169.実直
クリフォトの記憶を見たママルは一瞬混乱した。
(な、なんで、≪ライフ:浄玻璃鏡≫は、罪を見るもの…それが、なんだ?
まるで、クリフォトが生きた中でのターニングポイントを垣間見た様な…。
悪魔ってのは、その存在自体が罪を孕んでいるのか…?だから…)
「……どうした?何故、仲間である俺を攻撃するんだ…ママル、解いてくれ、この鎖を」
「……………てめぇ…」
ママルは、クラレンドの体で話すクリフォトに怒れる視線を向けた。
そして、テフラとメイリーに向かって声を上げる。
「こいつの本体は別にある……!クラレンドさんはっ…。操られているだけだ…」
「お前…なるほど、さっきのはそう言うスキルか…。チッ、こいつのスキル名を聞き出そうと思ってたんだが…。まぁいい。次はお前にしよう」
「うるせぇ………、皆!本体はどこかの樹だ!苗木は既に成長している…あ、あと!気力も魔力も出来るだけ使わないで!」
「っ…わかりました!!」「わかったわ!」
テフラとメイリーは、この空間内で本体を探し出すべく駆け出した。
直後、クラレンドから伸びる鎖は消失する。
「チッ…なんだこりゃ…、呪力だろうが…マズいな……」
「く、食ったのか…その呪力まで…」
「………そうだ、この空間に居る限り、俺は無敵だ。
気力も魔力も、全て瞬時に喰らいつくす」
「…………≪パラライズ:金縛り≫」
発射された霧は、即座に消失した。
「う!!ウマい!!素晴らしい呪力だ!!も、もう一回!出せ!!」
「…………………………」
「おい!!早くしろ!!やらないのか?じゃ、じゃあ、もうお前は終わりだぞ!
お前も俺の手足にしてやる…、さっきの奴らもな。俺本体の事を知ってるみたいだが、どうせ見つけられない。この空間、俺の肚からは、絶対に逃がさない……。
ふ、ふ、ふはっ…こんな奴らを一気に食えたら!本当に届くかもしれない!世界樹に!間に合う!やった!やったぞ!!」
「≪アカーラ:金縛法≫」
「無駄だ!!≪練気≫!!!」
即座に鎖が消失し、強大な気力を纏ったクラレンドは、
そのままママルに突進して来た。そして、その拳を振るう。
強力な打撃は、下から救い上げる様にママルの顔面に直撃した。
だが、ゴン!と音を立てママルの顔に触れた時、
その拳は完全に停止した。
ママルは、ピクリとも動いていない。
上体が僅かに逸れる事すら無い。
殴られる前後で、その姿勢も、位置も、全く変わっていない。
この体重差で、数百キロを超えるだろうパンチを受ければ、
それも救い上げる様な軌道のアッパーであれば、足で踏ん張る事も不可能で、
間違いなくママルはぶっ飛ぶはずだ。
ダメージが通るかは関係ない。
それが例え、絶対に壊れない物質だろうと、この体重差ではぶっ飛ぶ。
重さとはそう言う物だ。
だが、ママルは僅かにさえ動いていない。
逆に、クラレンドの拳にダメージがあった程だが、
ただ操っているだけのクリフォトは、それを認識できていない。
「くっ!これは!魔力防御か?!」
クリフォトは即座に、ママルが肉体に込めた魔力を喰らった。
「な……なんて力だ…素晴らしい…、素晴らしい…!」
「…………なるほどな。だいたい解った」
「な……………………………。何がだ?」
「≪アカーラ:金縛法≫」
「む!無駄だと言っている!」
三度、クラレンドから伸びた鎖は消失する。
そしてまたクラレンドの拳を受ける。
今度は魔力防御を発動していない。
精神力から、魔力へと出力したら、喰われる。
案の定ママルはぶっ飛ばされ、背後の樹に激突した。
だが、尻もちをついた姿勢のまま、
クラレンドとの距離が離れたのを幸いにと、閻魔王スキルを連発した。
いずれも、直接クラレンドの肉体を傷つけない類いのスキルだ。
「≪アカーラ:金縛法≫≪キャベッジ:脳遮断≫≪アカーラ:金縛法≫
≪デプレション:心悒鬱≫≪アカーラ:金縛法≫」
全ての閻魔王スキル効果は、発動した瞬間に消失する。
「てめぇ、何やってんだ!量ばっかでマズいんだよ!無意味だ!止めろ!!!」
「さっきからマズいとか言ってるけどな、てめぇが食ってるのは、てめぇの呪力だよ」
「…………………は?」
「≪アカーラ:金縛法≫…」
「くっ!!!」
クラレンドは、焦った瞳で周囲を見回す。
上から、肚の膜を覆っていた、木の葉が舞い落ちて来ている。
遠くで、一つ一つ植え付けた魔力の種子が、次々と消えていくのを感じる。
急激に呪界が狭まってきている。
「お、おい!!!おい!!!俺が!!俺が長年かけて培った、呪界が!!呪力が!!!」
「…さぁ、食えよ。その鎖も」
「……うっ…うっ…ひ、酷い!!酷い!!!なんて事をするんだぁ!!!
減ってるじゃないか!!!こんなに!!酷すぎるぅぅうう!!!」
「…てめぇが勝手に食ったんだろうが…。やっぱ、食ってすぐに自分のエネルギーに変換は出来ないか。出来るなら、俺の魔力を食った時、直ぐにてめぇの魔力が増すハズだからな。今のお前はただ、自分の力を腹に入れて膨らませてるだけだ」
「わっ!解った!!解った!!見逃してくれ!!こいつか?この体の奴!
か、返す!!ま、まだ生きてる筈だ!!わずかだが、精神が残ってるんだ!!
魂もまだ傷付けちゃいない!肉体は、少しだけ…」
「じゃあ、早く解放しろ」
「ぜ、絶対、絶対だぞ!!絶対に、俺を見逃せ……これ以上、探すな…!!!」
クリフォトは焦る気持ちで声を大にする。
時間さえかけられれば、また喰った呪力を己の力に還元することが出来る。
元に戻せる。
何より、力が衰えてしまっている今なら、簡単に本体が見つかってしまうかもしれない。
「…………………………」
ママルは思案する。
助けると、約束なんかしたくない。
嘘をつく事は簡単だ。
見逃すと言って、でも探せば良い。そして殺せばいい。
だが、ママルは、ママルと言う人は。それが出来ない。
特に、自身が完全に上回っていると確信してしまった今。
そして、命乞いを聞いてしまった今。
それを騙して殺す様な行為は出来ない。
そんな醜い行動は出来ない。
ママルは、前世でもそう言う人間だった。
実直に、間違いを受け入れ、間違いを正したいと思っていた。
だが愚直に生きる事は、その人生のほぼ全てにおいて損しかなかった。
平気で人を騙せる様な奴こそが、得を出来る世の中だった。
でも、だけれど、たった一つの意味があった。
それは、自分は間違っていないと思える事だ。
他者から見下され、卑屈になる時はいくらでもあった。
だが、それでも、自分で自分を信じることが出来る。
実際に何かを成した訳では無いが、それでも、
ただ、真っすぐに、正しく生きたい。
そうありたいと心で思っていた。
そんな生き様を理解してくれる人は、殆どいなかった。
馬鹿だと蔑まれた。
面倒くさいと、近寄りがたいと思われていた。
それにママルになってからは、清廉潔白とは程遠い人生だ。
あまりにも、後ろ暗い行いが多すぎる。
既にやりすぎている。
それでも、それなのに。
もし相手が、クラレンドの様な強い男の体でなければ、どうしていたのだろうか。
「……駄目だ。クリフォト。お前は……殺す」
「ふ、ふ!ふざけるな!!!!じゃ!じゃあ!そ、そうだ!こいつ!この体!殺すぞ!!!良いのかぁ!!!」
「…やってみろよ…。もし、そうしたら………地獄を見せてやる…」
「っ…!!!」
クリフォトは恐怖した。
ママルのその気迫と覚悟。何より、その怒りに。
そしてこの、今感じている恐怖の多くは、
視覚をはじめ、人の体を手にしたが故に感じてしまった事だった。
「い、嫌だ…嫌だぁ!!」
「…さっさとクラレンドさんの体から出ろ」
「嫌だぁああ!!た、たすけ…
その瞬間、クラレンドは気合を込める声を上げた。
「ハァッ!!!!」
「?!!な、なんだ…」
「マ…ママル、すまない。俺だ…と、取り返した…機を見ていた…」
「お……おぉ……び、びっくりした…良かった…」
(マジっぽいな…なんか…、めっちゃ良い事が起こったのに、タイミングのせいか?ちょっとギャグっぽいと言うか…)
「すまない…ありがとう……」
クラレンドは自身の精神を、まるで気力の繭で包むかのように眠らせて守っていた。そしてクリフォトの精神が弱った一瞬を見逃さなかった。
クラレンドが自分自身の肉体を取り戻した時、クリフォトの精神は本体の場所へと戻される。
そして精神が入れ替わった瞬間、その肉体から伸びるアカーラの鎖の殆どは消滅したが、2本だけ残っていたので、ママルは改めて解除した。




