39.シモンヌの苦難
サンビムル家はサンロック国の中でも古くからある名家なのだが、
シモンヌ=サンビムルはいつも腹を痛めているし、
齢29にして眉間には皺が刻み込まれている。
アルカンダルからの文ではいつも税を上げろだ、兵を寄越せだと突かれるし、
だけどシモンヌは、これ以上の税は領民が暴動を起こしかねないと心配し、
ギリギリのラインまで抵抗したりして。
おかげで領民からの好感度は多少上がったが、
それが逆にまた期待を裏切れないとシモンヌを追い詰める。
そういう性格だったので、一部からはコウモリ野郎と蔑まれるし、
10年程前の隣国との戦の時には、徴兵を中途半端に行ったり、
そう言った諸々が祟って、名家にも関わらず侯爵から子爵にまで落とされた。
国王の訃報を聞いた時には、正直多少の嬉しさはあったが、
それよりもずっと心労が勝った。これから何をしなきゃいけないのだと…。
近くの貴族も殆ど連絡が取れないし、
アルカンダルに住居があった貴族はどうしてるのかも解らない。
国王の訃報自体、知らない人物からの文が届いただけで、他の連絡は何もない。
最初は何かの悪戯かとさえ思ったが、どうやらそうでもないらしい。
それどころか、噂によると国王は公の前で惨殺されたとかなんとか。
それだけでもシモンヌの頭の中はぐっちゃぐちゃだったと言うのに、
すぐ隣の村にサイクロプスが出たと言う騒ぎで、
最近はまともに寝付けないまでになっていた。
「旦那様、お客人がお目見えです」
「またダニーかぁ?もう、無理だってぇ!」
「お引き取り願いますか?」
「会うよぉ!もう、近いからって来すぎなんだよぉ……」
それほど立派ではないサンビムル邸に、
ビービムルの村長ダニーが馬でやって来たのは、2日前と5日前に続き3度目だ。
「シモンヌ!早くどうにかしてくれよ!」
「私だってどうにかしたいけど、やっぱり難しいんだよぉ!」
「では俺達にこのまま死ねと言ってるのか!!」
「そんな訳ないじゃんっ、でもさぁ、目撃しただけで3体のサイクロプスだよ?
城から派兵して貰うにしたって、最低でも小隊規模が必要なの!」
「だから呼んでくれよ!それを!!」
「だ~~から!!目撃しただけで!!あいつらの住処は森の奥でしょ?!
一昨日も言ったじゃん!何体いるかも解らないのに、絶対動いてくれないよぉ…」
「解らないだろうが!城側と話はしたのか?!!」
「文は送ったよぉ!でも返事がまだ無いの!!」
「じゃあどうしたらいいんだよ!!!」
「そもそもサイクロプスが人間食べにくるなんて、今までなかったんだから。
今回の事もほんの偶然かもしれないじゃん、勿論被害者は可哀そうだけどさぁ」
「次の被害が出る前に!対処してくれっつってんだよ!!」
「わ~かってるってばぁ!」
「お前の私兵に命令しろよ!森の奥に、せめて何体サイクロプスがいるか調べろって!こういう時のための私兵だろうが!!」
「そうだけどぉ!たった5人だよ?サイクロプスに目ぇつけられたら、いよいよヤ~バいんだってば!」
実りにならない押し問答は2時間続いた。
「はぁ~…」
「お疲れ様」
「ナンシー…シエンヌは?」
「勉強してるわ。勤勉な所はあなたそっくりね」
「さすが我が息子。じゃあ邪魔しないようにしとくかぁ」
「あなたは?これからまたお仕事?」
「まぁ、そうだなぁ、やるしかないよなぁ」
「頑張って」
「ありがとう、とりあえず煙草でも吸ってくるよ」
元々愛煙家だったシモンヌは、ナンシーとの間に息子が出来てから、
煙草を吸う時は決まって自室へ行き窓を開けるようになった。
「スゥ……。はああぁ~、ってか、王都はホントどうなってんだ…。
もう、1回直接城に行くべきかぁ?でもなぁ………。
こんな状況で家を空けたら、また逃げ出したとかって言われちゃうよなぁ」
自身のこれからの立ち振る舞いをどうするべきか考えると、また腹が痛くなってくる。
家族も、領民も、ちゃんと守らなければいけないが、
そのためには、どこまで自信を粉にしなければいけないのだろうかと。
外の風に流されて行く煙草の煙を眺めていると、
コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「旦那様、先ほど城から文が届きました」
「やっと来たかぁ!持ってきて」
メイドから文を受け取り、早速読む。前回と同じ、ミルコという知らぬ名からだ。
「なんだぁ、こりゃあ?」
要約すると、現在王政はほぼ機能しておらず、
貴族階級を元にした制度すら怪しい状況で、
兵士の数も全然足りていない、しばらくは各々が自己防衛に努めて欲しい。
武器はあるから送ります。
そしてこの手紙の内容は他言無用で、読み終わったら燃やすようにと。
それから、ママルという獣人を見かけたら頼ってみてくれ、
こちらからも連絡を試みてみるが、
現在どこにいるか解らないため期待しないで欲しい。
そして最後に、シモンヌにサンロック国の王をやって欲しいと書かれていた。
「なああああんでだよおおおおお!!!」
シモンヌの絶叫に、家の皆がビクと肩を震わせた。




