170.炎上
ハァッ…ハァッ…!ま、マズい、このままでは、本当にマズい!!
呪界の中心部、その肚の内側では、本体の気配を消す事が出来た。
だが、自分の力が、ここに来たばかりの頃の物にまで戻って来てしまっている。
もう、呪界を形成する力も持たない。
中心部を視覚的に覆い隠すための葉はとっくに禿げ落ち、
侵食地帯も殆ど無くなってしまっているのが体感で解る。
呪界はもう、肚だったこの辺り程度しかない。
それにこの空間では、人の気配を探るなど容易だったはずが、
既にもう殆ど解らなくなって来ている。
マズい。マズい。
見えていた物が見えなくなった。
怖い。人の体が欲しい。
声が出せない。怖い。
せめて動物の体が欲しい。
虫は駄目だ、魔力の種子より小さい…。
せ、せめて大きいカブトムシでも来てくれ。
クリフォトは、ただの一本の樹の姿のまま、
引き摺って来た恐怖を思う。
自分の体程度であれば、当然動かせる。
だが、動かしたら余計バレてしまうだろう。
普通の樹は動かないのだから。
成長してしまった本体の大きさは、むしろ他の樹よりも少し大きい。
小さい苗木のままだったら、バレなかったかもしれない。
そんな事を思い、体を硬直させる。
だが、クリフォトの樹は、徐々にその大きさが縮んで行っている。
本当にマズい。
やっぱり、苗木に戻りたくない。
死にたくない。
(そ、そうだ!!そうだ!!オーガの大人の死体!!い、いや、
あのガキ!!アレはまだ生きてる筈!おやつにしようと取っておいたんだ!!
その後、直ぐにクラレンドとか言うのが来て、忘れてた!!忙しかったから!!
くっそ!いや!嬉しい!あの体なら、場所が解る!覚えている!)
クリフォトは、まずオーガの子供の付近にある、侵食済みの樹の根や枝を操作すると、ツタと化し伸ばす。
(目が見えれば!声が出せれば!時間を稼げる!
時間をかけられれば、戻るんだ!俺の力は!
あるんだから!本体の肚の中に!喰ってしまった呪力が!
苗木に戻るなら、むしろ好機かもしれない!
ガキに本体で寄生して、逃げるんだ!!
何年とかければ、きっと、戻れるはず!)
だが、いくらツタをクネらせても、そのオーガの子供が見つけられない。
(クソッ!ふざけやがって!なんだ!!なんなんだよ!!
魔力とか、気力とか、もっと、魂とか!命とか!
そう言う気配を、俺の肚は捕えられたはずなのに!!
解らない!!どこだ!!どこだ!!!あの、オーガの男も、女も、どこだ!!)
そしてクリフォトのツタは、1つの体に触れる。
(……これは、こいつは、貉の死体か…、
も、もう、これで良いか……、クソッ!俺が!!クソ!!!)
魔力の種子を放ち、侵食し、起き上がろうとした時、四足が折れた。
既に腐りかけていたためだ。
即座に内側に根を張り補強する。
そこまでして、気づく。
何も見えない。
その眼球は、とうに無くなっていた。
だがそこで一つの策を思いついた。
動物の死体の数々に、次々と魔力の種子を放って行く。
多くの生き物を操作する時、自分の精神は本体に居るしかない。
それでもいい。行け!探せ!
オーガのガキを。
大人の死体でもいい。
原形を保った動物でも良い。
様々な動物達の死体が一斉に蠢き出す。
だが、異変に気付いたテフラ、メイリー、クラレンドの手により、
次々と動物たちの体は首が切断されて行った。
頭が繋がっていなければ、視覚も、聴覚も、嗅覚も味覚も使えない。
無為に体だけを動かしても、大して意味は無い。
どうしてこいつらはそんな対策を知っているんだ。
使える死体の数は次々に減って行く。
いよいよ追い詰められる中、猪の死体に侵食した。
その時、ふいに、その鼻が人の匂いを捕える。
(いる!あのガキだ!!位置は解った!俺の物にするんだ!!)
ツタを全力で伸ばした。
だが、魔力の壁によって阻まれる。
この匂いは、人間の女か?隣に居る…、守っているのか?!
そういえばさっき侵入してきたのは4人だったはずだ、こいつか。
いや、こいつでも良い!
だが、そのツタはユリの障壁に軽々と弾かれ続ける。
この程度の壁を突破出来ないなんて、
もう、それ程弱ってしまっているなんて!!
なんで!何か手は無いか、何か、状況を一変する様な打開策は…。
どうして皆、俺だけを寄って集って攻撃するんだ!
どうして俺だけをこんなに憎むんだ!
クリフォトのその絶望と怒りが本体の身に伝わった時、ついその身を捩らせてしまった。
やってしまった。動いてしまった。
そう思った時には、頭に直接声が響いていた。
『≪サンダーブレス:雷龍の息吹≫!!』
上空から本体に迫る雷球の魔力を感じながら、
クリフォトは、すっかりこの肚を形成する能力が失われていた事を悟る。
そして、赤月で、アルタビエレが言った言葉を、何故だか思い出した。
「はは、それって喜んでるんだよな?感情が体に出やすいのか?結構好きだぜ、お前みたいなの」
――
燃え盛る一本の樹に、ママル達は集まっていた。
近くの樹木に飛び火しないように、それぞれが気を使っている。
「ヴリトラよ。お主に良い所を持って行かれてしまったみたいだのう」
『どうやら、当たりだったみてぇだな…。おい、クラレンド、大丈夫か』
「あ……あぁ……」
当然ながら、クラレンドは衰弱している。
ポーションを飲んだとは言え、約3日間、己が精神を無に近い状態にしてた、
それは殆ど仮死状態と言って良い程だった。
肉体と、精神と、魂が、また1つの命として強く結びつくまで、しばし時間がかかる。
そんな折、ふと、オーガの子供が目を覚ました。
皆が安否を想う視線を向け、声をかけるが、
そんな中でママルは、小さい声で呟いた。
「ごめん、ちょっと、もう無理…一回寝る……ごめん」
閻魔王スキルを連発したママルには、相応の負荷がかかっていた。
その場の地面に、半ば倒れる様に寝込む。
その倒れる寸前に、ランタンと、いくつかの食料を放り出した。
まるでゲームで倒した敵から、アイテムがドロップした時みたいだ。
「お、おい!ママル!!」
「ママルちゃん……」
「また無理したんですね…」




