25.裏闘技場
――約1か月前
「さぁ!既にお配りしたビラの通り!今日のカードは注目です!!」
小太りな男の声が、会場に響き渡る。
「いやぁ、楽しみですな」「どっちに賭けました?」
「オッズもほとんど均衡してますよ」
「なんとこの2人の出身は、ここより遥か北の地!
実りの低い寒村で慎ましく暮らしておりました!そこには2つの種族の獣人が!
ワーウルフとワーキャット!異種族同士でありながら仲良く!
なんて尊いのでしょう!それなのに!
ある日、そんな村が盗賊に襲われてしまったのです、あぁ!なんて可哀そうに!」
「はっはっは」「ワシはこの語りが好きなんだよ」
「解ります、観戦にも一層熱が入るというもの」
「そんな盗賊に捕まり、村の者は哀れ奴隷の身に墜ちてしまいました…!
そんな2人を、国王様はお救い下さったのです!あぁ!なんて慈悲深い!!」
拡声魔法で演説する男の声は、戦う舞台となるリングの外の観戦席は勿論、
リングの内側には一層煩く響く。
リングの両端にはそれぞれ鉄柱が突き刺さっており、そこに拘束具が接続されている。
(ふざけるな…!何が救い!何が可哀そうにだ!ふざけるな!!!)
ワーウルフのテフラは震える、暴れまわりたいが、拘束具によってそれも叶わない。
体は勿論、口も目も塞がれているのに、耳は塞がれていないのも敢えてそうされているのだ。
「奴隷まで落ちた2人の幼馴染の少女が!栄光あるキングの座を目指して!!
今!戦うのです!!!」
「「「「わーーーー!!!」」」」
歓声が響き渡る。
(私達が戦う訳ない!私が殺されることになったっていい……!
それでも、こいつらを1人でも多く道連れにしてやる!!!)
「それでは!これより闘技の儀を!!皆様ご注目ゥ!!」
リングの両端に拘束されている2人の背後に、
戦士の恰好をした大男がそれぞれ立つと、
拘束具の首の後ろにあるスイッチに拳を構える。
「せーの!!!!」
「「「「Rise to VICTORY!!!!(勝ち上がれ)」」」」
歓声と共にスイッチが押された。
「さぁさぁ!開幕まで!!スリーー!!!」
「「トゥーーーー!!!!」」
「「「ワン!!!!!!!」」」
カウントと共に、舞台上から戦士2人と演説の男が小走りで姿を消す。
「「「「スタートーーーー!!!」」」」
ガチャン!と音を立てて拘束具が解かれた。
「コ、、コヤコ…!」
「テフラ!!!」
2人が目を合わせた直後、動きが停止する。
「グ…ウウゥゥ…!!ウゥゥゥゥ!!!!」
テフラは唸りを上げ、歯を食いしばる、衝動が、こみ上げてくる。
耐えて、耐えて、耐えて、今にも歯が砕け散ってしまいそうなくらい力む。
涙や涎が垂れている事にも気づかないほどに。
(盗賊を!兵士を!殺す!奴隷商を!貴族を!国王を!この!目の前の!こいつを!!!)
「ブッ殺してやる!!!!」
拘束具に仕込まれていた薬品は、幻覚剤。
魔法の力を混ぜたそれらは魔法薬と呼ばれる。
目の前の人物が、自分の仇敵に思えてしまう、そしてその怒りが増幅される、
それだけの魔法薬が、スイッチによって注射されていた。
「「「「ウオオオオオオオオォォォ!!!!!!」」」」
歓声と共に、テフラとコヤコの二人が、爪を、牙を、スキルを駆使して、
全力でお互いを殺しにかかった。
観戦席の最上部、VIP席から眺めていた国王が、
すぐ近くの一般席に一人の男の姿を見て声をかける。
「キング、観戦とは珍しいな」
「国王様程じゃないですが、俺だって見るのも好きだぜ、
それにこの2種族は元々戦闘力がそこそこ高いですからね」
「ハハハッ、見ろ、あの獣どもの姿、やはり人間が管理してやらねば」
「うはははは!!確かに!!家畜みてえだ!!」
「やせ細って、食えたもんではなさそうだがな、ハハハッ」
「ちげぇねぇっ!うはははは!」
「キング、国王陛下に向かっての口の利き方ではないぞ」
「騎士団長、良いだろ別に、国王様が許して下さってんだ」
「慈悲の心でな。弁えろと言っている。闘技場キング程度に与えている権限など、いつでもはく奪できるんだぞ」
「へいへい。解ったよ!ったく…」
キングと呼ばれた男は、言いながら遠くの席へ移動していった。
「レイン、よい」
「しかし国王陛下!」
「よいのだ、憎たらしいほど、使ったときにスカっとするものだ、哀れな兵士としてな」
「はっ、ご指導、有難き幸せでございます」
直後、ワッ!と闘技場を揺るがす歓声が上がった。
「決着ゥ~~~!!!勝者はァ!赤毛のワーウルフ!!テフラ~~~!!!!」
「「「ワアアアアアア!!!!」」」
テフラの爪がコヤコの腹部を貫き、絶命を確認した時。
つまり、自らが仇敵と思い込んだ相手を殺した時、幻覚の効果は切れる。
「………何……、これ………!な、なんで……!!!なんでェ!!!」
混乱し、慟哭するテフラに向かって麻酔針が撃ち込まれると、
布の担架で運ばれ、奥へと消えて行った。
「いやぁ熱い試合でした!それでは皆様、次の試合まで30分の休憩タイムです!
どうぞ引き続きお楽しみください!!見事的中した皆様はダブルアップのチャンスがございます!詳しくは販売員の方まで!!」
「どうだった」
「国王陛下、見世物としては最上だったかと、
ただあの殺し方は運が悪かったですね、ワーキャットはもう使えないかと。
それに、あのワーウルフはあと数度しか戦えないかもしれません」
「ふむ、やはりか。どうせなら、キングと戦わせてみるか?」
「現状では流石に実力不足感は否めませんが、話題になるかもしれませんね」
「もう1、2回戦わせて、調子を見るか」
言葉だけではある意味で理知的に見える二人だが、
ニヤニヤと、悪魔のような笑みを浮かべていた。




