167.呪界
(いやぁ…ドラゴンに乗って空を飛ぶなんて、ちょっと夢みたいだな)
ママルのそんな感想は、ヴリトラからの話を聞いて即座に吹き飛んでいた。
「呪界の中心部…上からも見れないんですか?」
『蠢く木々の中心部、木の葉が覆い隠す様にして球体を作っている。
そして上から攻撃しても飲み込まれるんだ、発生している妙な力場にな。
着弾した手応えがねぇっつうか』
「あれ、ヴリトラさん、看破のスキルは?」
『…俺の≪インサイト:炯眼≫は、スキルやらで隠された物を見破るスキルだが、
物理的に見えないんじゃ意味ねぇよ。透視の力があるわけじゃねぇ。
ってか、そんなもんあったら、クラレンドに20年も逃げられるワケねぇだろうが…』
「そ、そりゃそうか…」
「で、そのクラレンドが中に引き込まれて、どのくらい経ったのだ?」
『約3日だ。その間俺は中心部を除き、できるだけ呪界を狭めようとしていたが、
火の手が広がらない様に気を付けていると、どうにもうまくいかなくてな』
「なるほど…」
「助けに行きましょう」
『直接中心部に乗り込むのか?俺ぁオススメしないがな』
「ママルちゃんがいたら大丈夫よ!呪力を扱うのが得意なんだもの!」
『………周囲からツタが伸びて、中心部へ引き込む。クラレンドの時は、地中を這って来たのは初めてで油断したが…。
同様に飲み込まれた動物なんかも、一匹たりとも外へは出て来てねぇ』
「じゃあマジでヤバそうじゃないですか、急がないと…」
『………もう、…死んでるかもしれねぇぞ』
「ヴリトラよ…」
『…なんだよ』
「いや、ユリちゃん、ヴリトラさんだって解ってると思う。なにも冷酷なワケじゃないと思うけど」
『チッ……。俺は生物の、人の死なんて腐るほど見て来た。どんな奴だろうと死ぬときゃ死ぬ』
「………最悪でも、生死の確認をするべきだと思ってます」
『……覚悟があるなら、もう止めねぇよ。だが俺は行かねぇぞ』
「それは解っとる。森の中を細かく探索するなど、お主の巨体では難しいだろうしな」
『………………………………頼んだぜ』
暫く空を飛行した後、
4人は呪界の中心部、そこから少し離れた場所へ降り立った。
周囲は完全に呪界となった樹々に囲われている。
ここから南東へ2、30メートルも進めば、中心部が見えてくるはずだ。
だが降り立ってからほんの数秒で、周囲の樹々が蠢き始めた。
「木が…グネグネ…キモっ…。どうなってんだ?」
「なんだか…沸き立っている様に感じます」
「沸き立つ?」
「解りませんが…、獲物を前に、涎を垂らす獣の様な…」
「…………」
ママルは生唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らす。
「前方、来たで、ツタが伸びて来ておる」
「どっちみち中心部に向かう予定だけど、わざわざ捕まる必要もないか」
「迎撃しつつ進みましょう」
「皆、目に見える正面の敵に気を取られない様にしましょう…、地面からも出て来るって言っていたのだし…」
「了解」
各々が伸びるツタ破壊していると、急にツタによる襲撃は止んだ。
周囲を見回すと、樹々が曲がりくねり、密集するようにママル達を取り囲んでいた。
その樹々の檻は、すぐに一方向にだけ開かれる。
開かれた先は、正に呪界の中心部へ向かう方向だ。
「あからさまに、誘ってますね」
「…俺らがそもそも中心部を目指してると気づいたのか…?」
「わしらの行動を推察したのか…?気味が悪いのう…」
「このまま、皆で固まって進みましょう…」
ママル達が前に歩く度に、樹々の群れは海を割る様に左右に開けていく。
そしていよいよ目的の場所が近づいて来た事が解った。
木の葉が中心部の範囲を包む様にして張り付き、
内側を完全に隠している。
ヴリトラから聞いていた通りだ。
樹から伸びている葉だけではなく、落ち葉となった物までもが密集している様だ。
「……この葉っぱは開けてくれないわけ…?」
「…突っ込む前に、まず破壊を。下がって下さい」
テフラは3人を1歩後ろへ下がらせると、≪尖裂爪≫で葉の膜を切り裂いた。
バサッと葉が舞うが、すぐにまた葉が集まり穴を塞ぐ。
だが、一瞬中が見えた。
「こういう感じか…、とりあえず葉の部分は深くは無さそうだし…まぁ、直接乗り込むしかなさそうだね」
「どうしましょう、全員で行きますか?」
「…正直、俺1人で行きたいけど、まぁ、行こうか」
「行くで!!」
ユリの気合の入った声を切っ掛けに、ママルは足を踏み出した。
葉の中に体を沈める。
すると次の一歩で葉の膜を抜けた。
中の景色が見える。
思っていたより広い空間だ。
変わらず多くの樹々が見えるが、その間隔は広い。
そして、その一角、視界の端では、数多の動物の死体が転がっていた。
既に白骨化している物や、腐臭をまき散らしている物まで様々だ。
その中に、あろうことか人を見つけた。うつ伏せに倒れている。
まだ腐敗している程では無い。遠目では死んでいるかどうか解らない。
その肌は赤色で、頭部に一本の角が生え、ボロ布を着ている女性だ。
「あれ、オーガかな…」
「おそらくそうだろうな。人間と殆ど体躯が変わらぬとは…もっと大きい種族と思っておったが」
「とりあえず生きてるか確認を…」
「いえ、その、亡くなってるわ。私の≪検眼≫だと、解っちゃうの…。
大人の女の人、あと、あっちの方にも、オーガの男の人の死体が……。
あっ、いえ、女の人の下に!女の子!まだ生きてるかも!!」
「!!い、行こう」
ママルらは駆け出す。
この地は確実に危険を孕んでいると言うのに、それでも駆け寄らずにはいられない。
おそらく母親と思われる死体の下から引きずり出し、ポーションを口に含ませる。
外見的には、人間で言うと10歳にも満たないくらいだろう。
呼吸も脈拍も確認出来た。
だが、目は覚まさない。
「一応…≪アプライ:鑑定≫」
●オーガ:コムラ Lv5
テンザン国の端にある村で暮らしていた。
弱点:餓、斬、刺、爆、etc
「…本当にただの子供っぽい…、なんか弱点多いの気になるけど…、
大丈夫かな……、子供が死ぬとこなんて見たくないぞ…」
「………………………とりあえず、ここはわしが見ておくでな…お主らは、引き続きクラレンドの捜索を…」
「わ、解った…任せたよ」
皆は焦る気持ちで、周囲を見回しながら駆け出す。
「い、いました!!」
テフラはそう声を上げて指を差す。
すると、一本の樹の根元に、背を預け眠る様な姿勢のクラレンドが見えた。
「い、生きてるわ!」
「行って来ます!≪空刹≫」
「お、俺らも!」
一息でクラレンドの元に飛んだテフラを追いかけて、2人も駆け出した。
テフラはクラレンドの肩を揺する。
「クラレンドさん!!無事ですか?!クラレンドさん!!」
すると、クラレンドはゆっくりと目を開く。
「…………あ、あぁ」
「よ、良かった…ママルさん!念のためポーションを!」
3人がクラレンドを囲み、
ママルはクラレンドにポーションを飲ませた。
「ここで何があったんですか?」
「…………………………か、勝ったのか…?」
どこか虚ろな目で、クラレンドはポソリと呟く。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか?!勝ったって、何か倒したんですか?!」
「…………えぇと、お前たちは………………………俺の仲間か…?」
「………は?」
「す…すまない…、ちょっと、記憶がな……」
「え?……ま、まじで…?」
ママル達は、自分たちの事とクラレンド自身の事を軽く、
そして、この場所に来た目的を告げる。
「……………なるほどな…」
「ほ、ホントに大丈夫ですか?」
「……あぁ、まぁ、じゃあこの辺りを散策してみるか、何か思い出すかもしれない…」
クラレンドはどこかボンヤリとした様子のまま立ち上がり、歩き出した。
その背に皆が続こうとすると、ママルは、その袖を後ろから引かれる。
振り返ると、メイリーがとても不安そうな顔でママルを見つめていた。
「だ、大丈夫?顔色悪いけど…」
メイリーは、ママルだけに聞こえる様に、小声でつぶやく。
「あの人は、昔からあぁなの?」
「え?まぁ、ちょっと今は混乱してるんじゃないかな…」
「いえ…その………モンスターなのだけれど……」




