18.ママルとルゥ
ユリの元から引き上げ仮屋への帰路に就くと、無言の時間が続いていたが、
その静寂を破ったのはルゥだ。
「ママルさん、今からお風呂に行きましょう」
「あ、あるんですか!風呂!もうずっと入りたかったんですよ!」
「ふむ、それでは私は先に帰らせて頂きます。
ママルさん、今日はありがとうございました」
「?いえいえ、道案内ありがとうございました」
(ハンさんは風呂嫌いなのか?)
「私の着替えは…、まぁいっか、帰ってからで」
「いやぁ、楽しみだな」
少し道を反れると、浄化場で見たような太い樹の家が目に入る。
「ここですよ」
扉を開けると、右手は物を置く用の台座、隣がおそらく洗い場、
あとは樹木で出来た浴槽があるだけだった。
(植物系の魔法で作ってあるんだろうか…
それに湯が沸き出てる。天然の温泉かな)
「あっ!!」
(個室のバスタブとかじゃない!男女別の湯とかもないのか!
ってかあったとしても、どっちに行くのも変じゃん!
当り前だ!アホか俺は!!)
「どうしました?」
「あっ、その、ちょっと」
(どどどど、どうしよう、いや、でも…、いやぁ…)
永遠とも思える一瞬の葛藤の末、良心が勝った。
「すみません!その、俺は前の世界では男だったんですよ、
なので、ルゥさんが上がるの待ってから入りますね!」
「あ~、やっぱり、さっきの神託を聞いていて、なんとなくそんな気がしてました」
「と、いう訳なので!」
「別にいいのに、今は女なんでしょ?変に気にする方が変って言うか…
今のだって、言ったって変にややこしくなるだけなのに、ほんとママルさんって…」
「えっ、でも、その」
「いいからいいから、その尻尾洗いたかったんですよ~、ほらほら」
半ば押し切られるように混浴、ではない、入浴する事になった。
(ま、まぁ、アレが無いなら、セーフか。色んな意味で……)
装備を全部外そうというとき、その手が止まる。
アイテム袋は、装備ごとにデザインは違う物の、腰装備部分に必ずくっついているのだが、
これを外した場合どうなってしまうのか。
外した装備は瞬時に消えて、アイテム袋の中に入る。
ではアイテム袋を外した場合は?
今までベルトを緩めた事はあるものの、完全に外した事はない。
(全裸になろうとしただけで、所持品全ロスの危機…いや、でも、試さない訳にもいかないよな…)
ママルに緊張が走る。
左手でアイテム袋の感触を確かめながら、慎重に、ゆっくりとスカートからベルトを引き抜いていくと、
ベルトからアイテム袋が外れ、左手の中に落ちた。
即座に両手で包み込むように持ちながら、目の前にして眺める。
「セ…セーフ…」
(アイテム袋だけは、実体が残り続ける。覚えておこう)
全裸になって改めて思ったが、そもそもママルは自分の裸体すら初見だった。
もっとも鏡などは無いので、あくまで自分の視界での話だが。
(まぁ、とは言え何と言うか、こんなもんか…
ってか今更だけど、精神が肉体を作るって話と合ってるのかこれ?)
台座に置いてあった布と石を、ルゥに習い手に取る。
「この石は……?」
「お湯と布で擦ると、汚れを落とす成分が出るんですよ」
「なるほど~」
(要は石鹸か)
木の桶で湯を掬い、洗い場の椅子に座る。湯を触ってみると、結構ぬるかった。
石で少しだけ泡立った布で体と髪の毛をゴシゴシと擦る。
その間も出来るだけルゥの方は見ないように努めた。
もちろん、はちゃめちゃに意識しつつも。
(う~む、この耳!なんとも洗いづらいな、なんかお湯とか入っちゃいそうで…)
などと四苦八苦していると、背後からルゥに尻尾をワシッと掴まれる。
「ふぁ!」
「あははは!変な声!尻尾洗わせてくださいね~」
「あ、はい、じゃあ、お願い、します」
「す~ごいモフモフ、実は私、ずっと触りたかったんですよ」
「はは、もう、どうぞお好きに」
「なぁにそれ」
(なんか、やたらとくすぐったい。た、耐えろ…俺…)
などと勝手に何かと戦う事約20分
「はい終わり!結構汚れてたのに、ノミとかついてなかったですよ、不思議」
「ありがとうございます!」
そして浴槽で、少し離れて横に並ぶ形で入浴し、お互いに天井を眺めていた。
(やっぱぬるいな。でもまぁ、良い感じ)
「はぁ……」
ルゥの深いため息が聞こえた。
「なんか、すみません、ほんとに」
「あっ、いや、違うの、その、さっきの社での事…」
「あぁ…」
「ほんとはね、私も付いていきたいなって思ったんだけど…、
でもやっぱり、足手まといにしかならないし。
リンや、この村の皆を置いていくなんて、出来ないなって」
「うん」
「私はこの村の人たちと離れたくない…、
でも、ママルさんも、ユリちゃんだって、なんか、そうじゃないんだよね」
「……そう言われちゃうと、確かに薄情なのかもね…」
「ごめん、なんか嫌な子になってるかも。センチメンタル?
皆良い事をしようとしてるの、解ってるのに」
「そんなに真剣に寂しくなれるんだから、嫌な子なわけないよ」
「……ありがとう」
「…いや、…こちらこそ、そんなに考えてくれて」
ぐぅぅぅぅ~~~っ…
「っ!」
ママルの腹が鳴る音が、室内に響き渡った。
「あははははは!」
「いや、そういえば俺、今日まだ何も食べてないから!」
「あっ、そうだよね!でも、今のタイミング…ふふふっ、あははははははっ」
「ちょっ、ねぇ!まじ、はぁ、かっこつけたかったわぁ」
「ふふっ、なぁに、それ」
「…俺この世界に来てさ、1週間くらい誰とも会わなくて、
ようやく人間見つけた~!って思ったら盗賊で…
ルゥさんが、最初に優しくしてくれたんだ。だから、とっても感謝してます、ってこと!」
「…そんな、私、何もしてない」
「そうかなぁ…、でも、温かかったんだ」
「………………泣いちゃう」
ルゥを見ると、両手で顔を覆っていた。
(えっ、ほんとに泣いてる?、えっ、ど、どうしよう!)
「えっ、あ、あの、その」
と情けなくも動揺していると、ルゥがパシャっと水面に顔を付けた。
「ぶくぶくぶくぶく…」
「あの~、ルゥさん…?」
「…………っは~っ…!決めた!くよくよしない!!」
「おっ、おぉ…」
「リンを立派な結界術師にして、ママルさんとユリちゃんを笑顔で送り出すんだ!」
「まぁ、ユリちゃんの件は、村の皆と話してからね」
「むっ!水を差さないで!」
「あ、はいっ!」
「ふうっ、よし、上がったらうちで晩御飯食べましょ!今日はお母さんが料理してくれてるから、絶対おいしいからね!」
「や、やったあ!!!」




