153.喰種
エイヴィルがその身に降ろした悪魔は、
悪夢。ナイトメア。
その悪魔の性質が、エイヴィルが元々持っていたスキルと混ざりあい、
いくつものスキルが発現した。
そして既に、≪スウィートメア:愛堕夢≫と言うスキルで、プロテッドを包んでいる結界を利用することで、国一帯を包んでいる。
その効果は、範囲内の寝ている者に、幸福な愛の夢を見せる事。
夢を見ている者は、その夢に縋る。
シンプルに、起きたくないと思う。そんな弱い効果だ。
効果を受け眠る人も、例えば強くビンタでもすれば目を覚ますだろう。
だが逆に、ちょっとやそっとの物音や、体を揺さぶられる程度では起きない。
エイヴィルはママルを抱えたまま、その羽で空を飛行する。
人2人を飛行させるにはあまりに拙い羽だが、物理的に羽ばたいて飛んでいるのではない。羽がある事で、≪飛行≫のパッシブスキルが発現したのだ。
だがその飛行速度は、大して早くはない。
(アルタビエレ様から聞いた、こいつの、ママルの弱点……)
――
『実際に戦ったりして、俺が感じたママルの強みと弱点を教えてあげるから、よく覚えておいて』
「わ、解りました…」
『まず強みは、単純な魔力と身体能力、アホみたいなスキル。せーのでまともに正面切ったら、悪魔の力を使ったって無理だ。少なくとも、低級や中級ではね』
「そ、それほど…っ!!」
『でも一応、能力は通るっちゃ通る。一般クラス、幻術士ミラーのスキルは無効化していたが、悪魔の能力は通っていた。悪魔の力を使ったスキル、が通るかは、試してみないと解らない』
「………」
『それと身体能力が高いとは言ったが、あくまでエネルギーが高いだけ、って感じかな』
「…そ、それは、どう言う意味でしょうか…」
『最高速度や、直接攻撃での破壊力は高いだろうが、反応速度は鈍い、一般人並みかそれ以下だね』
「なるほど…」
『そしてここからが重要な、大きな弱点だ。まず、人質の類は非常に有効に働く。
あいつの仲間は勿論、おそらく一般人でも効くぞ』
「おぉ……、あ、ありがとうございます!」
『そして、魔法薬に耐性がない。あいつはポーションで自身の傷を癒していたからな』
「ポーション…治癒の魔法薬……」
『…どうだ?策は閃いたか?』
「……単純に、魔法薬で毒殺と言うのは難しいでしょうか?」
『毒か…かかったとしてもな…、毒みたいなスキルを使ったり、その解除も出来るっぽいからなぁ』
「…私が降ろした悪魔の力であれば、きっと、眠りを深くする事が出来ます」
『だろうね、低級、コ・イ・ヌールの効果は多分、持って1分ってトコだった感じがしたな。ナイトメアは中級、実際どの程度もつかは解らないけど』
「寝ているうちに、更に深い眠りに沈める…、と言うのは、どうでしょうか」
『ほう』
「睡眠の魔法薬で、眠りを深くし………毒を盛る。起きていなければ、解除も出来ない」
『おー。なるほどなぁ』
「そして、寝るなら、雪中に沈めたって良い…、毒を盛った後でも…、
寝ていたら、いくら魔力が高くても、徐々に奪われる体温、対応が難しいはず…」
『なるほど…、確かにそうかもな』
「そして………、完全に弱ったら…、刺し、抉り、砕き、潰し、殺す…ヒッヒヒ…で、出来る!出来るわ!!」
『……うまく行く事を、願っているよ』
――
エイヴィルは、1つのビルの屋上に着地すると、その場にママルを寝かせ、
医療魔法施設部門が開発した睡眠薬を、ママルの口に含ませる。
「眠れ…深く…どこまでも…その身に蓄えた魔力を、吐き出しなさいっ!全て!!」
そしてそのまま、ポーチの中から大量の薬を取り出した。
「ヒ、ヒヒ…。麻酔薬に、鎮痛薬、直接肉体を傷つけない様な類いの薬を、過剰摂取させる…。むせないよう、少しづつ飲ませないと…」
(賢王や軍部に邪魔されるのが一番鬱陶しいからね、囚人達に注意が行く様に仕向けた訳だし、この魔王さえ殺せれば、その後は…、私がやった他の殺しも、囚人達がやった事にしてしまえばいい。大丈夫…順調。順調な筈よ…)
――――
モリスが、王の間へと勢いよく駆け込んできた。
「賢王様!!」
「どうした…こんな夜中に」
「居住区が!!た、大変な事に!!既に軍部にも連絡をとっているのですが、
当直の者以外には何故か連絡がつかなく!」
「軍部?敵か!な、何が現れた!」
「そ、それが!なんとも…異形の、人間と…」
「…私も出る!…開けぇ!!」
ワイズがそう叫びつつ王笏で地面を打ち鳴らすと、
王の間から外までの扉が次々と開いていく。
「≪フロート:浮遊≫!」
唱えた直後に王笏を目の前に放ると、地面と水平になる様に横たわった王笏が浮いた。
そこに、まるでスノーボードにでも乗るかのようにワイズが飛び乗る。
「≪アディエション:接着≫!≪インジェクション:噴射≫!」
王笏とワイズの足裏は固定され、王笏の石突部分から空気が噴き出すと、一気に加速し外へと飛び出した。
――
「用意!!…てぇ!!!」
1人の兵士がそう叫ぶと、他の9人が一斉に手にした武器のトリガーを引いた。
8人の剣士と交戦中の喰種を目掛けて、雷球や火球が次々と飛んでいく。
もう、喰種は8人は殺したはずだ。今見える、残る敵は10人。
だが兵士側や一般人にも多数死傷者が出ている。
「おイ!!ジョー!くっソぉ!!殺りヤガったナぁ!!!」
そう叫んで特攻して来た喰種もまた、集中砲火を浴びて絶命する。
「よ、よし、前列剣士隊、防御優先!攻撃は後方の銃士隊に任せるこの陣形が有効だ!」
「は、はい…し、しかし……」
「クッソ!なんなんだよこいつらは!!」
後方の銃士隊から聞こえた声に、剣士隊も改めて身震いする。
「まだ増援は来ないのか?!もうやられちまってんじゃ?!」
「やっぱホープとレナードには、病院じゃなくて軍部に行けと言うべきだったんじゃないか?」
「目の前に集中しろ!!」
「でもこいつら」
「ぐわあぁ~っ!!!」
銃士隊の隊列、右端の1人が叫び声を上げた。
他の者は即座に銃口を向ける。
叫びをあげた兵士は、喰種の腕が完全に腹部を貫通してしまっていた。
隊長と8人は一斉に距離をとる。
「お、おい!くっ…」
「な、なんか、デカくねーか!」
「隊長ォ!!」
「っ…!撃てぇ!!!!」
喰種は放たれる弾を、そのまま死体の盾で防ぐ。
「くっそぉ!!」
すると、後方の状況を理解していない剣士隊から声が上がる。
「おい!!!銃士隊!こっちの援護はどうなってるぅ!!」
「巨大な喰種が現れた!対応している!」
「援護が無きゃ持たないぞ!!」
「は、半数!剣士隊とそれぞれ交代を!」
「誰が交代だって?!!」
「隊長ォ!!」
「やばい!!!!」
「≪ラピッド:連射≫!≪アイスランス:氷槍≫!!」
声のした方を皆が振り向くと、賢王が王笏を構えていた。
複数の氷槍が、次々と喰種をなぎ倒していく。
「賢王様ぁ!!!!」
「後は私に任せて!下がるがよい!!!」
「あ、ありがとうございます!!」
「≪ラピッド:連射≫!≪コールドバレット:冷弾≫!!」
それからほんの数分で喰種は殲滅した。
だが、体が大きな一体だけは生き残っていて、
兵士達は賢王の後方から見守る様に佇む。
「全て撃ち落とすとは…だが……≪ラピッド:連射≫」
「オい……、賢王様ヨぉ…」
「!?……言葉が?……利けるとは…なんだ?」
「自国民に、直接ソの魔法ヲ向けテいル、今の自分ノ状況が、解ッテんのカ?」
「?……………………きっ…貴様!!…まさか、…お前は!グエス=ルーテスか?」
「今更気づイタかよ…、ソウだ、テめぇに死刑宣告サレた、囚人ダよ」
「そ……それでは…まさか…っ」
「そウダ!!そコの死体の数々を見ロォ!!喰種の魔人は皆囚人ダ!!」
「な、何故……、一体…、その姿は…」
「アル人のおカゲでな、貰っタノさ、悪魔ノ力を。だガ、そレダけだ、
ソレを、てメェが殺シテ周った!!何ヲシたのか!言ってミロよ!!」
「……………………………………」
賢王は、みるみるうちに顔色を悪くして行く。
「ハッは!!俺ダケだっタら良カッたナァ!!どっチみち、殺スつもリだったンダもんナぁ!!でも、そコデくたばッテいる奴ラは!更生シて、またコノ国で生キるハズだったンダ!!」
直後、賢王の後方から、怒号の様な檄が飛んで来た。
「賢王様!!惑わされないで下さい!!」
「そ、そうだ!!そいつらは!すでに一般人を殺しています!!食っています!!」
「十分死刑に値する奴らです!!賢王様!!」
「賢王様~~~!!」「我々をお守り下さい!!」「賢王様!!」
「チッ!!」
「……罪は、背負う」
「…俺ガ勝つ!!」
グエスは賢王に向かって駆け出すと、その両腕を振るい襲い掛かるが、
その爪先は、賢王の首に触れる寸前で止まった。
胸部には、王笏の先端がめり込んでいる。
「ぐハっ……っ!」
「≪フローズンレイ:凍結線≫」
一瞬で、グエスは全身が凍り付いた。
「すまないな………、眠ってくれ」




