31.ママルとテフラ
トワイトは、村と言うには少しばかり大きい。
アルカンダルから近い事が理由で、行商人が行き交ったりしていて、
ママルは、意外とちゃんとしてる人も多いんだな、なんて思った。
到着し宿に入ると、1階が酒場となっていたので食事をする事にした。
そしてそれぞれが適当に料理を注文した時、テフラがとんでもない一言を放つ。
「その、エールを頼んでも良いでしょうか」
「!!!」
ママルはドキリと胸が高鳴る。
「ん?別に構わんだろ」
とユリがこちらに視線を送ってくる。
「えっ、その、じゃあ、俺も飲んでみたいんだけど…」
「?好きにしたらよいではないか、元はと言えば、お主のポーションを売って得た金だ」
「……じゃあ、エールをもう1杯追加で」
そう店主に注文すると、訝しんだ視線で詰められる。
「…あんた、歳は?」
「えっ、いや、ちゃんと大人ですよ」
「ふぅ~ん。まぁ、金払ってくれるんなら、こっちは構わんがな」
一応の年齢規制はあるものの、特に証明書や罰則は存在しないため、
ただ言質を取っておいた、と言った所だろうか。
実際ママルが大人だと信じてくれた訳ではなさそうだ。
間もなくエール2杯と、ユリが頼んだぶどうジュースが運ばれて来た。
「え~っと、じゃあ、乾杯って事で」
ママルが木製のジョッキを突き出すと、2人もそれに倣った。
(アルカンダルの飲食店で食事をしていた時から気になってたんだ。
状況的に酔って浮かれてる場合では無かったから、なんとなく遠慮してたんだけど…)
グビっとエールを流し込む。ちょっとぬるい、あんまりシュワシュワしてない、しかし。
「っくふ~~~~~っっ!!」
「そ、そんなにうまいのか?」
「いやぁ、なんか、染みるって言うかさぁ…」
チラとテフラの様子を見ると、凄い勢いで飲んでいる。
一気飲み?!とか思っていると、ドン!とジョッキをテーブルに叩きつけた。
「っくあ~~~~っ……!」
「す、好きなんだ、エール」
「…す、すみません。私の故郷では、その、麦が良く取れたんです」
「な、なるほど…」
「…よく宴をしていて…、どうでもいい理由にかこつけて、村の皆が集まって、
子供たちは大人を不思議そうに、でもどこか羨ましそうに眺めながら遊んで、
大人たちの喧騒を聞いているうちに眠くなるんだ。
私が大人になって、初めて飲んだエールは全然美味しく感じなくてさ…」
テフラは2人に聞かせると言うより、ただ思い出を吐露しているような感じだ。
「まぁ、解るなぁ」
「そういうものか」
「コヤコが初めて狩りで獲物を仕留めた時なんか…ぅぅ…」
(もう出来上がってるのか?早くない?)
「あの、もう一杯、いいですか?」
「ど、どうぞ」
「テフラよ、大丈夫なのか?」
「だって、盗賊のクズ共が来てから、ずっとまともな食事も出来なかったし!
助けてもらった後だって、お金ないし~!」
「ちょ、ははっ、いや、笑い事じゃないんだけど」
「もう1杯だけだでな。ご主人、エールと、水を追加で頼む」
「あいよ~」
――しかし意外な事に、テフラは全く潰れなかった。
初速が早いと言うだけで、酒に弱いという訳ではないらしい。
実に宴に向いた酒飲みだ。
気づけばママルは3杯目、テフラは6杯目を飲んでいる。
「もう、わしゃ眠いわい、お先に部屋に戻るでな」
「えぇ~、ユリさぁん。一緒にいて下さいよぉ~~」
言いながらテフラは座ったまま、立ち上がったユリに抱き着いて、いや、もたれ掛かっている。
「ははははっ」
「ちょ、おい、ママル、笑っとるでないぞ!」
「ユリさぁん!クゥ~~ン」
「おい!こいつはもうダメだ!寝かすで!」
「良いな~」
「アホか!バカたれ!!」
「はいはい、テフラさん、お子様は寝かせてあげないと可哀そうだよ~」
テフラをユリから引き剥がしながら、いらない事を言ってしまった。
「むっか!!!ふんだ!!バカ共め!!」
ドンドンと床を鳴らして階段を上がる音が響く。
「あ~、行っちゃいました、怒らせちゃったかなぁ」
「今のは、結構ちゃんと怒ってたかも…。後で謝ろ…」
「…2人は、仲良いですねぇ…出会ってまだ2か月くらいでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「気が合うんですねぇ」
「って言うか、ユリちゃんが距離つめてくれるからかなぁ」
「ママルさんは受け身タイプかぁ」
「まぁ、そッスね…。」
「ふぅ~ん…」
(な、なんか見つめられている様な、怪しい気配…)
「ね、ちょっと外の空気吸いに行きましょうか」
「あ、はい…」
グラスに残ったエールを煽り席を立つと、店主が、
「外行くなら先に会計~」と言ってきたので、テフラさんを先に行かせておいた。
「お待たせしました」
酒で火照った体に夜風が染みる。
そうしんみりしていると、やはりテフラが話しかけて来た。
「今日は、ありがとうございます。楽しいって思ったの、ほんとに久しぶり」
「いえいえ、それは良かった」
そのまま宿の前で突っ立っていると、またもやジ~っと見つめられる。
「な、なんです?」
「いえ、その、不思議な人だなぁって」
「はぁ…?」
「よいしょっ」
「ちょっ!」
急に後ろから両腋を掴まれたと思ったら、肩車されていた。
「さ、流石に恥ずかしいんだけど…」
「こんなチビっちゃいのに、頑張ってるんですね~」
テフラはゆっくりと歩き始める。
「い、いや、そう!ユリちゃんの方が頑張ってるし、俺なんか…」
「そういう謙遜、好きじゃないです、よっと!」
「おわ!!!」
テフラは村の外、今日通って来た道の方へ走り出す。
「ちょっ!は!早い!」
思わずテフラの頭を抱くように捕まってしまう。
「アッハッハッハ!!」
「いやめっちゃ笑ってる!」
テフラは故郷で、幼馴染のコヤコの、妹のベルを、
同じようにこうやって肩車して走り回っていた頃を思い出す。
とても楽しかった思い出。
その瞳には涙を浮かべていたが、
ママルがそれを見て取ることは無かった。




