16.神様
「あなたにどう話すべきか考えて来たので、まずはお聞きください」
「は、はい…」
「私は言うなればこの星の意志のようなものです。
そして、この世界が今窮地に立たされています。
そこで私は、この世界の裏。あなたの世界からこちらへ、
誰か、救いになる人を連れてこようと思ったのです」
(裏って何…、てかそれで俺が選ばれたって事か?なんでだ)
「今から大切な事を3つお伝えします。よく覚えて下さい。
まず、生き物と言うのは、肉体、魂、精神の3つで構成されています。
そして、生きていると言う意味において、あなたの世界で優先されるものは、
肉体、魂、精神の順番になっていますが、理解していましたか?」
「え…っと、つまり、優先度が低いものは最悪無くても、
生きている状態と認識できる、みたいな感じですかね?
いやぁ、なんとなく解るような、解らないような」
「精神が無くとも、即座には死にません。そして肉体がなければ、魂は定着しないのです」
「う~ん。まぁ、そうなのかな?」
「そして、この世界ではそれが逆順となっているのです。
つまり、精神こそが生命が生きる根幹となっている。
あなたの世界では、肉体の状態こそが、魂と精神の状態を決めていますね」
「あ~、まぁ、そうかも」
(体調が悪ければ精神は病むし、最悪死ぬからな、ってこれ合ってるかな…)
「同じように、こちらの世界では精神の状態が、魂と肉体の状態を決めるのです」
(…別にあっちの世界にだって、病は気からって言葉もあるけど…どこまでの話なんだろう)
「つまり、肉体、物理的現象よりも、精神が望む現象の方が、優先されるという事です」
「えっ、そ、それは…」
「腑に落ちない部分もあるでしょうが、聞いてください。
この子の今の力では、いつまでも話しているという訳にも行きませんので」
「えっ!」
(そういう感じ?!先に言ってくれよ!ユリちゃんよ!)
「2つ目ですが、世界には善と悪の感情エネルギーが満ちています。
そして、今この世界では、悪の感情エネルギーが大きく膨れ上がってしまっているのです」
(まぁ、これはさっきの話よりは解るかな?)
「善悪のバランスはこれまで均衡を保ってきたのですが、約100年前、
ついに悪感情エネルギーがしきい値を超えてしまったのです。
一度膨れ上がった悪は止められない。
例えば非道な行いを受け、復讐するように、次々と伝播していく。
世界に溢れた悪感情を受け、生まれながらにして悪なるものが多数出始めてしまいました。
このように悪感情に染まった者を、モンスターと呼びます」
(んん?!モンスターって、そういう事?!)
「しばらくして、生きながらにして、モンスターへと変異してしまう者も出始めました。
先ほど言ったように、こちらでは、精神は肉体へ大きく影響を及ぼします。
加虐性、攻撃性が肥大化し、肉体、つまり脳までも作り変え、
攻撃衝動を周囲に発散するようになります」
「脳!精神とはまた別なんですか?」
「脳とは、反射や考え、そこからの言葉、つまり物理的現象の物ですが、
精神はその思考や思想に影響を及ぼすと考えてもらえれば」
「ん~…なるほど……いや、でも思考や思想は、精神にも影響しますよね?」
「その通りです、先ほど話したのは生きるための優先順であって、
それぞれは常に互いに影響しあっています。
だからこそ、そのどれもが生きるために必要なことではあります」
(頭がこんがらがってきた、いや、なんとなくは理解できるんだが…)
「善、悪と言っていますが、基本的にどちらかに大きく寄った存在と言うのは珍しかったのです。
少なくとも生まれの時点では中立。無であるはずで、
極端に寄った生き物は数年に一度、偶発的に現れる程度でした。
悪とはつまり、先ほども言いましたが、加虐性、つまり共感の欠如や攻撃性などにあります。
他者を攻撃するのに、その者の欲求以上の理由はありません。
極度に進行していけば世界が終わるのは、優に想像出来るでしょう。
これが、世界が窮地に立っている理由です」
「まぁ、確かに。攻撃せずには居られない生き物だけ集めたら、
最後には一人しか残らず、終わるって事ですよね…」
「はい。そして3つ目です。2つの話から想像は出来たかもしれませんが」
(いや、全然解らんが)
「あなたに世界を救ってもらいたい、そのためにこちらに転生して頂いたのです」
「…随分と……。いや、やっぱり、あなたが俺をこっちに呼んだんですね。
…その、どうして俺だったんですか?」
「言葉を選ばずに申し上げると、色々と都合が良かったのです。
はっきり言ってしまうと、もうこの世界は駄目なのです」
「えっ……」
「ですので何か、この世界には無い切っ掛けを探して、
あちらの世界を覗いている時に見つけたのがあなたでした。
あなたはゲームの世界に熱中したまま亡くなりました。
死んだ肉体は魂を手放し、精神はその二つを求め彷徨います。
その時奇妙なことに、その精神はゲームのキャラクターへと紐づいていたのです」
(あ、俺死んでたんだ、そっか。まぁ、なんとなく想像はしていたけど…)
「私はその精神をこちらへ呼び寄せ、魂を与えた結果、ママルさんの肉体が構成されました。
存在を変えたあなたは、その精神によって出来た肉体でもって、
ゲームさながらの強さを得。尚且つ、呪術と言う特性によって、
使うほどにこの世界の呪い、つまり悪感情エネルギーを消費できる。
これ以上の適任はいません」
「は~~~~!な~~るほど!……えっ、てか、その、
俺の精神が、俺の体はママルだって思ってたからこうなった、
みたいな事で合ってます?」
「…そう考えて貰って構いません」
「連れて来たのが精神なら、肉体の、脳って言うか、
俺の記憶はどうして続いてるんですか?」
「新たな体ですから、脳も当然別物ですが、精神に刻まれた記憶の断片から構築されたからかと。
おそらく完全に引き継いでいるわけではないと思います。申し訳ない」
(まじか、なんか思い出せない事も色々あるのか…それが何なのかは知る由もないけど…)
「もう一つ謝罪をしなければいけないのですが、ママルの体が構成される時に、
一つだけ私が手を加えさせていただきました」
「えっ」
「言語中枢の書き換えです。あちらの世界でのあなたの座標的に、
こちらの世界での出現位置は予測がついたので、
こうして巫女の元へとたどり着いて貰うための措置でした。申し訳ない事をしました」
「ちょっ、え、言語???」
「あなたは今日本語を話していると思っているかもしれませんが、違います。この世界の言語です」
「ま、まじで?」
するとユリは、指で空をなぞり、[黒]の文字を描く。
その軌跡はぼんやりと光り、見間違えることはない。
「この文字がなんと読めるか解りますか?」
「……、いや、絶対見た事ある気がする…んですが…ちょっと解らないです」
「これは、あなたの名前の文字。黒井太一の黒です。
あなたの日本語の知識を置き換えたと思ってください。
見た事がある気がするのはおそらく、言語ではなく図形として把握している分の記憶でしょう」
「いやぁ…………ははは……」
もう、意味は解らないが、納得するしかない。それだけの説得力があった。
「でも書き換えなんか出来るなら、もっと戦闘がうまくなるようなのもやって欲しかったなぁ」
「それらは肉体への影響も大きいですから、下手に弄りたくはなかったのです」
「あ~、なるほど…」
「…まだお話したい事は沢山あると思いますが、そろそろこの子が限界のようです」
よく見ると、ユリはじんわりと全身に汗をかいている。
「ママルさん。この世界のモンスターを出来る限り減らしてください。その呪術という魔法で。
そしてここに居る方々、どうか今の話は他言無用でお願いいたします。
この世界の仕組みの話です。何か悪用される事があっては困りますから。
それでは、どうか、どうかよろしくお願いいたします」
先に人払いを済ませなかったのは、時間的余裕のなさと、
これまでユリを通して見て来たこの村の人たちへの信頼ゆえだった。
ユリの体はそのままうつ伏せに倒れ、先ほどとは打って変わって荒い呼吸をしている。
「ユリちゃん!大丈夫!?」
「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」
「ハンさん!水と布をお願いします!多分奥の部屋にあると思うので!」
「お、おう!」
「俺も手伝いますっ!」




