171.コムラ
周囲はすっかり暗くなっている。
明かりは、ママルが寝る寸前に放りだしたランタンと、月明かりのみだ。
燃えていたクリフォトの樹は、ある一瞬を境に消失した。
そんな中で目覚めたコムラは、ドラゴンと、人間の姿を目にして恐怖した。
即座に、テフラの背に隠れる様にして身を屈める。
ユリが何か言いそうになったが、
テフラが人差し指を立て、自分の口元に当てがった。
皆、一旦黙っていて下さい。そんな意味を込めたジェスチャーだ。
そのままテフラは、コムラに向き合い、身を屈めて視線を合わせる。
「うっ…うっ…」
「ねぇ、君は、なんて名前なんですか?」
「うっ…ううぅぅぅっ…」
「大丈夫。ここにいる皆は、あなたを傷つけたりしません。…大丈夫」
「うぅぅぅっ!!う~~~!!!お、お母さん……お父さん…うぅぅぅぅぅ」
「……………君の両親は……、ごめん、私たちが来た時には、もう…、ごめんね」
「!!っ……、ひっ…あ、あぁ!ああああ~~~ん!!嘘だ!!嫌だよぉ~~~!!」
亡骸を見せれば即座に信じては貰えるだろう。
だが、そんな行為は出来ない。あまりに残酷だ。
一行は、コムラが泣き止むまで、暫く待った。
「うっ…うっ………お母さん……」
「…大丈夫…大丈夫だからね」
「うぅ……………………コ、コムラ…………あたしの……名前……」
「そう……じゃあ。コムラ、どうして、こんな所に来たの?」
「お、…お父さんが…。む、村が…人間に、襲われて……、
お父さんが、逃げようって…、この森だったら…きっと追ってこないからって…」
「…………………なるほど………」
(確かに、呪界では追手も侵入を躊躇うだろう…その一点のみで考えれば、正解ではあったみたいだけど…、いや、それだけ切羽詰まった状況だったのか…)
「うぅぅ…………、皆…きっと、皆…殺されちゃった…」
「その人間達にですか?」
「国の!外れだったから!皆、そう言ってたから…、助けに来てくれない…、間に合わないって…、戦士が、助けに来てくれるって…うっ、うぅぅぅぅ!!!」
コムラの、言葉にならない様な慟哭を聞いて、
テフラは胸の内が熱くなる。
まるで、自分自身の村が襲われた時の様だ。
詳細はまるで解らない。
それでも、一方的に奪われる恐怖と怒りには、あまりに共感できる。
「村に、戻りますか?」
「うっ…うぅっ…うぅ…、わ、わかんない…わかんないよぉ……」
「…………………あなたは、どうしたいですか?
ただ、安全な地に連れて行く事は出来ます。シイズ村で、皆と…。
でも、オーガの子供が、たった一人で…………、
出来れば、オーガと共に暮らした方が良い…。
私には決められません。コムラ。あなたが、何をしたいのか、どうなって欲しいのか、その気持ちを、私に教えてくれませんか?」
それからコムラは、また暫く泣きじゃくると、
ようやく一つの願いを口にした。
「せ、戦士のところに、行きたい…」
「戦士とは?」
「テンザンの、中央には、戦士がいるの………、いるって、皆言ってたから…」
「テンザン国の、王都に行きたい、で合ってますか?」
「おうとは…、わかんない…戦士だったら、きっと、助けてくれるんだもん…」
「……解りました。コムラ。あなたは私が。私達が、絶対にその戦士の元に連れて行きます」
「ほ!ホント!!本当に!!絶対だよ!!絶対!!」
「大丈夫です…その戦士と言うのが本当にいるのなら、絶対に連れて行きます。信じて下さい」
「うん………………お願い……」
「よし。じゃあ、もう夜も遅いし、今日の所は寝ましょうか」
テフラの声を切っ掛けに、皆でその場にテントを1つ張ると、
中にママルを寝かせ、それからテフラがコムラを寝かしつけた。
『おう、じゃあ俺ぁ帰るぜ、あとはお前らでうまい事やってくれ』
「あ、あぁ、そうだのう。…いや、少し待っとくれ」
『…なんだ?』
「ちょっと、クラレンドにも手伝って貰いたくてのう」
「俺か、何をしたらいい」
「いやな…、両親の墓を作ってやらねばと」
『そういう事か。解った』
オーガ2人の亡骸は、胸部に穴が空き、更にその内側の多くが欠損していた。
そのため、そのまま土に埋め、石を簡単に加工して墓標を立てた。
それぞれが手を合わせ、黙祷を捧げる。
この場の皆は、どこかの教徒と言う訳でも無い。
それでも自然と内から湧き出る感情は、手を合わせて祈ると言う行為に繋がった。
ヴリトラは、ただその目を閉じて、過去に殺してしまった竜人達を想った。
「明日、起きたらコムラちゃんにもお祈りして貰いましょうね…」
「そうだな…」
「まず一度村には寄らないのか?」
「いや…行こうと思っていたのだが…。コムラの願いを叶えるのが先決だで。
何より、ママルならきっとそうすると思うのでな」
「…まぁ、そうだな。そのママルは大丈夫なのか?急に眠ってしまったが…」
「…直接スキルを見ていないので、どのくらいの反動か見当もつかんが…、
まぁ、あやつの事だ、その内目覚めるだろう。心配ない」
「そうか…出来れば俺も同行したい所だが…、あまり村を空けたくない」
「うむ…あんがとな…。どうだ?皆とはうまくやれておるか?」
「あぁ…最近は良く話しかけてくれる様にもなった…。先日、結界を少し出た所に薬草を摘みに出た時、護衛のお礼にと、食事とは別に、蒸かした芋を貰ったんだ。俺は俺の仕事をしただけなのにな」
「そうか…村の者達に、宜しく言っておいてくれ…」
「解った…。ママルとテフラにも宜しく頼んだ。子供達も元気でやってると伝えてくれ」
『おう、クラレンド、仕方ねぇから乗せてやるよ』
「…あぁ…、助かる」
飛び立とうとするヴリトラ達に向かって、メイリーが遠慮がちに声をかけた。
「あ、あの…じゃ、じゃあね…」
「メイリーだったな、お前も強いだろ。皆を守ってくれ」
「…う……うん…そうね…そうよね」
『……じゃあな』
「達者での」
その後、ユリとメイリーもテントへ入り、隅の方で眠りについた。
―翌朝
両親の墓に、テフラとコムラが祈りを捧げている。
未だママルは目覚めていない。
「さて、食事も、片付けも済んだ、出発しようではないか」
ユリの声の元、テンザン国の中心へ向かって歩き出した。
中央と呼ばれる場所が何処かは不明なので、
一先ず単純に地図上のテンザンの中心部へ向かう予定だ。
テフラのその背には、ママルを背負い紐で括りつけていて。
ママルがいつも背負っていた巨大なリュックサックはメイリーが背負っている。
「ママルさん、まだ熱いですね……」
「もう暫く寝かせておいてやろうではないか」
「そうね…それに、このリュック、こんなに重かったのね…」
「大丈夫ですか?辛くなったら交代しますから、遠慮なく言って下さいね」
「大丈夫よ。ありがとぉ~~」
なぜ、より重い方のリュックサックをメイリーが背負っているかと言うと、
コムラが、テフラの手を必死に掴んで離さないからだ。
コムラの手を引き、ママルを背負うテフラのその姿は、まるで子を多く持つ母親の様だ。
あえて最後尾を歩くテフラは、コムラの視線を見つめる。
警戒する様な瞳を、ユリとメイリーに向けている。
(人間に対する恐怖だろうか…、誤解は解きたいけど、そう簡単にも行かないだろうなぁ)
暫く見ていると、コムラが自分の額を指先で掻いた。
その額の正中線から、一本の角が生えかけている。
「オーガの角って、後から生えて来るんですね」
「……うん……」
「あまり掻くと、傷を付けちゃいますよ」
何の気無しのテフラのその言葉は、何度も両親から言われた事がある言葉だ。
その姿を思い出し、コムラはまた涙腺が緩む。
「だ、大丈夫ですか?」
「うっ…………あたしも…ふたっつ生えてきたら…良かったのに」
「2つ?角がですか?」
コムラは無言のまま頷いた。
「へぇ……、どうして2本の方が良いんですか?」
「……2本の角は、………戦士の証だから」




