177.中央
――プロテッド国での事件が起きた翌日。
「どうだ、爺や、覚えられそうか?≪デモニング:悪魔召喚≫とやらは」
「…………奴の本で、このスキルの理論は解りましたが…」
「………呪術師連中の協力を得続けるためにも、頑張ってくれ。血の方は別に集めさせている所だ」
「はい………、今しばらく、お時間を頂ければ…おそらく。しかし、触媒となる魔法士の方は…」
「いくらでもいるだろ。モンスター化してる魔法士なんて、うちの兵の中にも。
いいから、爺やはスキルの習得に集中してくれ」
「……………はい」
そんなやり取りをしていた2人の部屋に、足早に近づいてくる者の足音が聞こえた。
その人物は部屋の扉を開こうとして、鍵がかかっている事に気づき声を大にする。
「おい!!アレウス!!貴様!!!」
「その声は、マージェスか…、どうした?!」
「今すぐ開けろ!!ぶち殺すぞ!!!」
「あぁ?」
アレウスは疑問を持ちながらも、警戒しつつ扉を開く。
「アレウス!どういう事だ!!」
「何がだ、何をそんなに激昂している」
「使ったな!!≪デモリッション:悪魔憑依≫を!!誰かに使わせただろう!!!」
「は?…どうしてそう思う」
「付近の!アルル大陸の呪力が減った!急激に!ただでさえ最近はずっと減少傾向にあったと言うのに!それが!急に!大きくだ!!解るんだよ!!我々呪術師ならば!!」
「そうなのか…だが、私はやっていない」
「…先日この話をしたばかりだと言うのに、貴様以外誰がいると言うんだ!」
「…………ふむ。きっかけは、アルタビエレの死。であるならば、奴と契約していた誰か。おそらく世界中にいるだろ?そして、誰でも使えるんだろう?」
「……………………………」
「………………こうなった以上、どこで誰が魔人化するか図れない。ならば、やはり私達の仲間に≪デモリッション:悪魔憑依≫を使わせるべきじゃないか?」
「っ…………………………」
「アルル大陸のどこかで、私達が知らない人物が勝手に使ったんだ。
いつまた使われる事やら…、折角溜めた呪力なんだろう?
出来るだけ、有効に使おうじゃないか」
「……………………………」
――そして現在。
ママル達は中央と呼ばれるオーガの拠点を見つけた。
大きな岩々が隙間なく積み重なり、巨大な壁を作っている。
かなり大規模な拠点を築いている様だ。
外観はこれまで見た事のある城門のどれよりも大きく、
その周囲には、木で出来た防護柵がいくつも配置され、
その柵から飛び出す様に伸びる木の先端は鋭利に尖っている。
中の様子は全く見えないが、城門の前に2人の門番が居るのが見えた。
「むちゃくちゃデカいな……」
「解り易くて助かったがの…、さて…」
「とりあえず、あの門番と話してみるかぁ…」
ママル達が近づくと、門番をやっているオーガの男の1人から先に声が飛んで来た。
「止まれ!!」
反射的にママル達は立ち止まる。
門番からは20m程まだ距離がある。
「何用か?!!」
「え、ええっと…ここに!戦士が居るって聞いて来たんですけど!」
「何の用だと聞いた!」
「こ、この子!コムラちゃん!戦士に会いたいって!」
「………ならぬ!!帰れ!!」
「………は?」
ママルは1人で近づき、距離をつめた。
「おい!近づくな!何人もここに入れる事は出来ない!」
「いやいやいや、せめて事情を」
「…コムラとは、見た所おそらく戦災孤児だろう!それであれば、ここより西のナン村を目指せ!」
「いや…、それじゃダメなんだって!」
「……なぜだ!」
ママルはまた距離をつめる。
相手は槍を構えているが、ママルが小さいからか、態度程は警戒されていない様な気がする。
ようやく、普通に話せるくらいの距離には近づいたので歩を止めた。
「あの子、村の、たった一人の生き残りなんですよ」
「……それで…?」
「戦士さえ居れば、皆死ななかったって思ってる。何も恨んでるとかじゃなくて。
戦士だけが、最後の希望なんです。きっと会えるまで、ずっと、もう安心して眠る事も出来ない」
「……………………」
「心の拠り所って言うか…、どう言ったら良いか難しいんですけど、
その、解るでしょ?あんな小さい子が、ずっと不安そうにしてるんですよ」
「事情は解った。だが、駄目だ」
「ちょっ…、な、なんで…」
「…………………………駄目だ、帰れ」
「な、なあ!せめて事情を話してくれ!納得できない!何も俺らがどうのじゃなくて、コムラちゃん1人、あんたらと同じオーガの、それも子供だ!」
「……じゃあもし、あの子1人だけ受け入れたとしたら、どうなる」
「………どうって?」
「村を追われた他の人々も、同じように受け入れてくれとなるだろう。
ここはテンザンで最も安全と思われる場所なのだから」
「っ……ま、まぁ、そうかもしれないけど…」
「…解っただろう。帰ってくれ」
「…………い、いや、でも、そうなったら、じゃあ子供だけでも受け入れたら良いでしょ。何歳以下とか決めて、そうしたら、それほどの数にもならないだろうし」
「駄目だ」
「っ!………おい、なぁ、見ろ!あんな幼くて、良い子なんだ!
こんな状況で、駄々もこねない、頑張ってここまで歩いて来た!
それにこの壁!最も安全なんだよな?!こんな堅牢な拠点に!
子供1人入らせないなんて、恥ずかしくないのかよ!!」
「……帰ってくれ」
「っ…………。…………………………………………………じゃ、じゃぁ、せめて、戦士と会わせてやってくれないか」
「…………駄目だ」
「っ!!…おい!!だから何で!!」
すると、門番の背後にあった巨大な城門が、ガゴン!と音を立て開錠されると、
ゴゴゴと音を鳴らし、扉が開かれた。
その中から1人、オーガの男が現れる。
「騒がしいな、どうしたんだ?」
「ガ、ガラムト様!!!」
門番がそう言って振り向き、見上げた先に、ガラムトと呼ばれたオーガの男の顔があった。
「!!!っ………」
(で!!デケェ!!!!!3メートル以上あるんじゃないか?!!
いや、サイズだけで言えば、サイクロプスとかの方がデカいんだけど…、
人だからか…?凄みが……筋肉エグ…そして、角が2本!)
「こ、これが戦士か…」
門番は、ガラムトに事情を話している。
少しすると、ガラムトはコムラに向かって手招きをした。
コムラはどこかオドオドしながら近づくと、
それを受けてガラムトは膝を曲げる。
「嬢ちゃん、名は?」
「こ、コ、コムラ…です」
「俺はガラムト。オーガの戦士の1人だ」
そうして伸ばされたガラムトの右手を、コムラは両手で握った。
「どうだ?安心するか?」
「……わかんない…でも、嘘じゃなくって…良かった…。本当にいたんだ……」
「そうか……で、あんたらは?」
そうしてガラムトは、ママルに向き直る。
「ええっと…コムラちゃん、呪界で倒れてたんですよ。
エンパル国に襲われた村から逃げて来たみたいで…、
それで俺達が連れて来た、って感じです」
「…呪界から?わざわざ、他種族の、オーガの子供のためにか?」
「そ、そうですよ?見捨てるなんて出来る訳ないじゃないですか…」
「…………………………おい、ドウク」
ガラムトに呼ばれた、先程ママルと口論していた門番が応答する。
「は、はい」
「一旦この件、俺が預かって良いか?」
「ど、どういう事ですか?」
「俺の客って事で、ウチに連れてくわ」
「は?そ、それは…」
「問題あるか?」
「い、いえ、そう言う事であれば……」
「よし、決まりだ。おい!お前らも!全員こっち来い!」
そうしてユリ達も後方から合流すると、ガラムトの後ろをついて歩く。
全員が、ようやく拠点内へと足を踏み入れると、
ママルがガラムトの背に向かって声をかける。
大分上方を見ながら話す形になるので、違和感が凄い。
「あ、あの、ありがとうございます」
「いいって事よ」
「その、どうしてですか?門番の人は、あんな、何て言うか、
取り付く島もなかったのに…」
「色々と、話したくなったからな」
「えっ、と…?」
「お前らを気に入ったって事よ。…それに、あんまりドウクの奴を悪く思われるのも嫌だしな」
「そ、そうでしたか…」
「あいつは忠実なだけさ。頑固っつうか。ま、オーガは頑固者ばっかだけどな」
「あ、あなたは、あんまりそうじゃ無さそうですが…」
「カッカッ!!だろ?よく変わり者って言われるが、気に入ってる」




