178.戦士
昔々、ある1人の、オーガの戦士が居た。
彼は、エンパル帝国の軍勢から降り注ぐ、矢や魔法の雨を受け、
全身は焼かれ、何本もの矢がその身に突き刺さりながらも、前進を止めない。
多くの弾は、その硬質な皮膚や筋肉、何より気力によって弾かれる。
辛うじて突き刺さった矢も、全く致命には至らない。
3メートルを超えるだろう巨躯が、金棒を振り回す。
実に武骨な、武器と言うにはお粗末なそれは、
圧倒的な破壊力でもって敵を吹き飛ばした。
たった一振りで、複数人の人間が宙を舞う。
一撃で絶命した敵の肉体はボロ雑巾の様にひしゃげ、鮮血をまき散らす。
接近させてはいけない、まるで勝ち目がない。
そう遠距離で戦う敵の元に、岩が投げつけられた。
続けて木材が、土くれが。敵兵士の武器が、鎧が、肉塊が投げつけられた。
そんな原始的な破壊のパワーはひたすらに圧倒的で、
掠るだけで致命傷になる。
そんな戦士は、なんて事は無い。
ただの1人の戦士だ。
何も階級の話ではない。名実ともに、ただの1人の戦士。
後世に名を残す様な偉人でもなければ、語り継がれる伝説でもない。
それがオーガの、戦士の強さだ。
オーガの戦士1人の戦力を人間で例えるなら、一般兵にして数百人はくだらないだろう。
――――
ママル達は中央内を歩いている。
周囲を見回してみると、そこにある家屋の多くは、
これまで見て来た村にあった物よりも、どこか古さを感じる。
それから辿り着いたガラムトの家は、
例えば人間の貴族の様な豪華な物では無かった。
それでも、これまで見たオーガの家のどれよりもしっかりとした作りで、
そして何より、全てがワンサイズ大きい。
巨人の家に迷い込んだ、と言う程では無いにしろ、
例えば玄関扉や、入って直ぐ脇に置かれていた籠からして大きい。
そんな家の一室の広間に案内されると、
大きな円形のカーペットの外周に沿う様に、促されて各自が座る。
「あ~っと、そうだ。お前ら、ちょっと待っててくれ」
ガラムトはそう言うと、1人家の外へと出て行った。
「な、なんか…、初対面の人家に入れて、家空けるって凄いな…」
「まぁどのみち、わしらだけで外出は出来んだろうがのう…」
ガラムトはほんの数分で帰って来た。
「っと、すまねぇな。飯頼んできたから。そのうち届くはずだ」
そんな事を言いつつ、ドッカと音を鳴らしながら、皆と同じように床に座る。
「え、あ、ありがとうございます…」
「…でだ。呪界から来ただって?」
「あぁ、そ、そうですね」
「コムラは解ったとして、お前らはなんでそんな所にいた?」
「え?えっと、呪界が広がって来てて危なかったので、止めようと」
「はあ?…止める?どういう事だ」
「解らなかったので、調査しに入って、止めました」
「………どうやって?」
「………………あ、あの、悪魔って、マジでいるの知ってます?」
「……一応、軽くな…」
「呪界も悪魔の仕業だったので、倒しました」
「…………お前がか?」
「えっと…俺らと、あと竜人の人と、ドラゴンで…」
「ドラゴン……随分強いらしいからな…そう言う事か。っつうか、そんなのと知り合ってるなんて、お前ら一体…いや!そうだ!お前らの名前を聞いてねぇじゃねぇか!!ッカーー!」
ママル達はそれぞれが軽く自己紹介をする。
当然、ユリとメイリーの仮装もそのままに。
「獣人連中ってのは、皆そんな気の良い奴らなのか?」
「いや、どうでしょう…、幸い、俺は悪い獣人に会った事はないですが…」
「ふぅん…。まぁ…他にも色々と気になるが、まずコムラの事を決めないとだな」
「あぁ、そうですね。…その、なんとかなりますか?」
「するよ。当然な。飯食ったら掛け合ってみるさ」
「お…、おぉ!やったねコムラちゃん!」
「う…うん……」
「一応、俺の客って事で入らせたからな。最悪、しばらくはここに居て貰う事になるかもしれんが」
「…うん……」
「ま!あんま心配すんな!このガラムト様がついてっからよ!」
「お~、カッコイイ…」
「カッカッ!だろ?!」
「……あの、折角なので、俺からもちょっと聞いて良いですかね…?」
「いいぜ」
「戦士って、あなたの他に何人、ってか、どのくらい居るんですか?」
「20だ」
「20人!!思ったより多いな…」
「半分近くは老兵だがな」
「あぁ…なるほど…、で、その、どうして皆ここに居るんですか?」
「ここの守護が任務だからな」
「…その、どうしてですか?」
「悪いが、答えられん」
「……………その…………」
(どうして前線に出ないんだ。今もオーガの村が襲われてるかもしれないのに)
そう聞きたいが、ママルがどう考えても失礼な問いになってしまいそうで、
中々言葉が出て来ない。
「…解るぜ。ママルの言いたい事は。本当は、俺だって今すぐ南に向かいたいんだ」
「そ、そうですか…、すみません」
「いや、………うぅ~ん……そうだな…、俺達は、絶対にここを守る必要があるんだ」
「……なるほど…離れてる間に襲われたら困るからとか…」
「ま、そんな感じだ」
「…………。あ、そう言えば、この街の名前はなんて言うんですか?」
「名前は無い。だから皆中央と呼ぶのさ」




