166.高所
世界樹の幹の頂上を越えた。
外面には当然、巨大な枝がいくつも伸びていて、
そこから更に伸びる無数の枝葉が風に吹かれ揺れている。
「外側に出るなら、一旦このぶっとい枝を歩いて行こうか」
ママルの提案の元、しばらく歩いた後、
また理障壁を何度もジャンプして渡るターンがやってきた。
視線は嫌でも下方へと向く。
枝葉の隙間から覗く地上があまりに遠く、
ママルとユリは身震いした。
「流石に怖いですね、慎重に行きましょう」
「ユリちゃん、しっかりつかまっててね!」
「あ、あぁ…」
「行こう」
数回もジャンプすると、世界樹とようやく距離が開いた事が確認できた。
いよいよ周囲に捕まれるものは何もない。
ユリの理障壁一枚が、4人の命を支えている。
「す…すまん、少し、待っとくれ…」
「最悪、俺は落ちても大丈夫な可能性あるし、あんま気負わなくても大丈夫よ」
「お主…、そんな可能性を元に動くなど、出来る訳なかろう…」
「ま、まぁそうかもしれないけど…」
「負ぶさってるだけで、楽しているのに、すまんな」
「ユリちゃん大丈夫よ!落ち着いて行きましょう?」
「風が、思っていた以上に強いでな…やはり、世界樹の方に戻り真下を目指そう…、枝葉があるだけで、大分この風も………」
すると、テフラが遠くに視線を向けながら、疑問を投げかけた。
「すみません、あっちの方見えます?アレ、ヴリトラさんじゃないですか?」
そう言って、遠方、やや下方の空で停滞飛行しているドラゴンを指さす。
「ん?!………ほ、ホントだ。そ、そうか、シェーン大森林を住処にしてるんだから、そりゃ居る事もあるか」
「あのドラゴンがそうなのね、初めて見たわ…」
「そっか、メイリーさんは会った事なかったね…、あそこで何してるんだろ」
「と言うか、何かわしらの事を伝える手段はないか?」
「俺のスキルは射程外…」
「私も」
「私もそうですね…」
「ユリちゃんのスキルなら届きそうだけど、理障壁を解除するわけにも行かないしなぁ…」
「ちょっと、声を張り上げてみます、耳を塞いでいて下さい」
するとテフラは肺一杯に思い切り息を吸い込むと、遠吠えを上げた。
間近で聞く狼の遠吠えは、ビリビリと肌を刺激される様で、
そしてどこか潜在的な恐怖を掻き立てられるような気持ちになる。
遮蔽物が全く無い空中での遠吠えはなんとか届いた様で、
気づいたヴリトラは直ぐにこちらへと近寄って来た。
『てめぇら、何してんだ、こんなとこで』
「ちょっと事情がありまして…、その、折角なので、俺らを下まで下ろして貰っても良いですかね…」
『………丁度いい、乗れ』
そう言ってすぐにヴリトラは背を向ける。
「えっ!良いんですか!やった!」
「珍しい事もあるものだのう」
4人はその背へ飛び乗った。
「じゃ、じゃあ、折角なのでシイズ村に連れてって貰っても良いですか?」
『………………駄目だ』
「え?」
『話がある』
「は、はぁ……」
『シェーン大森林の東部を見た事はあるか?無ければ、今見ろ、正面の方向だ』
「あ~、なんか、紫っぽい木の葉が渦巻いてるような景色は見た事がありますが…」
『それだ。それは、俺が元いた地でもたまに見た事があってな。
呪界化と呼ばれる現象だ』
「呪界化……、つまり、呪力が関係してるのか…。どういう状態なんですか?」
『まぁ聞け。呪界化は、俺の知る限りでは、特に警戒する必要のあるものじゃねぇ。近づけば危険だが、近づかなければ良いだけだ』
「…なるほど」
『どう危険かっつうと、植物が他の生き物を攻撃し始めるんだ』
「っ……そ、それって…」
『クラレンドから聞いた話で、モンスター化と言う現象を知ったからな。
おそらく呪界とは、植物がモンスター化した地帯の事だ』
「植物のモンスター化…、まぁ、無くも無いか……」
『如何に危険な植物だろうとも、所詮は植物。移動は出来ない。
だから危険ではない。そう思っていた』
「違ったんですか?」
『呪界と呼ばれる名が指す様に、一個体の話じゃねぇ。アレらは群体だ。
そして最近急激にその範囲を拡大してる』
「なるほど…」
『しかもその拡大方法は、他の正常な植物への感染、の様に見えた』
「そ、それならシェーン大森林が丸ごと呪界化しちゃうんじゃ…」
『そうだ、そのため俺とクラレンドは調査に向かった』
―――数日前。
シェーン大森林東部。
そこに、険しい表情で正面を睨むクラレンドと、ヴリトラが居た。
「ヴリトラ、どうだった」
『上からでも一緒だな。近づくだけでツタが伸びて来る…。
更に遠方からの、俺様のサンダーブレスも、飲み込まれただけだ、効果があったのかも解らねぇ』
「ふむ…、とりあえず溢れた分を処理していれば、村までは及ばないだろうが、いつまで持つことやら…」
『最近は明らかに拡大速度が増してるぞ』
「少し、無理をする必要があるか……むっ…、また来たな…」
クラレンドが視線を送ると、その先の樹木が蠢き始めた。
『チッ…≪パルサー:雷線≫!!』
ヴリトラの角から、一筋の閃光が迸る。
それは一本の樹木に直撃すると、その内側から雷が四散し、樹木は燃え始める。
「≪烈波≫!!」
燃え盛る樹木は、気弾の直撃を受けて砕け散った。
『そもそも相性が良すぎんだよなぁ、俺が好きに技を放てば、森が大炎上するかもしれねぇ…』
「だから俺と共に来てくれたのだろう」
『チッ…、で、どうするよ』
「……………シイズの隠れ里と言う性質上、誰かを頼る訳にも行くまい…。すまないが、手を貸してくれ」
『………………』
「拡大速度が増しているなら、早く手を打たねばならない」
『どうする気だ』
「中心部へ向かう」
『…お前も飲み込まれるだけだ、そこらの動物みたいにな』
「飲み込まれた先がどうなっているのか、確かめに行く」
『……俺ぁ嫌だね。自殺行為だ。んな事するくらいなら、まず中心部以外の周囲を焼け野原にするべきだ』
「呪界のみを狙って出来るならそうしている。もしシイズにまで火の手が広がったらどうするんだ」
『なら防ぐために、呪界を囲う様に川でも流せ。石でも積め。
まずお前らでそれをやってくれ、そうしたら俺が燃やしてやるよ』
「それを行うなら、どれほど時間がかかるやら…」
『…冗談だっての……、まぁ、上から見るくらいならしてやるが…、やめておけ』
「…何故だ」
『何故もクソもねぇ…危険すぎる。そんなに死にてぇのか?てめぇは、妹に、獣人の子供に、村のエルフまで守ると誓って…、自ら多くの物を抱えておいて、その命を自分だけの物と思ってんじゃねぇだろうな』
「…………………すまない。一度、頭を冷やそう…」
それから暫く作戦を練っていると、
ゆっくりと、確実に、クラレンドの足首にツタが絡まり始めていた。
地中から伸びていたそのツタは、クラレンドを思い切り引っ張ると、
地面から呪界の中心部まで目掛けてその姿を現す。
一気に、クラレンドは呪界の中心部へと引き込まれる。
即座にツタを切断しようと試みるが、更にいくつものツタが伸びて絡まって来た。
『ク、クラレンドォ!!!』
「来るな!!!」




