148.賢王
二日酔いと、現状と、室内から怪しい物が無くなっている安堵から、
ママルは二度寝している。
「おい、お主ら、そろそろ起きんと、昨日通りであるなら誰か来る頃だで?」
「ぅぅ…うっ!ん!!あ~~~~~…お…起きるかぁ」
妙な唸り声と共に、何とかママルは起き上がると、風呂に浸かって目を覚ました。
風呂場のガラスは当然曇るため、思っていた程には寝室から全部丸見えと言うわけでもなく、気持ちを落ち着けて1人の時間を楽しむ様に湯船につかっていると、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
その後ユリに案内される様に、1人が室内へと入って来る。
曇りガラスを一部手で拭い取り、その主を確認すると、賢王の背中が見えた。
部屋の中央にあるソファに腰かけると、何やら話し声が聞こえてくる。
ママルはサッと体を拭い、洗面所でアイテム袋を掴み、パッと服を着て風呂場を出た。尻尾の水気はぬぐい切れていない。
「あ、す、すみません…」
「あぁ…いや…こちらこそすまないな…、タイミングが悪かった様で…」
「い、いえ……」
「ママルよ、その、今日は、賢王が案内してくれるそうだで…」
「は?……あの、なんで?」
「……直接、色々話したいと思ったのでな」
「あの魔法陣を調べてくれるんじゃ…」
「取っ掛かりは得られたからな、あとは専門の機関に任せた。魔法陣調査部門と言うのがあるからな」
「な…なるほど…、いや、てかその…他にはどんな部門?があるんですか?」
「はは、やはり気になるか、まぁ、全て上げるとキリがないので、部門ではなく、棟で纏めて説明していいかな?」
「は、はい」
「それでは。君なら名前から十二分に想像できると思うが。
国家運営棟、生活魔法研究棟、畜産農業魔法研究棟、魔法陣研究棟、魔道具研究棟、戦闘魔法研究棟、防衛魔法研究棟、医療魔法研究棟。8つの棟が、それぞれ細かい部門、そしてそれから、それぞれの施設へと枝分かれしておる形だ」
「…………なるほど」
「例えば、商業施設の管理はどの棟になるのだ?」
「名前から想像できないものは、基本的に国家運営棟だと思って貰って構わない。
勿論、例えば魔道具等の商品は、魔道具研究棟が生産している物ではあるが」
「それらは、全部あなたが見てるんですか?」
「当然それぞれに長を立てているが、そうだな。私が全てを治めていると言った方が解り易いだろう」
「…絶対王政…、にも関わらず…、街の皆は自由に暮らせてる…いや、まじで凄い…」
(だけど、それってこの人がいなくなった瞬間崩壊するよな…。こういうの、哲人政治とか言うんだっけか…)
「私は、今年で253歳だ。老化を遅らせる魔法を習得しているからな。
プロテッドを大きな街として以来、ずっと私が王のままだ」
「!!」
(な、なんだ?思考を読まれた?)
「はっはっは、ママル殿は、こういった事は苦手か、表情が実に素直だ。
いや、すまない、侮っての言葉ではないぞ?」
「…………俺に、人を見る魔法があるんですが、その、賢王様を見てみたい、と言う気持ちが抑えきれないんですけど、いいですか?」
「……人を見る…、どこまでの話だ?流石にプライベートを暴かれたくはないな。妻も10代目だからな」
「い、いえ、そこまで、ってか10代目…?」
「私だけが長生きしておるからな。だいたい30年起きに、新しい妻を娶り、王女にしておる。私の命がいつ潰えるとも解らんしな…。だが、これまでの子らにも、未だ賢者やそれに近いクラスは発現していない…。やはり、クラスと言うのは血統とは関係ないのだろうか?」
「わっ…解りませんが…。てか、その…側室とか持ってないんですか……?」
「……………そう言う意味か……。先程言った、だいたい30年と言う物にも意味があるのだ。初めて結婚したのは、正に私が30の時、20になる人だった。それから、4人目を迎えた時、その人は寿命で亡くなっている。それから順に85、46、29歳だった」
「…………………な…なるほど」
(まぁ、あんま良く解んないけど、必要な事なんだろうな。
この人の力や立場を考えたらむしろ少ない気もする)
「それで、プライベートを覗かない、人を見る魔法とは?例えば、カーラを見た時にはその職業まで予想できたようだが」
「っ……。クラスと、スキル名が解ります。どれも、自覚して隠したいと思っている物は見れませんが…」
「………………乗ってやろう」
「えっ?…その」
「他にも何か見れるのだろう?だが、それを隠す理由は聴かぬ」
(マジかよ!確かに、レベルとか、俺が知りたいと思ってる性質も簡単に解るけど!や、やべえ…こいつ、まじで賢いってだけじゃねーぞ…。観察眼って言うのか?つか別に説明してもいいんだけど、この辺伝えるのってめんどくせーじゃん!ま、まぁ、受けてくれるなら良いか…)
「で、では。≪アプライ:鑑定≫」
●人間:賢者:ワイズ=プロテッド Lv192 グロウ その他不明
プロテッド国の王。国民は皆、尊敬の眼差しを向けている。
その他詳細不明
「ありがとうございました」
「ふむ、何が解ったか聞いても?」
ワイズはそう言いながら、ユリが用意した紅茶に手を付けた時、
カップがカタタッと音を鳴らした。
「え、えっと……。人間であること、賢者というクラスであること、名前、
この国の王であること、国民に好かれてる事、そして、強さが何となく…」
「つ、強さ…、か………、少し、すまない」
ワイズはそう言って30秒程目を閉じ、考え抜いた。
「君には、やはり、正直に話す方が早そうだな…」
「えっと…」
「私が12歳の時、プロテッドの山に住む、ビッグフットと呼ばれる獣に出会った」
「え?…は?……その、どんな…」
「大きな熊と猿を足した様な獣だな。ただ足と顔が大きい。何より口が大きい。
それを見た時、人生で初めて、他者に命を握られる様な恐怖を覚えた」
「まぁ、そりゃ怖いですよね…、しかも子供の時なら…」
「その時以来だ。……………今、私は同じ様に恐怖している」
「…え?」
ママルと一同は、驚きの表情を見せた。
「私が、王であるにも関わらず、1人でここに来ているのは、何故だか解るかね」
「えっと……強いから?とかですかね…」
「その通りだ。私を護衛出来る者などいない。むしろ、何か事件があった時には足手まといになる危険がある。もし能力を数値化出来たとしたら、恐らくそのほぼ全てにおいて、私が1番となるだろう。それもいくつかにおいては、2番手と大きく差をつけてな」
「…はぁ…まぁ、そうですよね」
「だが、今は違う」
「……………え、……お、俺って事?…ですか?」
「特に、魔力を含む戦闘能力において、おそらく我が国の全兵力をもってしても、君には勝てないだろう」
「いやっ、ま、まぁそういう事もあるかもしれませんが…、別に意味も無く戦わないですよ……」
「理解しているさ。だからこうしてここに来れた。だがそれは逆に、意味があれば戦うと言う事だ。私は、その意味を知りたい」
(そうか…俺は、言ってしまえば爆弾みたいに思われてんだな………う~ん…どう言おうか)
「あの……神様って、信じてますか?」
「…無論。あらゆる動植物の命は、神より賜った物であると、ここプロテッドでもそう考える者は多い」
「………本当に居るって言ったら、どう思います?」
「…………信仰心の話、ではないな……。うむ……、是非、会ってみたいものだと思うかな」
「それともう一つ、悪魔憑きって、どう思ってます?」
「どうもこうも…、人が狂ってしまうと言う事は、事実としてあるからな…。私にその感覚は解らぬが」
「俺は、悪魔が憑いた様になった生き物を、モンスターと呼んでいます」
「………人も動物の一部であると、そう言った考えを否定するつもりは無いが、
人に仇名す者の名を、人にも付けるのだな」
「言ってしまえばこれは、状態変化です。他者への攻撃欲を完全に得てしまった生き物」
「…………………」
「そしてそれは、やがて星を滅ぼします。悪意は伝播する。この国の様に、完全な自治が出来ていない外の場合どうなるか」
「………言わんとする事は、解るがな」
「という話を神様から聞いて、俺は力を貰いました」
「っ!!……ば、馬鹿を………いや、…待て………」
そう言うと、賢王はこめかみを押さえ、暫く目を瞑っていた。
(この人の事だ、下手な事は言わず、本当に待った方が良さそうだな…)
10数分経った頃、1つの質問がもたらされた。
「君が言っていた、神とはなんだ?」
「この星の、意志、の様な物、らしいです」
「………そう言う事か。解った。君の…魔王とつくクラスに怯え過ぎていたみたいだな…」
「……それって、どう言う風に思ってたんですか?」
「知らんのか?勇者と魔王の伝説と言う物は、ここプロテッドにも伝わっているぞ」
「…そ、そうなんですね」
「わしもこれまで気にとめていなかったが…、昨日そういった話の本も買ったで、後で読んでみるとよい」
「まじか!助かる~っ!」
「魔王とは、世界を征服し、混沌に陥れる者だ。だが………、ママル殿は、そうではない。むしろ真逆と言う事になる……。ママル殿が、実は私をはるかに凌駕する程に…、表情や声色を使った交渉…腹芸が……、いや…すまない。……忘れてくれ」
(魔王と言う物を知ってるからこそ、余計に思う所があったって感じか…?逆に閻魔と言う物は知らないっぽいな…)
すると、ユリがママルの頬をベシっと叩いた。
「ちょっ!な、何さ!!」
「腹が立ったかのう?」
「いや、てか何?さ、流石に変でしょ!今のタイミングは!な、何か、俺まずい事言っちゃった…?かな……」
「………賢王よ。見ての通り、こやつは結構素直な奴だ。くだらん事で逆上して襲うようなタイプでもない。変に疑っても、お主が損をするだけだで?」
「………………そうか………そうかも……しれないな」
「まぁ、こやつの力をある程度理解してしまったのなら、怯えてしまう気持ちは解るがの。だが、害するつもりもないのに怯えられると言うのも、中々に当人の心を傷つけるとは思わんか?」
「……………………すまなかった。よし…、君達、出かけないか?昼食でもとろう。付き合ってくれ」
賢王は皆を先導し、暫く歩くと、意外にも商業施設内の一般的な飲食店へと足を踏み入れる。
道中、一般民からは応援や感謝の言葉が幾度も投げかけられていた。
レストランの店主が早速寄って来る。
「おや、賢王様。今日はご家族はいらっしゃらないので?」
「あぁ、5人分頼む、メニューは、任せる」
「畏まりました…」
「普段から、こういう店で食べてるんですか?」
「いや、普段は妻が作った料理だな、外食は、時々だ」
「な、なるほど…」
「…意外かね?」
「まぁ、そうですね」
「王が民と同じように食事をとるなど、わしは聞いた事がないで」
「そうなのか…。なぜ分けるのだろうか?」
「…おそらく、食材や調理技術等は限られておるから、権力を持った者から優先されるのではないか?」
「……なるほど…権力を持つことが、偉いと言う価値観なのか…。どちらかと言えば、責任を負う事だと思うのだが…。理解できなくはないが、限られた者だけが得を出来る構造は、進歩を阻害するのではないか?」
「そうかもしれんし、そうではないかもしれん。国造りなど、わしにはよう解らんわい」
「…権力がただの責任なら、負うだけ損だとは思わないんですか?」
「……全く思わんと言えば噓になるがな。プロテッドの王は、私が出来る事なのだ。例えば力仕事でも、料理でも、出来る者が出来る事をする。権力は、私が持つことが出来る。それを放棄する事が得になるとも思えぬ」
「なるほど…まぁ、俺も国造りなんて解んないけど、賢王様の考えは好きだなぁ」
「はっは…、そうか。ありがとう」




