38.皆の朝
その日の夜、ママルはなんだか寝付けなかった。
最近、毎日色んな事が起こる。
まぁ、自分からそういう場所に赴いているので、当たり前なのだが。
今日も人間を沢山殺した。どうせろくでもない奴ら、死んだ方が良い。
そう半ば確信してはいても、自分の目で悪事を働く姿を見たわけではない。
(テフラさんにも、なんか説教じみた事を言ってしまった。
俺の選択は、合っているんだろうか…)
頭の奥に、盗賊達の死に際の絶叫が再生される。
エール2杯では中途半端か、もう少し酔いたい。
ユリとテフラの寝息が聞こえる。
(ちょっと、散歩でもしてこよ)
酒場はとうに店仕舞いしており、静けさを感じながら外への扉を開けると、
そのまま感傷に浸りながら、頑丈な木の柵で囲われたトワイトの敷地内を歩く。
ボーっと柵の外の、樹々の揺れる葉を眺め続けると、ふと頭をよぎるのは、
テフラに肩車されて、この辺りを走り回った景色。たった二日前の記憶だ。
(ユリちゃんと、テフラさんと、シイズ村の皆とか、そういう人たちを、嫌な目にあわせたくないなぁ…)
全然眠くならない。いくら歩いたって、どうせこの体は疲れなど感じない。
日が昇るまであとどのくらいだろうか。
年、月、日、時間の数えは、聞く限り前世と同じだった。
でも、今が何時なのかは解らない。
そう言えばアルカンダルには時計があったけど、なんか変だったな。
(これがセンチメンタルってやつか。ルゥさんが言ってたっけな。センチメンタル)
「……元気かなぁ」
ふと、柵の向こう、草葉から不自然な音が聞こえた。
(なんか、獣でもいるのか?)
ガサッ ザザザザッ ザワッ
「お、おい…なんかいるのか?!」
「アウッ!ア…、イウオオオア!!!」
「な、なんだ?!おい!出てこいよ!!」
ママルは謎の声にビビリながら、虚勢で声を張り上げる。
「グゥウウウ…ェエオイ…」
姿を現したのは、剣を手にしたコープスだった。
(コープス!?なんでこんなとこに!まぁ、でもこんな奴、サクっとやっちまおう)
「≪マジックスフィア:魔力球≫!」
魔法は狙った対象へと飛んでいく、そして。
「イアぉゥ!≪躱刹≫」
(!!避けられたっ?!)
回避された瞬間に、マジックスフィアは消滅した。
対象へ勝手に飛んでいくこの魔法が回避可能であることも、
回避された時点で消滅することも、
これまで知らなかったし、気にしてさえいなかった。
「くそっ!」
ママルは柵を越え、コープスに飛び掛かりながら殴りつけようとするが、またも回避される。
(こいつまじか…)
「エんアッ!≪剣刹≫」
まともにコープスの剣を受けてしまいぶっ飛ばされた。
(いや、ちゃんとしろ俺!こっちのヒット率を上げれば良いだけだろ!)
「≪マジックテールⅥ:魔法ヒット率超大幅上昇≫!!≪マジックスフィア:魔力球≫!!」
「え゛ぁっンッ!!!≪躱」
今度こそ見事コープスの頭部にヒットし、倒すことが出来た。
(な、なんだったんだ…こいつは…)
「この首無し死体、どうしよう…」
――夜が明けて、朝。
ユリが宿屋の主人と何やら話している。
「では、これを頼む」
「確かに受け取った」
「ユリちゃん、何してんの?」
「ハルゲンで見つけた書類だ、一応これをミルコらの元に届けてもらおうと思っての」
(俺、あんな書類の束が入ってるリュック背負ってたんだ…)
「なるほどね。あ、そういや昨晩遅くに散歩してたらコープスに会ってさぁ、しかも多分スキル使ってきて、マ~ジで焦ったわ」
「「え?」」
ユリとテフラがハモる。
「お主そういう事は早く言わんかい!」
「そうですよ!そもそも起こしてくれたって良いのに!」
「い、いやいや、大丈夫だったから。ほんと…あ、そうだ」
「今度はなんだ…?」
「いや、その、宿屋のご主人さん…」
「俺か?なんだ?」
「あっちの方の、柵越えた辺りに、その、半分腐ってる感じの、首無し死体があるので、まぁ、お願いします」
「はぁ?!!!」
「じゃ、じゃあ、後は宜しくっ」
「おい!てめ!どういうことだ!」
「説明が大変なんですよ~!た、たまたま発見したって事でどうか」
「はぁ…まぁ、仕方ないかのぅ」
「そうですね…」
一行はそそくさとパンラムが待つフローターへ乗り込んだ。
「で、そのコープスは何だったんかの」
「解んないけど、アレかな。ハルゲンに向かう途中に見つけた死体の奴、位置的に関係ありそう」
「コープスを外に持ち出そうとして、やられたとかですかね?」
「いや、あの死体の感じは恐らく、ハルゲンに持ち込もうとしていた奴じゃないか?」
死体は腹部の傷しか見当たらなかった。既にコープス化されていたとしたら、あの程度の傷では動き続けるはずだ。
「あぁ、確かにそうですね」
「じゃあシンプルに、昨日のコープスに襲われたのが、あの打ち捨てられたフローターなんじゃない?」
「まぁ、そうか。ではそいつは、ハルゲンから脱走した奴とか、そんなとこか」
パンラムは幌越しに3人の会話を盗み聞くが、これは職業病的な癖で、
今に限っては意図して行っているわけではない。
(なんか死体とか物騒な会話してるなぁ…あんまり関わりたくないなぁ…)
「パンラムよ!」
「は、はい!!」
「この公道はどこまで続いておる」
「えぇっと、サンロック国内の街や村であれば、大体繋がってるんじゃないですかね…」
「ビービムルまではあとどのくらいかかるかの?」
「えぇっと、3、いや、4時間くらいですかねぇ…」
「そうか。お勤めご苦労」
(お勤めって…給料出してくれるのかなぁ)
「あ、ユリちゃん、そういえば時間ってどうやって計ってるの?」
「時計なら持っとるでな」
「まじ?見せてっ」
ユリはリュックから懐中時計のような物を取り出した。
「へ~~、こんな技術あったんだぁ」
「技術というか、魔法だが。ちゃんと角度を合わせないと、微妙にズレるのぅ」
「どういう魔法なんですか?」
「これはこの針が、日のある方向を指すという魔法が使われとる、故に基本的には北を向いて確かめるのだ」
「はぁ~、なるほどね~。こういうのなんか面白いな」
(つまり、この世界の時計は一日で一周するのか)
「魔道具が好きなんか?」
「っていうか、その仕組み的なのを教えてくれるのが好き」
「そ、そうか」
「ママルさんは、他に何が好きなんですか?」
「え~っと…なんだろう」
(本もアニメもゲームもネットもプラモもないこの世界で、好きなもの…)
「酒……あと前にも言ったけど、動物かなぁ…」
「例えばどんなのですか?」
「基本的には大体好きですよ、犬猫は勿論、亀とか兎とか、馬とかパンダとか、アヒルとかヤギとか、後は、文鳥、フクロウ、フェレット、アザラシ、カワウソに、ウォンバットとか!他にも~」
「半分くらい知らんな」
「私もあまり聞いたことないですね」
「あ、そう…」
「何が良いのだ?まぁ別にわしも嫌いではないが」
「かわい~~からでしょうが!特にやっぱ犬猫なんかは触り心地も良いし!」
「……触りますか?」
テフラが右腕を差し出してきた。
「え゛っ!!!…………と、じゃあ……」
「…お主、なんかヘンタイみたいだぞ……」
「えっ………」
結局触れなかった、おのれユリちゃんめ…
 




