40.ビービムル村
フローターで公道を通っていると、時々馬車等とすれ違う事がある。
その際、御者同士は軽く手を上げ挨拶を交わす習慣があるのだが、
そんな折、前から来た、おそらく運搬用の馬車の御者がパンラムに話しかけて来た。
「なぁあんた、ママルっていう獣人知らないか?」
「えっ、っと」
「あの、俺がそうですけど?」
ママルは幌から顔を出して、馬車を覗き見る。
「あ、あんたか!丁度良かった!急いでビービムルに向かってくれ!」
「はい、丁度向かっていたので…」
「そうか!じゃあ頼んだぞ~!」
「あの!なんで俺の名前が?」
「行けば解るよ~~」
「なんなんだ…?」
「すっかり有名人だのう」
「名前を売った覚えはないんだけどな…」
「それでは、ヒポグリフの方からのツテとかではないですか?」
「あ~、なるほど…急いだ方が良いのかな」
「まぁ、そう言っておったからの」
「…ちょっと、俺走って行ってこようかな」
「は?本気か?」
「その方が速そうだし」
(このくらい整備されてる道だったら、思いっきり走れそうだ)
「人を轢きそうで怖いで…」
ママルの全力ダッシュはスーパーカーの様なもので、急には曲がれないし止まれない。
そして本人はレーサーの様な動体視力や反射神経も持ち合わせていない。
「ま、まぁ、確かに…」
「ふふっ、まぁ、あと30分くらいでしょう?このまま行きましょう」
「そうします…」
(なんかちょっと恥ずかしい)
――ビービムルに到着した
「姐さん方、着きましたよ」
「姐さんって言うでない」
「そ、それでは私はこれにてぇ…」
「そう言えばそうだったのう、まぁ、仕方ないか」
「えっ!良いんですか!!」
「約束だしな、二度と悪人に情報を渡すでないぞ」
「はい!はい!ありがとうございます!」
「…パンラムよ。聞け。最後に説教だ」
「は、はい!拝聴致します!」
「…お主のせいで、奴隷になった人や死んだ人はきっといる。何を言いたいか解るか?」
「は…はい…」
「直接は手を下していないから、罪悪感を覚えていないのかもしれないが、
ちゃんと感じるのだ。自分の行いを、心で受け止めよ」
「………………」
「自分の親、村の幼子、好きな人、少しでも大切にしたいと思う人が1人でもいるなら、その顔を思い出せ、いないのであれば、どこかの村でちゃんと暮らせ。
そうしたらきっと、お主はやり直せるはずだ」
「………あ、ありがとうございますっ…」
「よい、ではまたどこかでな」
パンラムは何度もこちらを振り返り、深いお辞儀をしながら、今日来た道を引き返して行った。
おそらく途中で素通りした村にでも行くのだろう。
「ユリちゃん、大人だなぁ」
「なんかちょっとひっかかる言い方だな…」
「褒めてるんだよ」
「私も、ユリさんは凄いと思いますよ」
「そ、そうか…」
(照れてる、なんか可愛いな。って言ったら怒られそうだけど)
「あんたら、ちょっと良いか」
と、この村の住人と思わしき男が声を掛けて来た。
「はい、どうしました?」
(こっちでの会話終わるまで待っててくれたのかな)
「もしかして、あんたがママルって人か」
おじさんは、テフラを見ながらそう言った。
「いえ、私ではなく…」
「あ、俺がそうですけど」
「あっこりゃすまないっ、ちょっと村長のところまで来てくれ!」
――村長宅
サイクロプスの事や、城からママルを頼ってくれとの話があった事を聞いた。
「なるほど……」
(それで俺を探してたのか。……ここの貴族は良い人っぽいか?)
「どうだ?なんとかなるモノなのか?」
「あ、まぁサイクロプスは、俺達でやってきますよ。任せて下さい」
「ほ、本当か?!」
「はい、まぁ今日はもう遅いので、明日にでも行ってきます。えっと、この辺に宿とかありますか?」
「あったが、サイクロプスに壊されてな…、俺の家でも良いんだが…」
そう言われて室内を改めて見返すが、狭い…
(まぁ、雨風が凌げるだけ全然良いんだけど、ここに村長夫妻と5人はちょっとな…)
「あ、そうだ!シモンヌ子爵のとこに泊まると良い!」
「えっ……」
(貴族の家?なんかめんどくさそうなんだけど)
「大丈夫、あの人は基本的には信頼できるからな!」
「基本的に…?」
「徒歩でも30分とかからん。付いて来てくれ!」
シモンヌ子爵邸に案内してもらうと、村長が事情を説明してくれた。
「あ、あなたがそうなのですか…」
「ママルと言い…、申します、よろしくお願いします…」
「ユリだ。よろしくな」
「テフラです」
(ふ、2人共淡泊だなぁ…)
「まぁ、泊めるのは構いませんが…サイクロプスを倒せる?3人で?」
「そうですね…、出来ると思いますが……」
シモンヌは無遠慮にジロジロと視線を送ってくる。
「まぁ、一旦中で話しましょうか」
「それじゃあ俺は帰るぞ、後宜しくな!」
村長はそう言うと、馬で来た道を帰って行った。
「ではこちらへどうぞ」
「お、お邪魔します…」
(アルカンダルで見た貴族の家と違って、何と言うか、質素だな)
「お座りください」
「ありがとうございます」
「私は正直、城からの文で頼ってみてくれと聞いただけなので、あなた方についての詳細は何も知らないのですが」
「あー、まぁその…単に武力があるってだけで、それ以上は特にないですよ」
「な、なるほど…、今日丁度、城から武器が届きまして、必要な物があったらお使いください」
「ありがとうございます(特に必要ない気がするけど)それで、サイクロプスの事なんですが」
「サイクロプスは昔から少し離れた森を住処としているのですが、そこからこちらへやってきて、村を襲ったのです」
「…離れていると言っても、サイクロプス達が徒歩で来れるくらい近いんですよね?今まで問題にならなかったんですか?」
「彼らは基本的に縄張りの外に出ないのですよ、なので古くから、
特にお互い干渉しないようにしていた筈なのですが。
いえ、サイクロプス側がそう思っていたかは知りませんがね。
そのため、入ってはいけないと言う意味も込めて、ビービムル村では帰らずの森と呼ばれています」
「なるほど、そういう事ですか…」
「6日ほど前、村に現れたのは3体、ご覧になられたかもしれませんが、
家屋を幾つか破壊し、人間を襲い、備蓄庫の食料を持ち去って行きました」
「3体…結構、群れる生き物なんですか?」
「正直に申し上げると、解りません。なので拠点となる住処に、何体いるのかも想像つかないのです」
「それで下手に動けずにいると…」
「そういう訳です」
「解りました、明日早速森へ向かってみます」
「でしたら、私からは、私兵をお貸しいたしましょう、たった5人ばかりですが」
「あ~…、いえ、まぁ、危険なので大丈夫ですよ」
「えっ、いやしかし、そういう訳には」
「いや、ママルよ、それは受けるべきだで」
「えっ、どうして?」
「サイクロプスを倒したとして、同行者におって貰っていた方が話が早い。
それに、シモンヌ子爵の面子も立てねばならん。わしらは手柄が欲しいわけでもないしの」
「いえっ!実際何も出来ない私に、手柄を横取りするような真似はできません!」
「ふむ…まぁ、そこはお主がよいならよいのだが……、
正直今のサンロック国内はボロボロだろ?お主のような立場のある、
まともな人間には台頭してもらった方が良いと思ってのぅ」
「それは…………」
「まぁ、そこは今すぐ決めなくてもよい。わしらはわしらに出来る事をするだけだからの」
「……ありがたい…」
それからの会話は、アルカンダルで起こった事や現状を聞かれ、
レジスタンス達と一緒に城を落とした顛末を話すと、
シモンヌは頭を抱えていた。




