136.寒山
明朝、5人はプロテッド方面に向かって歩き出した。
「っすぅ……~~~~…」
「ぅぅ…………」
なんとも様子のおかしい2人を見て、ユリが改めて声をかける。
「おい、ママル、テフラ、大丈夫か?」
「……完全に2日酔い…、み、水飲ませて…」
「…私も…」
そう言いながら取り出したウォータルから、水を直飲みする2人。
「行儀が悪いのう……」
「君達。そろそろ暗黒森を抜けるぞ」
「うむ…」
進行方向の先が、見るからに明るくなって来ている。
暗黒森特有の樹木を抜け切ると、眼前に山岳地帯が広がった。
山々は岩肌を露出しており、斜面も垂直に近く、登ろうと思うと一苦労しそうだ。
「すげ…、綺麗だな」
「うむ」
「中々険しそうですね」
「寒そうだわ…」
「ってか、この先にマジで人いるのかな?あんま想像出来ないわ」
「……確かにな…、昔は居た、と言うのは確かだとして、今はどうだろうな…」
「少なくとも、こちらからヒドゥーク村に足を踏み入れた人は、私は1人も知らない。つまり、100年以上、な」
「……まぁ、一旦行ってみるか…」
「戻りたくなったら、えっと、上から見れるんだろ?夜にヒドゥークの明かりを探してくれ」
「解りました…、えっと、それじゃあ、ジュニファさん、ありがとうございました」
「色々と助かりました、またどこかで」
「ジュニファちゃん!またね!」
「……いや、良いよ。こちらこそありがとう」
「ジュニファよ、お主は…、その…」
「ユリ、どうか、元気でね」
「………あぁ、あんがとな。その、達者でな」
そうしてママル達は歩き出した。
サクラを想っていたジュニファと、一部のダークエルフ達。
過去の思い出は今を動かし、同胞6名の死者を出した。
当然ジュニファにも重い感情が圧し掛かっている。
だが、彼女達は強かった。
長く生きる、と言う事は、それだけ死者と向き合って来たと言う事だ。
そう言った想いを感じ取っているだろうユリに、ジュニファはサクラの面影を重ねる。
サクラもよく、人の顔色を探るような視線を向けていた。
だけどそれを言葉にする事は、ユリに対して失礼になるんじゃないかと思っていた。
別人だと言うのに、まるで代わりとするかの様な…。
サクラちゃんの分まで生きて、なんて、言える訳がない。
ユリともっと話したいと、足を止めさせる訳にはいかない。
すると遠くでユリが振り返り、声を上げた。
「ジュニファ!お主は優しい奴だ!それに強い心を持っておる!」
「!!」
「だ、だから…その…、元気を出すのだぞ!!」
「っ……何それ……ははは…。ママル達!ユリをちゃんと守れよ!!」
ジュニファは大声で返事をしながら、思わず零れた涙を指で擦った。
――
「ジュニファさん、やっぱ、色々抱えて、我慢してんだね」
「…そうだな。長く生きると言うのは、それだけ強くなるのだろう」
一行はそれから、ひたすらに歩いた。
出来るだけ山を登るような道は避け、蛇行する様に奥へと進む。
歩くほど体温は上がるが、進むほどに気温は下がって行く。
気がつけば、辺りの殆どは雪に覆われていた。
「……行き止まりってか…、この山越えないと駄目か…」
「登るか…、わざわざ頂上を目指す意味も無いし、よい形の道を」
「ってか、一旦上から見るわ」
「あぁ、そうだな、そうしてくれ」
一度荷物を降ろし、飛ぶ体制を整える前に、
ウォータルで各自水分補給。
「メイリーさん、大丈夫?」
「だ…、大丈夫よ…。は…、はぁ…、すぅ~~……、はぁ…」
「疲れたら、ちゃんと言うのだぞ」
「わ、解ったわ……、その…、もう疲れはあるのだけど…、それよりも、寒いわ…」
「確かに、実際寒いな。夢中で歩いてて気づかなかった…」
その言葉を切っ掛けに、皆はそれぞれロォレストで入手した毛皮のコートを身に纏う。
「うむ、大分温かいのう」
「ほんじゃ飛ぶから、ユリちゃん頼む」
「任せろ」
ママルは出来るだけ、今までよりも高く飛び、ユリの理障壁に着地する。
(…………これは………やば…)
視界の先の山々は、吹雪で真っ白に染まっていた。
「ごめん、何も見えなかった」
「……山に入り高度が高くなる程、険しい環境になりますし、一旦今日はこの辺りで休みましょうか」
「だな、わしもそれがよいと思う」
それほど数が多くない木々の間に平面を見つけると、各自がスキルや力技で雪や石を退かし、テントを張った。
ロォレストで仕入れた、降雪にも耐えるファミリーサイズのテントだ。
それから一応火を起こし囲むが、外の風は皆の体温を下げていく。
結局、テントの中にさっさと避難した。
時間は、まだ17時程度だ。
「う~~、さっむ……歩くの止めると、めっちゃ来るな…」
「汗が余計に体を冷やすからのう」
各々が、タオルで体を拭っている。
「…それで、とりあえず、今日はここで一泊するとして、明日はどうしましょうか」
「あ、明日、一日奥まで歩いて、何もなかったら帰ろうか」
「…ふむ…、確かに…そのくらいが妥当かもな…。この様な環境、もう2、3日が限界な気がするでな…」
「進むほど過酷になりそうですしね」
「あんまり奥に進むと、帰りの方向すら見失っちゃう危険もあるしね」
軽く食事を済ませた辺りで、気が付くと日は沈み始め、一層寒気を感じて来る。
そんな時、ユリが1人で外に出て、魔道具で再び焚火に火を灯した。
その姿に、ママルは顔だけ外に出してユリに問いかける。
「何やってんの?寒いでしょ」
「ちょっと、コーヒーでも淹れてやろうとおもってのう」
「え?」
「ワップイから教わっておいたからな。お主も知りたかったら教えるで?」
「ゆ、ユリちゃん…そういうトコまじ好き」
「す!!…………ま、まぁ、中で待っておれ…、ママルと、テフラの分も作ってやるから…」
「ユリちゃん達は?温かいの飲んだ方が良いよ」
「白湯でも飲むでな……、いいから……」
その後。日が昇って来たら動こうと言う事で、さっさと寝ることにした。
ママルはテントの隅で、皆に背を向ける様にして寝始めたのだが、
背後からメイリーに抱き寄せられ、ゴロンと内側へ回された。
「ちょっ…、お、俺は隅っこで良いんだけ…ど」
目の前に、ユリの顔があった。当然こんなに顔を近づけた事はない。
殆ど真っ暗な視界の中なのに、なぜだか心臓が跳ねた。
(おい、何ドキっとしてんだ俺。相手はまだ子供だぞ…)
「ママルちゃん小さいから、内側の方がいいわよ。寒いもの」
「テフラよ、、ちょっと、くっつきすぎだで」
「…温かくていいじゃないですか…」
「それはそうなのだが…」
4人分の、布団代わりの布が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて行く。
(こ、これは、まずい……。背中…温か……)
ママルは無心で、目を閉じ、さっさと寝てしまおうと試みる。
だが、聞こえる呼吸音が気になって来た。
背中から、メイリーの脈拍が伝わって来る気がする。
いや、この鼓動は自分の物かもしれない。




