪の毛を掴まれて殴られた。
「もっと泣けよ」と。
そしてそのまま数度殴りつけられた後、更に馬乗りになって殴られた。
その時の友人の表情は、とても嬉しそうだった。
訳も分からず逃げ出して、顔を腫らして夜の街を歩いていると、
男が声をかけてくる。
不自然に優しい言葉。もう誰も信用したくない。
そう思って、気づけば別居しているママの元へ駆け出していた。
久しぶりに会ったママはやつれていて、
私を見るなり抱きしめて涙を流した。
そのままママの元で生活していると、日が経つにつれて、
どんどんママはイライラするようになってくる。
私はママの邪魔になるまいと、
せめて何かの助けになろうと必死で家事をこなしていたが、
4日目にして、ヒステリックに怒鳴り散らされた。
あんたなんて生むんじゃなかった、愚図で鈍間、何も出来ないクズ、
どうしようもない馬鹿で愚か者、生きている価値が無い。
この世のあらゆる悪口を集めたような罵詈雑言を1時間以上浴びせられて、
ついには自分がした不貞の責任まで私になすりつける。
「あんたがデキたせいで!あんな男と結婚してしまった!私の人生を返せ!!
メイリー!全部あんたのせいだ!今すぐ死んで頂戴よ!」
思わず口答えしてしまった瞬間、ようやく腫れが引いて来た頬に平手打ちされた。
そのまま手を引かれ、パパの元へと連れ出される。
あいつの元へ帰れ、黙って襲われて死ねば、私たちは喜ぶんだからと。
家に戻ると、パパは、私が逃げ出す直前に見た姿勢のまま、
自分が持つナイフが喉に刺さり死んでいて、
それを見たママは、歓喜して死体を蹴り飛ばした。
皆、いつからおかしくなってしまったんだろう。
この街には、もうまともな人間はいないのかもしれない。
だとしたら、私がまともじゃないのかもしれない。
私は行く当ても無く、街を彷徨う。
パパが手にしていたナイフを隠し持って。
食べ物が無い、多少お金はあるが、
自分の知っている店は、既に全て荒らされた後だった。
お腹が減った。
やがて路地裏で蹲っていると、この前見た男がまた話しかけて来た。
そういえば以前、こいつを見たのもこの辺りだったっけ。
どうでもよくなって付いて行ってみると、食事の用意をしてくれて、
だけれど飲んだ水には薬を盛られていて、目の前が揺らいだ。
私は今何をしていたんだっけ。
全部どうでもいい、楽になりたい。
男は服を脱ぎ捨て、メイリーに覆いかぶさる。
メイリーは、気づけば男の腹をナイフで刺していた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
朦朧とする意識の中、真っ赤に染まる景色を見てメイリーは、
「私にも出来た」と思った。
他人をゴミみたいに扱う事が、私にも出来るんだ。
1人の少年が、大人に殴られていた、
それを見た通行人は、大人に加勢した。
1人の女が、路地裏の隅で泣いていた、
それを聞いたお爺さんは、泣き声が煩いと杖で殴りつけた。
2人の男が喧嘩していると、1人がナイフを抜いた。
もう1人は恐怖し、両手を上げて丸腰をアピールすると、
別の見ず知らずの男に背中を刺された。
いつの間にかこの街では、弱っているところを見せた人の元には、
直ぐにクズ共が群がってくるようになった。
メイリーには、それはまるで死体に湧く蛆虫のように見えた。
「気持ちが悪い…。掃除しなきゃ。この街から追い出さないと…」
メイリーはモンスター化しながら、【スイーパー】のクラスを獲得していた。
暴力を、理不尽を働く人間を見かけるたびに、即座に殺して周る。
1人を殺すたびに、世界が綺麗になっていく感じがする。
その数が20を超えた頃、ついには母と友人も手にかけた。
数日経った時、この街の自警団がメイリーの前に立ち塞がる。
「何の役にも立たないくせに、どうして私の邪魔をするのよ?」
その疑問への返答を聞く前に、メイリーは自警団を殺し始める。
気づけば自分から蛆虫を探している。
それが見つからなくなった時、彼女はどうなってしまうのか、
本人さえも解らない。




