27.覚醒
――ユリ達がママルと別れた直後
「あの扉の先か!」
ユリが扉を開けると、衛兵とばったり出会ってしまう。
「≪拳撃≫!!」
背後からミルコが高速の拳を繰り出し、一撃でKOした。
その両腕にはナックルが装備されており、先日ママルを殴っていた時は、
言うほど本気では無かったのだなと、ユリは自身の思い違いを正す。
「また扉、鉄格子だのぅ。壊せるか?」
「いや、多分鍵がどこかにあるはずだ、探すんだ!」
「ふむ…」
鉄格子の先を覗くと、またもや牢屋が立ち並んでいた。
「ありました!」
「良し、開けてくれ」
中へ入ると、それぞれの牢屋に1人ずつ、
こんな騒ぎだと言うのに蹲っている人の姿が見える。
「おい!助けに来たぞ!!おい!!!」
「あ、あぁ…、あぁ…そうか…そいつは良かった…」
「牢の鍵は!」
「今開けます!!」
「ホラ!立て!どうした!皆も他の牢屋を頼む!!」
「これは…こやつら、明らかに何かされておるな……」
「クソッ!行くぞ!歩けるか?!気張れ!」
「あぁ…。あぁ…そうだな…」
ミルコが肩を貸す事でなんとか立ち上がる。
「他の牢はどうだ!」
「こっちも、意識が朦朧としていますね」「こっちもだ!」
(ふむ…、下手に暴れたり自害されないための措置か?…胸糞悪い。
大方殺し合いをさせる時には、また別の状態にさせるのだろう)
幸いと言って良いのか。牢の人数はそこまで多くはないため、
1人につき2人が手を貸していても余裕がある。
「いや!やだ!嫌だ!!!」
「おい!置いていくぞ!!」
そんな声が聞こえてユリが覗きに駆けつけると、部屋の隅で蹲っているワーウルフとジョシュが揉めていた。
「どうしたのだ?」
「ユリさん、こいつが、何かやけに嫌がって…、おい!何が嫌なんだ!!急いでるんだ!」
「まぁ待て、お主よ、落ち着け。大丈夫かの?ジョシュは一旦下がっておれ」
「あ、あぁ…任せますよ?!…」
ユリはそっとワーウルフを抱きしめた。
「大丈夫、お主は助かる、怖い事はもうおしまいだ。落ち着いて、深呼吸をするのだ」
「フーッ…フーッ…すぅ~……はぁ………」
「お主、名は?」
「て、て、テフ、ラ」
「よし、テフラよ、わしはユリ。わしの目を見ろ、出来るか?」
ユリは姿勢を低くし、テフラに目線を合わせる。
「よし、そのまま、手を出すのだ」
おずおずと差し出された右手を、ゆっくりと両手で握る。
「辛かったな、大丈夫。大丈夫。こんな所から出て行こう、出来るな?」
テフラは、ぎこちなく頷いた。
「よし、立ち上がろう、ゆっくりでよい」
その瞬間、金属同士がぶつかるような戦闘音が響き渡り、テフラの体がビクッと跳ねる。
「大丈夫、心配ない、ここにおる者達は味方だ、わしも行かねばならん、ここで待っておれ」
テフラを置いていくことに未練はあったが、何か戦闘が起こっているなら手助けしなくてはならない。
一瞬振り返ると、のそと立ち上がろうとするテフラの姿が見えた。
(頑張るのだぞ!)
もう一つの通路に行くためには、この牢の部屋から一度闘技場のリングのある舞台へ出て、
そこから観戦席へ上がって行かなければならない。
舞台へ出ると、レジスタンス達が数人の敵と交戦していた。
「圧倒的な力の前ではなぁ、いくら数を揃えても意味がねぇんだよ」
そんなセリフを言う男に、ミルコが声を投げる。
「貴様らは…っ!」
「こいつらはこの闘技場を守護する3人の戦士!」
剣と盾を構えた大男2人と、短杖を持っている小太りの男がニタニタと笑っている。
「そしてこの俺が、この闘技場のキング様だ!騒がしいから様子を見に来て見りゃ、面白れぇ!殺されてぇ奴から前に出ろ!」
既に幾人かのレジスタンスメンバーが倒れているのが見える。
(命は無事だろうか…)
「闘技場のキング?ではお主は、ここで戦うのを強制されているのではないのか?」
「あぁ、そうだぜ、だがキングには特別な恩赦が与えられてるんだ。
強盗殺人で取っ捕まった俺からしたら、この立場を崩したくねぇってワケよ」
キングは自慢げに自分を語る。
「はっ!小物だな」
「あぁ!!てめぇから殺してやる!!!」
キングはハルバードを構え、スキルを振るうために一歩を踏み出す。
「≪戦撃とっ」
「≪理障壁:物理結界≫!」
足元に現れた結界により、踏み出すためのその一歩が阻まれ、キングは転倒した。
即座にユリは声を上げる。
「意識の薄い者を牢に非難させろ!
弓を持つ者は客席に上がって援護!それぞれ互いに距離をとって!
他は隣の者と3人1組で!攻撃と防御を分担しながらを仕掛けるのだ!
こやつらの内側には入るでないぞ!だが敵の攻撃を恐れるな!わしが援護する!」
ユリは決して実戦値があるわけではない、まして対人戦なんか初の事だ。
今叫んだ作戦だって、最善を尽くそうと今考えた、言ってしまえばただの思い付き。
もしこれで誰かが傷ついたら、死んでしまったら、全滅してしまったら、
そんな想像に足が竦み、声が震えそうになるが、勇気を振り絞る。
(今、自分がやらなければならない事をするのだ、頑張れわし!頑張れ皆!)
「小賢しい真似をォ!!!おい!ウズ!弓兵を観戦席に行かせるんじゃねぇ!!」
キングは立ち上がりながら小太りの男ウズに激を飛ばすと、ウズは慌てて魔法を放つ。
「≪ショックウェーブ:音衝撃≫!!」
「≪魔障壁:魔法結界≫!!!」
ウズの魔法は光の壁に阻まれ消滅する。
「クソが!!ドム!モラ!あの女から殺すぞ!!」
「させん!!」
すかさずミルコが殴りかかると、他のメンバーもそれに続く。
互いに攻撃を捌きながら致命傷を狙い合う、
ユリは主に敵のスキルを潰している。
一見互角だが、ユリの負担が大きい、一手間違えば総崩れしかねない。
(まずい!まずい…!まずくない!できる!間違えるな!出来る!!)
同時に出せる結界は1枚だけ、敵のこのスキルならミルコなら受けきれる。
この魔法ならあの弓使いなら躱せる。
この位置に出せば2人のスキルを同時に防げる。
そんな判断も混ぜながら、高速で結界を切り替えていく。
ドムとモラは口が利けないのか、唸り声を上げてスキルを発動する。解りにくい。
攻撃魔法を撃つ暇が無い。
どんどん、気持ちが追い詰められる。
(苦しい、辛い、死なせたくない、勝ちたい!)
これだけの人数の殺し合いを約2分、一手も間違えずに魔法を発動していたが、
ユリは魔力の限界が近づき、集中力が切れ始め、
敵の体勢や発声によるスキルの見極めに遅れが生じてくる。
「≪バウンス:響弾≫!!!」
ウズの魔法に即座に魔障壁を展開する、だが。
(ミスった!!)
これは物質を弾き飛ばす魔法だ。地面に落ちた矢を魔法で飛ばしたのだ。
魔法は魔力波、それ以外のスキルは気力波が発動時に発せられる。
ユリはそれを≪先眼≫というパッシブスキルで敏感に感じ取り最速で反応している。
だが魔力切れが近くなり、スキル効果の先読みが鈍った。
そのため魔法による物理攻撃は、単純ながら最も刺さる方法だった。
ユリを目掛けて、高速の矢が飛んでくる。
理障壁への切り替えは、間に合わなかった。
思わず目を閉じてしまったユリだが、直後襲ってくるはずだった激痛はやってこない。
バッと顔を上げると、目の前にはテフラの背中があった。
「お、お主…!」
「ユリさん。大丈夫、意識はハッキリしています」
テフラの足元には、折れた矢が転がっている。
「大丈夫。もう、間違えないよ、コヤコ…………≪瞬爪≫」
瞬きも許されないほどの一瞬で、ユリの目の前からウズの背後までを、
一筋の赤い閃光が迸った。
ウズはテフラの爪により頸動脈を切断され、首から血を噴き出している。
「うわ!うわ!うわああ!死んじゃう!僕、死んっ……」
「てめぇはァ!!」
キングがテフラの存在に気づいた時には、ドムとモラも、ウズと同じように倒れていた。絶命までもう間もない。
「あんたは知らない。でも、敵だよな?」
気づけば四方を敵に囲まれたキングの命もまた、あっけなく幕を閉じた。




