120.コ・イ・ヌール
(アレが神殿…。柱は…、サリサさんから聞いた4本がまだ残ったままだな…。
あの悪魔は何か、洗脳系の能力を持っているだけで、攻撃能力は低いのか?
……アルタビエレはマジで自分では破壊しないんだな…。気にはなるが、ここは考えても仕方ないか。それよりも問題なのは…、あの悪魔を取り囲んでいる人達だ。
聖騎士、ダークエルフ、一般兵。十数人てとこか……。それに、おそらく既に死んでいるのか、倒れている人も多い…。出現と同時にやられたって奴か…)
ママルは聖域の外の木陰から様子を伺う。
バレていないのか、ただ待ち受けているのか解らないが、
見た上で、どうすれば良いか考える時間が出来たのは僥倖だ。
(アルタビエレは、わざわざ神殿で待つと言った。そう考えると、あの人達を人質にでもしかねない。盾替わりになんかされたらたまったもんじゃない…魔法が使い辛い…)
そもそもママルの霧系の魔法は、狙った対象の中心に向かって飛ぶ。
悪魔を取り囲んでいる人達が完全に射線を遮ってしまっている。
思案していると、アルタビエレの姿が消えた。
一瞬バレたのかと思い警戒したが、暫くしても接触してくる気配は無い。
(今か?まずは悪魔を片付けるか…。それとも、誘われてるのか…?………いや、スライムは確か、レベル40とかだったか。それなら、何か探知スキルとかでもない限り、この距離からの俺の魔法に気づかないんじゃないか?なら、まずは…)
レベルは戦闘力だとは思っているが、であればつまり、魔力や気力の総量や扱いが深く関わっている筈だ。
「≪アプライ:鑑定≫」
狙った箇所を目掛け、正確にママルの魔力が飛んでいく。
●モンスター:コ・イ・ヌール Lv38
物理耐性(小)魔法耐性(小)
(よし、バレてない。…だけど知らない名前だ。でもスライムよりやり易そうだな。見た目は不気味だが、普通に破壊できそうな感じではあるし。
となると、まずはアレを殺すか。悪魔の呪い、つまり呪術なら、術者を殺せば、何がしかの状態異常になっている皆も解放される可能性が高いし…。
全員に麻痺をかけるか…いや…あの悪魔の性質が謎すぎる…、となれば…)
ママルは大きく深呼吸をすると、一気に駆け出した。
直接触れて、≪ぺトロ:石化≫で仕留める。
例え通らなくとも、そこまで接近できれば、霧による攻撃も誤射する事はないだろう。
そんなママルを視認したコ・イ・ヌールは、口を大きく開けると、
その口内から、いくつも宝石が零れ落ちた。
その宝石を見てしまった者は、完全に魅了され、恍惚とした表情で宝石を見つめる。効果は1つにつき1人だ。
まるでその宝石が自らの命とばかりに両手で包み込み、コ・イ・ヌールを崇拝する、信者となった者は、コ・イ・ヌールの宝石をより広めようと動いたり、コ・イ・ヌールに頭を下げる様に祈ったりと言った行動を繰り返しながら、徐々にその魂を食われて行く。
人の精神を完全に支配する様な、あまりに強力な、悪魔の力だ。
ママルは、口を開けるコ・イ・ヌールを警戒したせいで、直視してしまった。
目を奪われる。
なんて美しいのだろうか。
魅入った視線を外せない。
思考が持って行かれる。
すると、そんなママルの背後にロブルが現れた。
「ま、かかるよな。つっても低級だし、お前なら直ぐに魅了状態から脱出出来るだろうけどさ。作戦は既に変更済みだ。後悔しやがれ…。≪トランスファ:転送≫」
唱えられると、ロブルの右手が鈍い光を発する。
そしてその掌で、ママルに触れた。
バゴンッ!!!!
「!!!いっって!な!何が?!」
ママルは、気づけば柱の一本にその体が埋まっていた。
その衝撃により魅了状態は解けたものの、
咄嗟に藻掻き脱出すると、柱は倒壊した。
「後3本…≪トランスファ:転送≫」
「!!こ、こいつ…」
(俺の体を使って、柱を壊しやがった…、最悪だ。どうする、どうする)
「≪ジャンプ:座標移動≫」
「くっ!」
ママルは飛び出す様に駆け出した。奴がどこに転移したのか解らない。
ジッとしていると、的になってしまう。
「おい!逃げんなよ!こいつらがどうなっても良いのか?!」
ママルは足を止め、声のした方に向き直すと、
魅了されている人達に向かって、ロブルは掌を向けている。
「……くそ…………」
「さぁ、大人しくしてろよ…、全部、お前が悪いんだからな」
「ど、どういう意味だよ!」
「俺の誘いを断ったから、こうなってる、そうだろ?散々舐めた口利きやがって」
「……じゃ、じゃあ………今から…、仲間に…」
ママルは適当に言葉を発しながら、状況を良く見る。今起こっている事を、考える。
「!!………いや、駄目だ…、信用できない…」
(な、なんだこいつ…こんな口から出まかせにも乗っかるのか?)
「…どうしたらいい」
「………………………………じゃあまず、残りの柱を破壊して見せろ、自分で」
「………………解った…」
何かがおかしい。妙だ。
だって、元より人質を使えばこうせざるを得ないんだから。
じゃあなんでアルタビエレは、わざわざ一度俺をコ・イ・ヌールの罠にかけた。
「ちゃんと破壊したら。この人達も解放してくれるんだろ?」
「……………………考えてやる」
(この人達は、悪魔の術中じゃないのか?
考えるって何だ。悪魔を操れるのか?)
歩きながら、観察する。
よくよく見たら、聖騎士やダークエルフに知った顔が居る。
その表情は、恍惚とした瞳とは裏腹に酷くやつれている。
ママルはその足を止めた。
「おい、早くしろ。仲間になりたいんだろ?」
「んなワケねーだろ。馬鹿が」
「てっ!てめぇ!この嘘つきが!!」
「お前のやり方は、もう解った……。この人達は、魂とかを、食われてる最中だな?つまり、コ・イ・ヌールのエサだ。ならそれは、お前は奪わない。違うか?」
「……………」
「仲良くしたいんだもんな?だから俺に対してやった、人質をとる様な真似は、ただのポーズ。また人を騙す様な事をするんだな。本当にどうしようもない奴だ」
「今俺を騙したてめぇが言うのかよ」
ロブルはゆっくりと右の拳を突き出すと、目を閉じながらその手を開いた。
中から宝石が落ちる。
見てしまったママルの身には、先程と同じことが再現され、
また1つ柱が壊れてしまった。
(くっそ!うまいこと隙でも作ろうと思って話しかけたのに、裏目ったか)
「後2本…、お前、マジでもういいわ。神殿の破壊まで終わったら、殺す」
ふと、2度の柱の破壊によって、ママルは、思いついてしまった。
必殺の技を。
正直、やりたくない。と言うか、やりたくないから今まで無意識的に、思いつかない様にしていた気さえする。
だがその思いついた必殺技が、今、必要だ。
それは、≪ゲート:空間隧道≫での防御や、転移での回避をする隙など与えない。
ママルは、アルタビエレを挑発する。
「もういいはこっちのセリフだ…。てめぇのやり方に合わせてんだよ。
コロっと簡単に騙されやがって。脳みそ入ってんのか?もう、俺の勝ちだ」
「…何を言い出すかと思えば!どこまでも舐めやがって!!」
「お前さぁ、来いや。本体がよ…。人の体使って好き勝手やって、情けなくないのか?」
「じ!自分のスキルを有効活用する事の何が悪い!!」
「いや、悪いっつーか、ダセェつってんだよ…。その体の呪術師と2人がかりの方が勝率も高いだろうに。ビビってんのか?ガン逃げチキン野郎が」
ロブルはこれ以上ない程に表情を歪ませると、また先程見たスキルを唱える。
「…≪トランスファ:転送≫!!」
「≪ファストラ:空間転移≫」
ほぼ同時に、ママルはロブルに狙いを定めてスキルを唱えた。
≪ファストラ:空間転移≫による自身の出現は、圧倒的な破壊を伴う。
ロブルの腹部に、ママルが出現した。
内臓から弾ける様に、ロブルの肉体は一瞬で大気へと圧縮され、その摩擦により瞬時に沸騰し、散り、血肉の雨がママルを染め上げた。




