157.魔法陣
翌朝、ママルは普通に目覚めた。
特段体調が良い訳でも、悪い訳でもない、普通の目覚めだ。
メイリーの呪具や自身の閻魔王スキルの反動で、
寝る時まではしんどさを感じていた記憶があるが、残っていない様だ。
「ま、ママル!起きたか!」
「ん、おはよ~~」
「ちょ、ちょっと、話を聞かせとくれ!」
「え?」
「いや、昨晩ふと目覚めてみれば、窓は割れとるし、お主とメイリーはおらんし、
焦ってテフラを起こした後にすぐ2人が帰って来て」
「あ~~~」
「メイリーがお主をベッドに寝かしつけただろう?覚えておらんのか?」
「……あぁ、いや、覚えてる。そうだった、てか窓は………なるほど…」
割れた窓に視線を送ると、ユリの理障壁で塞いであるのが解った。
「理障壁って、そんなずっと出しておけるんだ」
「結界術は常駐化が基本だで、と言うか、そんな事はどうでもよいのだ!
メイリーの説明では、どうにも良く解らんと言うか…」
「ご、ごめんなさい…」
「い、いや、すまぬ。お主が謝るでない。お主は何も悪い事はしとらん。…ママルよ」
「あ~。おっけ、その、事件があって、その首謀者から得た情報をまず話すわ」
ママルは自身が行った事、そして何よりエイヴィルが行った事を話して聞かせる。
そこにメイリーが自分の出来事を加える形で話すと、話の輪郭が見えて来た。
「魔人とはな…、また妙な…、いや、厄介な敵が現れたものだのう」
「悪魔を降ろして、肉体まで変異して…その悪魔の力を直接使える人間…、そして、それより結構やばいと思ったのがさ。俺の情報、弱点だとか、戦い方だとかが敵に伝わった事かな……。一応エイヴィルは、情報をバラまいたりはしてないとは思うけど、死ぬ寸前までの記憶を持ってるアルタビエレから話を聞ける。
そんな事が出来る奴らが、他にもいるかもしれない…」
「まさにママル自身が狙われて、実際有効だった…、まぁ計画が最後まで行われたとしても、どこまで有効に作用したかは解らんがのう」
「スキルでの戦闘なんかは基本的に、所謂【解らん殺し】が一番強力な上に、今回みたいに正面切って相対しなくても、いつの間にか敵の術中にハマってるなんて事が、今後起こる可能性がグンと上がっちゃった気がするな…」
「意図的にお主を狙う人間は、アルタビエレに続いて2人目だが、
アルタビエレと関与していた人間が、そもそもとしてお主の存在を、
出会う前に認知される可能性が出て来た…、それらが明確に弱点をついてくると考えると、確かに、危ういかもしれんな……」
「1対1の正面戦闘なら絶対負けない自信があるけど、そう言う性質すら伝わっちゃったら、敵は皆裏をかいてくるだろうね…今回みたいに」
実際、エイヴィルはろくに戦闘経験がなかった。
加えて、悪魔と融合して得たスキルは自分自身が覚えた物と違い、深く理解するまでに時間がかかる。
それが功を奏した形となった。
「………テフラ、メイリー、わしらがより一層気を引き締めて行った方が良さそうだで」
「も、勿論です…、今回は私もまんまと敵の手で眠っていただけですので、
言っても説得力もないかもしれませんが…」
「い、いや、俺も寝てただけってか…、正直回避不能ですよ…、
メイリーさんがたまたま反応出来たから助かっただけで…」
「わしも寝てただけだ…メイリーは、どうして襲撃に気づけたのだ?」
「…普通に、寝てたら変な物音が聞こえて……、暗闇の中、ドアを開けた人を見たらモンスターだったから…」
「あいつ、エイヴィルは、皆の眠りを深くする様な魔法を使っていた…、
プロテッドの全国民に魔法効果が渡る様に…」
「………メイリーは眠っていたのに気づけた………そうか、メイリー、昨晩も≪快眠≫のスキルで寝たのではないか?」
「そ、そうよ?ちょっと寝つきが悪いなって思った日は、いつも使ってるわ」
「なるほどのう。そういう事か……」
「どういう事…いや、そうか。単にエイヴィルが使った魔法は、
メイリーさんのスキルでの眠りを上書き出来る程じゃなかったってだけか」
「恐らくな。…………納得だで…。しかし、なんか、その…、眠らされておる時?
……なんとも、妙な夢を見た気がするのだが、どんな夢だったか覚えておるか?」
「………いや…。確かに、なんか変な夢を見た記憶はあるけど…」
「そうですね、私もそんな感じです……。やけに胸の奥に変な感覚だけが残っていると言うか……」
「解ります、なんか、気になるなぁ……………。いやっ、てかそれより、
メイリーさん…、今更だけど、ありがとう。まじでお手柄ってか、命の恩人かも」
「えっ!いえ、そんな事無いわよ…、快眠スキルのおかげだったのなら、そもそも皆のおかげなのだし…」
「そう言う話をしとるんじゃないわい、お主がよく頑張ってくれたから、ありがとうと、わしも思っとる」
「そうですね、未知の敵に1人で立ち向かうのは勇気がいりますからね。ありがとうございます」
「え、えへへ…、へへへへ……」
メイリーは俯き、顔を真っ赤に染めながら、どこかぎこちなく、でも満面の笑みを浮かべていた。
――――
その後、部屋を訪ねて来た人に連れられて王城へ向かい、
賢王に情報を共有し、逆にママルはエイヴィルの結末を聞いた。
それから、ママル達は約束の一週間が過ぎるまで、平和な時を過ごした。
そして、約束の日が訪れる。
「…すまないな、ママル殿。大方の解明は2日前に終わっていたのだが、折角なので残りの日も使わせてもらった」
ワイズにそう言われつつ、アルタビエレの衣服を手渡される。
「いえ、それで、どうでしたか?」
「……この、アルタビエレの衣服の魔法陣の効果…、結局、転移という所しか解らなかった」
「…えっ……その」
「すまない、詳細を伝える。まず、転移する対象は、魔法陣を使った当人、
それから、当人の持ち物。これは無意識下の物まで含まれる。
今現在、自分を構成するために必要な物を認知する性質、とでも言おうか」
「…なるほど?」
「そして、その効果は、魔法陣を使った人に触れている人、にまで及ぶ。
当然その触れている人の、無意識下の持ち物も含まれる」
「…な、なるほど………」
(一番都合良い形になってるって感じか…、流石と言うか、何と言うか…)
「そして転移方法については、何と言えば良いか…、世界そのものに干渉している様な物だ」
「世界そのもの…?スキルって大体そうな気も…どういう事ですか?」
「つまり、転移した瞬間、元からそこに居た。と言う事になる。
とは言え、人の記憶等にまで及ぶ物では無い様だが」
「…………そうか、なるほど」
(前に賢王様が話してた転移方法。入れ替えでも、押しのけでも無いって事か)
「ここまで読み解けて、尚且つ解らないのは転移先だ。
この大陸のどこか、と言う事はほぼ間違いないと思うのだが…」
「……………そうなると、なんとも、試すのも怖いなぁ」
「ただでさえ魔法記号が複雑に重なっているのだが、転移先には恐らくマーカーとなる魔法陣がある、それと二つで一つとなっているために読み解けない。そして更に意図的に、より読み解けない様にされている痕跡がある」
「そこまでして隠したい物かぁ……」
「そうなると、なんとなく行先が解る気がするでな」
「え!まじ?なんで?」
「いやすまん、場所の検討はつかんが。特異性を見るに、間違いなくアルタビエレ自身の魔法。それをわざわざ魔法陣化している。無言でも、いつでも使える様にしたのだろう。つまり使用頻度自体も高いか、もしくは緊急用と考えられる。
そして自分自身が転移するならば、攻撃系の魔法でもない可能性が高い。
それから、わざわざ行き先を読み解けない様にしている。
となると、恐らく自身の拠点だとかではないかのう」
「ふむ、私も同じ考えだ。が、何の確証もない憶測ではあるな」
「勿論その通りではあるでな…、どうする?使うか、使わぬか、
もしくはもう暫くここに留まり、調べて貰うと言う手もあるで」
「………………アルビエレの拠点なら当然気になる。
けど、罠とか、危険性についての可能性についてまず話したいな」
「…罠か……、あやつが、自身の負けを想定すると思うか?」
「いや、別に負けなくてもさ、上着だからどうとでも使えるじゃん」
「……まぁ、そうと言えばそうか」
「それに、賢王様の王笏は自分の魔力に反応するようにしてるらしいけど、
これはそうじゃないんですよね?」
「そうだな、個人を認識する様なものは無かったはずだ。
単にそうする必要性がなかったとも言えるし、あえて誰でも使える様にしているとも言える。答えは出ないと思うが……、だが先程の、上着だからどうとでも使えると言うのは、正論だが、私には疑問だな」
「何がですか?」
「他者に使わせる様に誘導するための罠、と考えるのであれば、確かに何でもいい、上着でもいい。だが逆に、わざわざ上着にする必要があるかとな。普通に巻物を使う方が、余程安価だし取り回しが効く」
「す、スクロール!……なるほど…、そんな物が…魔法陣の知識ないから思い当たらなかったな…」
「なので、やはり自身が使う用の物、と言う可能性の方が高い。勿論絶対ではないがな」
改めてママルは考える。
「罠の可能性は完全に否定は出来ないけど、薄い…。行き先で何かを得られる可能性がある……。でも別に、何かを探してる訳でも無いからなぁ…、その何かのために、わざわざ、低いとは言え、完全には消せていない危険を冒すのは…、うぅむ…。なんとも」
「あ……、と言うか、今更ではあるが、わしらの中にそもそも魔法陣をきちんと発動出来る者はおるのか…?」
「あ、そうだった、まずそれ一回試したいな…。前に魔道具の魔法陣に魔力流した時は、なんか暴走しちゃった感じになったけど、多分今なら行ける気がしてる」
「モリス、≪ブロワー:送風≫の巻物を」
「畏まりました!」
「今なら、とは……、そうか。以前魔力と言う水に呪力と言う土が、と言う例えを話したが。呪力の扱いが上達したと言う事は、魔力のみを操作する事も上達したと言う訳か」
「多分ね。そんな感じ」
そしてモリスから手渡されたスクロールに魔力を流すと、
ママルを取り囲むようにして、実に爽快な風が吹いた。




