156.摘む
少なくとも兵士の様な、魔力や気力の扱いに慣れている者でなければ、
トールハンマーの付近でその轟音を聞けば、鼓膜が破れてもおかしくは無い。
ママルはメイリーの腕の中から飛び降りる様にして目覚めた。
「お前……お前ぇぇぇええ!!キョロキョロしてんじゃねーわよぉ!!
見ろぉ!!私を見ろおおおお!!!」
「…………………………」
(なんだ?あいつは…、てか、なんで外でメイリーさんに抱えられてたんだ…。
それに、体が熱い……、呪具を誰か使ったのか、いや、メイリーさんか)
「ママルちゃん!起きたの!よ、良かった…」
「あ、あの、どういう状況…」
「あのモンスターが、ママルちゃんを攫って行って…」
「……………………」
「全部、お前が悪いんだ!!私の大切だった人を殺された!!お前に!!
だから!!これは正当な復讐なんだよぉ!!」
「復讐……誰の事だ…?名前が解ると良いんだが」
「あ、ア!アルタビエレ様だ!!てめぇが!!!」
「そうか…」
「てめぇが!!殺す!絶対に!!もう、私は無敵になった!
わざわざ、まどろっこしい手段を取る必要も無い!!今!!私の復讐を!
憎しみを!愛を!怨念を!受けるべきだろぉ!!!」
「そうかもな………。でも、それでもあいつは死ぬべきだったよ」
「しっ…お前…、お前は!!私が、この手で!ぶち殺してやるわよぉ!!」
エイヴィルは両手に魔力を込める。だが。
「≪アカーラ:金縛法≫」
エイヴィルの体からいくつもの鎖が飛び出した。
「っ!!……は?」
「≪ライフ:浄玻璃鏡≫………」
ママルは水晶越しに、エイヴィルの罪を覗き見る。
エイヴィルの大罪は、たったこの2日に行われた事が殆どであるため、
すぐに大方の事情を把握できた。
同時に、エイヴィル自身の情報も。
「な、なんだ!なんで!この体を縛る事が出来る!」
「……エイヴィル=メルエット。お前の復讐を受け入れるべきなのか、とも一瞬思ったけど、でも、駄目だな。やっぱモンスターに同情しても仕方ないか…」
「お前!お前!お前は!!ふざけるんじゃないわよ!!どうして!何が!
私は正しい!!この気持ちが、間違いであるはずがない!!」
「違うよ。間違ったんだ、お前は…」
ママルは三度水晶を構え、≪ジャッジ:業秤≫を唱えた。
強力な呪力がその武器に圧縮されて行く。
「ま、また!また奪うのか!私から!お前がぁ!!!」
「……………」
「この外道め!邪悪の化身が!許さない!お前は!」
「或いはお前が…、数日前の状態で、俺の前に姿を現していたとしたら、
その裁きを受け入れたかもな…」
「は?数日?私が!この姿を手に入れたからだとでも言うの?!
お前のやった事と!やる事と!何の関係も無い事だわ!!」
「いや、ある。お前は、戦う意思もない人を、ただ職務を全うしていただけの人を殺している。自分が危険に晒された訳でも無く、自らの意志で、騙し討つようにな…。ただの、加害欲でもって…。だからもう、この会話は終わりだ。
意味がない。もうお前は終わってるんだよ」
「っ………うるさい……」
「囚人達への行いもそうだ、最初の1人以外、脅迫みたいなもんじゃないか」
「うるさい!うるさい!!うるさいんだよォォ!!必要があった!そうでもしなきゃ、お前を殺すことが出来ないんだ!だから全部お前が悪いんだぁあああ!!」
「…滅茶苦茶だな………≪キャベッジ:脳遮断≫」
深緑の魔力がエイヴィルに着弾すると、
その頭部から、一輪の小さな花が咲いた。
「≪リリース:呪力反転≫…≪アカーラ:金縛法≫」
エイヴィルはその場に頽れる。
「………………はぁ…」
「………………………………ま、ママル殿…、これは、一体…」
ママルのスキルに呆気に取られていた賢王が、たまらずに近寄り声をかけた。
「…脳と、体の繋がりを遮断しました。この状態なら、パッシブスキルも発動しないので…、それで、あの花を元気に保ってる限りは、死なないので…。水と光だけで生きられます」
「……つ、つまり…?」
「あとは、任せます。もしかしたら、いつか、何年か、何十年かしたら目覚める事もあるかもしれませんが」
「………な、なぜ……」
「あの人の処遇は、賢王様が決めるべきだと。そう思ったので…。すみませんが」
「……………………………」
「さっき知ったあの人の…、エイヴィルの事情は、後で話すので…、その、今日は、帰らせて下さい…」
そう言ってメイリーの元に歩き出したママルは、足元がふらついている。
「あ、あつい……」
「ママルちゃん!!」
「メイリーさん、帰ろう…」
「大丈夫?苦しいのよね?私が連れて行くから!安心して眠って」
そう言うと、メイリーは再びママルを抱え、ホテルに向かって歩き出した。
その背を纏まらない思考で、黙って賢王は見送る。
「………………………………………。
はっ!み、皆の者!!今すぐエイヴィルの状態を確認するんだ!!」
兵士達がエイヴィルの元へと、いささか怯えながら近づく。
その中から、医療の心得がある1人の兵士がエイヴィルの状態を確認する。
「賢王様!息はあるようです、寝ていると言うか、なんと言うか…」
指でエイヴィルの瞼を開き光を当てるが、瞳孔は反応していない。
「気を失っているんだと思います…、非常に薄いですが、脈拍も、呼吸もあります。そして…この花…、完全に頭から…頭蓋を貫通しているのか…?」
「おい、それより、改めて近くで見ると…、なんなんだこいつらは…魔人だとか聞こえたが…」
「さっき暴れてた奴らが自分でそう言ってたんだ…、グールがどうのとか」
「この、こいつだけは他の奴らと全然見た目が違うが……」
「さぁな…、そもそも、両腕と両翼がある生物なんて聞いた事が無いぞ…、虫の羽ってワケじゃあるまいし……噂に聞いたドラゴン族はどうだったかな…」
「バケモンだな……」
深刻に話す兵士達の声を聞きながら、賢王は思案する。
(……悪魔降ろし…悪魔憑き…魔人…。理外とも言える能力……。
魔王は、何故私にエイヴィルを託した。やはり、殺しはしたくないのか……。
ただ花を一輪世話するだけで、生かせると。
いつか目覚める事があるかもしれないと…。
ママル殿の言葉を信じるなら、少なくとも、数か月は絶対に目覚める事は無いだろう。そして、仮にエイヴィルの肉体を研究出来たら、恐らく、我が国の魔法は一段高みへと登れるだろう。そんな確信めいた予感がする。…だが、もし目覚めた時、どうなる…………………………。
プロテッドの平和の維持へは、どちらの選択が…)
暫く考えた賢王は、ゆっくりとエイヴィルの元に近寄った。
「け、賢王様…?」
「すまない、君達は、事後処理に当たってくれ。
おそらく、軍部や他とも既に連絡がつくようになっている筈だ」
「し、承知いたしました…」
兵士達は各々の判断の元に散開し、その場に賢王が1人残り、
佇み、エイヴィルを見つめる。
「……………………中々、ママル殿も、人が悪い」
ゆっくりと腰を下ろす。
そして、我が子を愛でるかのように、そっとその花に触れる。
「違うな…、結局、私が、責任から逃れたくなっていただけか…。
強大な存在に、つい、寄りかかりたくなってしまったのか。
………………少しだけ、休みたくなったのかもな。我ながら、情けない」
その指先は、次第に茎へと移ると、優しく、その茎をへし折った。




