125.アルタビエレ
「くっくっく。おい、ママル、まず柱を破壊しろ。お前自身の手で。…そうしたら、お前は完全に俺の物になる。忠誠の証って奴だ」
「……………ごめん…皆、結局、全部、俺が馬鹿だったせいだ…」
「…だから、もう遅ぇって…」
ママルは、ゆっくりと立ち上がった。
最初から、俺には出来た事だったのに、
異世界と、この体と能力を前に。どこか面白おかしく感じて、余裕があった。
その結果がこのザマだ。
ユリちゃん、皆、ごめん。痛いよね。
…でも今は、後悔している時ではない。
遠回りしてしまったけど、もう、大丈夫。
「≪アカーラ:金縛法≫」
ママルの武器である水晶は、黄金の光を放つ。
それに呼応する様に、アルタビエレの体から無数の鎖が飛び出した。
それぞれの鎖は、周囲の空間へと完全に固定される。
「っ!!な!!なんだ!!これは!!!!!」
「…………………………」
その鎖は、対象が持っている悪感情エネルギーを元に生成される。
拘束された者は、一切の身動きが取れない。
「<ジャンプ:座標移動>!!‥…て、<テレポート:空間移動>!!…は?!!
<リターン:帰還>!!!くそ!!!なんでだ!!」
「…無駄だよ……」
「メッ!<メタスタア:異世界転移>!!!」
「会話も呼吸も出来る、だが、スキルは発動出来ない。そう言うスキルだ。メイリーさん、テフラさんの無事の確認を…」
「……わっ、解ったわ!行って来るわね!」
「あと、プラムさん、これをユリちゃんに、矢を抜いた後に」
プラムに、ハイポーションを手渡した。
「っ!…解り、ました…」
「このスキルは、時間制限も無い。解けるのは、お前の中から悪感情エネルギーが無くなるか、死んだ時だ」
「ふ、ふ!ふざけるな!こんな!!なんだよこれ!!お!俺が!!!
一体どれ程の努力を重ねて!数々のスキルを身につけたと思ってんだ!!!」
アルタビエレは暴れようと藻掻くか、全ての鎖はビクともしない。
ほんの少し揺れる事さえないその絵は、何かの冗談の様だ。
「≪ライフ:浄玻璃鏡≫」
ママルの武器である水晶に、アルタビエレの姿が映し出される。
「今からお前自身の事を語れ。このスキルを前に、嘘や騙す行為は不可能だ」
「………あ………明らかに!スキルの領域を超えている!いいいっ!インチキだ!!!いくら!その魂が神の特別性だからって!!!」
「話す気が、ないのか?それならそれで、このまま水晶越しに見るだけなんだが。自白した方が良い」
「……そんなスキル…俺には、必要ない…。俺は、嘘はつかない!お、教えてやるよ…。俺の、俺だけの、物語を」
――――――
約1000年前、アルタビエレは生まれた。
幼い頃、彼は、ここではないどこかへと行きたかった。
誰しもが思うような、そんなモラトリアムに似た感情は、
しかしアルタビエレの執着心でもって、いつまでも強く引き摺った。
そして、空に赤く光る月を見て、そこに行きたいと願った。
すると何の因果か、アルタビエレは転移魔術師となっていた。
だが、初めは自分を20m程先に転移させられる程度で、赤月に行くことは叶わなかった。
それから毎日、自身の能力の研究に明け暮れ
転移魔術を極めていく。
自分以外を転移させる方法も得て、
気が付けば、一度見た所ならどこへでも、
そして、見ていない場所にすらも。
だが、まだ赤月には届かない。
古今東西のあらゆる魔術を調べ、研究していると
彼の力は知れ渡り、やがて利用しようとする者が後を絶たなかった。
人とは、なんて醜悪なのだろうと思った。
彼は魔術知識を得るために、そういった誘いに乗ったし、
言われるがままに何人も殺した。
A国の依頼でB国を、B国の依頼でA国を、そして依頼主を。
そして気が付けば自身の病気、ウイルスやがん細胞までも他者に転移させる事が可能となり、彼は転移魔術師から、ハイクラス、テレポーターへと昇格した。
すると、怪我のような、切れている、折れているだのと言う現象、
そして老いと言う現象をも、他者に転移させ、擦りつけ、
永遠とも言える命を得た。
それから200年の後、ついに赤月への転移を成し得た。
赤月がどういう物なのか何も知らなかった彼は、
本来であれば、殆ど大気の無いその場所で、即座に命を落とすか、
元の星にとんぼ返りするしかなかった筈だった。
だが、そうはならなかった。
赤月には住民が居た。
彼らは、アルタビエレを見るなりこう言う。
『今お前を助けてやった。だから、俺達をあの星へ連れて行ってくれ』
アルタビエレは、赤月の住民のその姿に恐怖しながらも、見た事のない生き物に興味を抱き、真剣に話を聞いた。
彼らには全く嘘がなかった。人とは違う、なんて正直な奴らなんだと感心した。
早速連れ帰ってみようと試みるも、転移魔法は彼らに全くその効力を発揮しない。
またもや日々研究を進める中、アルタビエレは赤月の住民の、1人の女に恋に落ちる。
齢250歳の初恋だった。
彼女の願いもいつか必ず叶えてやると意気込み、更に研究を重ねると。
送り込むのではなく、呼び寄せる。召喚術をも会得した。
そして彼ら専用に作ったスキルは。彼らの種族名に習ってか、悪魔召喚と名付けられた。
だが、悪魔には階級があるらしい、
それから幾度試しても、低級の者しか呼び寄せる事は出来なかった。
そしてまた、アルタビエレの魔術研究の日々が始まったのだが、
ここからこそが、この星にとっての誤算だ。
アルタビエレは、別世界の存在を悪魔から聞くと、
異世界転移魔法を編み出した。
だが、ただ1人異世界へ行っても、何も面白くはなかった。
文化も違ければ、言語も通じない。
高い建物が光をまき散らし、容易く人を殺せるだろう鉄の箱がこれでもかと地を這う。平面に映る何かを覗く、異常な数の人間ばかりが、所狭しと蠢く。奇妙でつまらない世界。
それでも何か、悪魔を呼び寄せるヒントは無いかと世界を周ったが、無駄足だった。かに思えた。
アルタビエレは2つの世界を行き来する事によって、
自身の存在が揺らいだ。
どちらの世界にも、いるし、いない。
世界のエラーだ。
そのエラーを修正する様にして、アルタビエレは、
レジェンドクラス、ユビキタスへと至る。
ユビキタスとは、遍在する者。あらゆる場所へ存在することが、世界に認められた者。同時に、あらゆる場所へ存在しない事が認められた者。
アルタビエレは、この自身の特性を生かした。
この特性でやれる事。
自分と言う存在を、ひた隠しに出来る事。
そして更に目を付けたのは、自身の世界と異世界、
双方間を転移する最中に見る、一瞬の景色。
2つの世界の中心。
つまり、神の存在だ。




