147.エイヴィル
戦闘魔法研究棟は、直接攻撃魔法研究部門、長距離攻撃魔法研究部門など多岐に解れているが、
その中に、魔道武具の研究をする、魔道武具研究部門と言うのがある。
魔道武具と言うのは、戦闘時に使う魔道具で、その形状は多種多様だが、
主に剣や、銃の様な見た目の物が多い。
そしてその部門長はエイヴィル=メルエットと言う、43歳になる女だ。
メルエット孤児院出身の彼女は、この国では珍しく独身を貫いている。
そんなエイヴィルが、魔法陣研究棟の門を叩き、門番と話を始めた。
「おや、エイヴィル様、お久しぶりです、また魔法陣開発部門に御用ですか?」
「いや…、今日は違います…、魔法陣調査部門に用がありますので…」
「なるほど…少々お待ちを…………………………………………、
あの、アポは無いようなのですが…」
「パエット=ニーサルに繋いで…良いから、通してくれと」
それから数分の後、パエットは門の前に姿を現した。
彼は齢31にして部門長を任させるほどに、魔法陣の知識が深い。
「エイヴィルさん、どうされたんですか?魔道武具に関することなら魔法陣開発部門の方へ…」
「外から魔法陣が持ち込まれたと聞きましたので、是非見てみたくって…」
「……我々の職域に、あまり立ち入って欲しくは無いのですが?」
「解っていますよ。何も口を出そうってんじゃなくて…、未知の魔法陣、
それを一目見たいと言う気持ちは、パエット殿にだって、お解りいただけるかと」
「……まぁ………。では、本当に見るだけですよ?以前新たに開発した魔道武具の時だって」
「大丈夫です、何も言いません、ちゃんと反省しましたから」
「頼みますよホントに…」
パエットに案内され、魔法陣調査部門の敷地内を歩き、施設内へと足を踏み入れる。
その建物の中は、数々の書物や魔石、魔道具等で溢れているが、
基本的にはどこの棟も似たような物だ。
「すまない!皆!エイヴィルさん。魔道武具研究部門の部門長が、一目見せてくれと」
そう言われ、数人の職員がアルタビエレの上着を持ってくる。
それは表裏を裏返しにしてあり、魔法陣が確認出来た。
「……っ。………………なるほど」
「エイヴィルさん。何か解ったんですか?」
「…転移魔法の類ですね?」
「その通り、いや…流石ですね……、それ以上は、現在調査中です」
「……解りました、ありがとう」
そう言ってエイヴィルは引き返して行った。
「大人しく帰ったか…、め、珍しい事もあるものですね…」
「あぁ…また勝手な事を言い始めるのかと警戒していたんだが…」
――
自宅へと戻ったエイヴィルが、1人怒りの声を上げた。
「あああっ!ア!アァ!!どうして!どうして!!
や、やはり!アルタビエレ様の物だった!!
な、なんで…どうして!!」
一週間ほど前、月に1度の定期連絡を入れて見ようとした所、全く反応が無かった。
それからエイヴィルは焦る様に、あらゆる物事を注視し、気に掛けていた。
そこへ現れた、外部の人と、その噂。
悪い予感が、当たってしまったのではないか。
「アルタビエレ様!!あなたが!アレを外の者に差し上げた!そう言う事であれば!今すぐお答えください!!」
大声を出すが、返事は無い。
彼は、最高の人だった。
力も、野望も、財も、あらゆるものを持っているのに、
名声だけは決して得ようとしなかった。
なんて謙虚で、思慮深く、素敵な人なんだと。
私は、彼から様々な事を教えて貰った。
世界。人と言う生き物。その性質、考え方、命。
心も、体も、傷物にされた私を彼は救ってくれた。
傷を癒してくれた。食べ物を与えてくれた。居場所をくれた。
この怒りを、憎しみを、発散する術を教えてくれた。
醜悪で、残酷な人間のいた地から、このプロテッドへ転移させてくれた。
私達が祈る神は、決して私達を救いはしない。
私を救ってくれるのは、彼と、悪魔だけだ。
どうして?どうして、どうして返事が来ないのだろう。
アルタビエレ様、アルタビエレ様…。
すると彼女の脳裏に、アルタビエレの声が聞こえた気がした。
『俺が、君と契約していたスキルがある。唱えてくれ』
それは、アルタビエレのクラス、ユビキタスの性質に由来するものだ。
遍在する。どこにでもいる。それはつまり、彼女の中にもいると言う事。
本人の死により、次第に消え入る運命だったソレを呼び起こす。
契約魔法により与えられたスキルは、自覚する事ができない。
そのためどういった効果なのか等知らない。
それでも、エイヴィルは縋る様にスキルを唱えた。
「≪オムニプレゼンス:契約召喚≫」
するとエイヴィルの脳内に、アルタビエレの人格の一端が顕れた。
本人そのものではない。
アルタビエレ本人の記憶と悪性を引き継ぎながら、エイヴィルの願望が多分に含まれた人格が、本人にしか見えない幻覚となり、彼女に語り掛ける。
『やぁ、俺の、愛しいエイヴィルよ』
「ア!アルタビエレ様!!」
『すまないな。俺は、死んでしまった』
「ぁ……あぁ!!そんな!そんな!!!」
『でも、大丈夫、ここにいるじゃないか。俺は、どこにだっているんだ。知っているだろ?』
「で、でも!だって!もう!あなたに触れる事が!な、何故!一体どうして?!」
『殺されたんだよ。ママルって小さい獣人にな』
「……!!今、このプロデッドに来てる奴…。こ、殺して、殺してやる!!そいつは!!絶対に!!!」
『はっはっはっ、無理だよ、エイヴィル。あいつは、君がどうこう出来る存在じゃない』
「だって!許せない!!!何に変えても!殺す……絶対に!殺さなきゃ!!」
『……方法は、あるかもしれない。でも、俺はエイヴィルには幸せになって欲しかったんだけどな』
「いいいいっ!いらない!!幸せなんて!!もう!
奪われたんだ!また!いつも!私は奪われるんだ!!絶対に許さない!」
『……そうか…。いくつか、思い当たる弱点がある…、試してみるか?』
「や、やる!やらせて!!お願いよ!!」
『そうか………、それなら、まず悪魔降ろしをすると良い』
「悪魔降ろし?…いえ、だって、それは、あなたが禁止していた筈よ?どうして………」
「大きく世界の呪力を消費するからな…、でも、もう俺の計画は。俺の望みは潰えた。だから、もう良いんだよ。俺の知識、俺の魔法で、頑張ってくれ」
そしてエイヴィルは、アルタビエレの幻影、つまり自身の脳内で、1つのスキルを伝授された。
もう、どうなったって構わない。
ママルとか言う獣人がこの国に居るのなら、
この国ごとだって…。
エイヴィルは、十数年ぶりに新たにスキルを獲得した、この時を持って、
モンスターへと変異した。
それから数分間、錯乱した様に室内を荒らす。
目に入る物に、破壊の限りを尽くす。
鏡が、食器が、魔道具が割れ、自身を傷つけ血を流す。
痛みが、より怒りを増しつつも、血を失い冷静さを取り戻していく。
「解ったわ…、必ず……≪デモリッション:悪魔憑依≫」
棟、部門、施設等。色々出てますが、
読者の方が詳細を覚える必要は特に無いです。




