119.罵詈
この世界に来てからずっと。気持ちのザワめきが、生まれては消えていく。
映画を見て、それなりに感動して、一週間後には忘れている様な。そんな感覚だ。
怒りも、悲しみも、全部そうだ。
それでも俺は、感情ではなく、頭で大事な物を切り分ける。
だって、楽しいとか、嬉しいとか、心が擽られるような感覚だけは消えて欲しくないから。
大切な物は、実はそばにあったんだ。みたいな、バカみたいな後悔はしたくない。
俺は、俺が大切だと思う物を、いつだって解っている筈だ。
(だって、俺は、人生2回目なんだぞ……)
ロォレストの森林、入口から歩き出すママルは、
前世を含め、かつてない緊張感と責任感で、その表情を険しく進む。
このロォレストの中心部に聖地があって、更にその中心部に神殿がある筈だ。
ここで一体何が起こっているのか、奴はいるのだろうか。
そう考えていた直後、見知らぬ男が目の前に現れた。
呪力を纏っている。呪術師だ。
…殺ってやる。
「はっはっはっは!!」
「っ!…………なんだ……?」
「やっぱり1人で来た…。な?解っただろ?」
「………あ?…何言ってんだ?」
「…はぁ、ママルさ。もう解っただろ。人に価値はない。だからさ、来いよ、俺と」
「………お前、アルタビエレか……。今のは、どう言う意味だ」
「?……いやだからさ、お前1人になっただろ?」
「……だから?」
「どうせ女共の事だ、ヒステリックにお前に当たったんだろ。お前の方が正しい筈なのにさ」
「…………………………」
「ちょっと話が噛み合わないと、バカは怒るんだよ。原因が何なのかを無視してさ。俺には、手に取る様に解る。バカ共の考える事なんてな」
「……お前、まさか……、そうか…、俺にだけその姿を見せたのも、
俺と仲間の間に不和を産ませるためだったって事か…」
「そういう状況になった時、人は本性を現すからな。
だからママルは1人で来た。そうだろ?」
「………バカはてめぇだよ…。俺が1人で来たのは、俺がそう望んだからだ。皆は、ずっと俺を心配してくれてた。話が通じなくなって、ごめんって、すまないって謝ってた。お前…何がしてぇんだよ。全部ズレてんだよ!考えも浅ぇしよ!」
「そ、……そんな人なんか、いるわけねぇだろ。正直なのは、悪魔だけだ…。てめぇ、嘘つきか?」
「ふっざけんな!!何が嘘だよ!なめてんのか?!そもそも、何が嘘が嫌いだよ。言葉で嘘をついてなければ何しても良いってか?詐欺師まがいの行いをドヤってよ、矛盾してんだよ!」
「さ!詐欺師…。お、俺が!!!オイ!!!俺の何が!!!!!」
アルタビエレはママルの言葉に、激しく食らいついた。
それはある程度ママルも想定していた事だが、思っていたより、自分も熱くなってしまっている。
「インザルとの一件を、改めて考えた。俺は、俺をエルシデとか言う魔法で見ても良い、その代わりに、モンスター化解除の魔法薬を作れと言った」
「……それは俺との約束を反故する事になる。どちらかの約束を破らなければいけないなら、先に約束していた、俺に不利益が生まれる様な行動はしないと言う約束が優先される!!!当り前の事だろうが!!」
「違うね…。エルシデとか言う魔法は、唱えてから、実際に効果が表れるまでに結構なタイムラグがあった。にも拘わらず、その効果が完了してからお前は現れた。ニクスの体を使ってな。それ以前から会話を聞いてたんだろ?なのに、てめぇはわざわざエルシデの完了を待ったんだよ。中断させていりゃ、俺との約束は双方が未達のままだったのに、お前の気分で、俺だけが不利益を被った。どうせ、てめぇのスケベ心がそうさせたんだろ。折角だから知っておこうってよぉ?」
「そ…、それは…………たまたま…」
「オスレイの体を乗っ取った時はどうだ?明確に、タイミングを見計らっていたな?お前はそう言う事が出来るんだろ?自分で選んだんだろ、そう言うタイミングを」
「……………か………仮に、そうだとして、ママルの言う事を全面的に肯定したとして、それでも……俺は嘘をついてない。嘘をついたと言う事にはならない!!」
「それが詐欺師のやり口だっつってんだよ!!!なんだっけ?インザルが嘘をついて、所詮お前もただの人間か、くだらない。死ねよ、だっけ?アルタビエレ!おめぇが一番人間らしいかもなぁ!勿論、クズの代表としてよ!」
「ぅぅ……ッ!く……ッ!てめぇ…っ!」
「何息上がってんだよ?全部お前がやった事だろ!?ただの人間の、底辺、クズ、ゴミ野郎が、人を騙す言葉ばっかり巧みに覚えて、自分は人とは違うんですよってか?そりゃ違うかもな!てめぇは誰1人並ぶ事も無い最下層のカスだよ!」
「こ、殺す!!!!もう!仲間になんていらねぇよ!!」
「出たよ!クソ野郎は切れると直ぐ攻撃に走るもんなぁ!!」
ママルが酷く汚い言葉を使う理由はあった。
うまいこと誘導して、せめてインザルが知った俺の情報でも聞き出せればとか、
本体を引きずり出して、さっさと終わらせたいとか。そう考えていたのに、
気づけば、不安や怒りから、兎に角腹が立って、攻撃衝動に身を任せて、不必要な程の暴言を放った。
「っ!!…………し…神殿で待つ…」
「逃げんのかよ?!」
「…≪テレポート:空間移動≫」
「…………………………っふぅ……。」
(次見かけたら、いきなり仕掛けるか…。しかし、色んな人間の見た目で出てくるの怠いな…)
ママルは、ロォレストの中心部へ向かって歩く。
周囲に、シイズ村で見たような木の家がいくつも現れて来た。
エルフ達は無事なんだろうか。そう考えていたら、
家の一つから聖騎士が顔を出してこっちへ話しかけて来た。
「マ、ママルさん?!」
「あ、えっと…、サリサさん、でしたっけ…」
「こ!こちらへ…!お、お願いします!」
招かれるまま、家の中に入る。
「どうしたんですか?他の人達は……」
「………お………お願い…します…、た…助けて…」
「あ、あの、大丈夫ですか?一旦落ち着いて下さい…」
「…す、すみません…。すみません…、……はっ…はっ…はっ…」
(過呼吸…、なんだ?聖騎士達に何かあったのか…)
「今から魔法をかけます。落ち着ける様になる筈です…。≪サニティ:正気持続≫」
「ハッ…………ハッ………………ふ……、あ、ありがとう、ございます…」
「それで?」
「あ、あ…、悪魔が…、それで、皆…」
「皆?!他の皆、もしかして…」
「…つい昨日までは…、被害者の数は、片手で数えられる程度でした…。
敵の狙いは、神殿を守る、柱への攻撃に注力していましたから…。
それが…っ!仲間の半数以上がっ…!悪魔の出現と同時にっ…!」
「出現で………、ほ、他の、生き残った人達は…?」
「そ…それが…皆、悪魔を取り囲む様に、突っ立っていて…、
わ、私は、私だけ…悪魔を見る事も怖くて…1人、逃げ出して…」
「…………………………」
「あんな!訳が解らない!!どうして!こんな!あと、たった2人、呪術師を倒せば、終わるはずだったのに…」
「敵は…、悪魔と、呪術師2人、って事ですか?」
「ち、違います…。呪術師の1人が、悪魔になって、もう1人は、急にどこかに消えて行って…」
(消えた奴がアルタビエレか…。じゃあ残りは、アルタビエレと、スライム程度の悪魔だけか)
「大丈夫です、任せてください。俺が、全部片づけますから」




